表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白昼夢  作者: Haku
20/21

執着




「私ね、この子を産みたいの」





真っ白な病室の真っ白なベッドの上に横たわる彼女も真っ白だった。

病の為に抜けるように白い肌も、その心も。

時折苦しげにせき込むことはあっても、その双眸は穏やかなままだ。

元々華奢な体付きではあったがここ数日で更に痩せてきている。

その弱弱しい体躯とは裏腹に、彼女の声は確りとしたものであった。



「だけどね、百合、君の身体が……」

「それでもいいの。私には、自分が死ぬよりこの子を殺してしまう方が怖いの」


彼はその言葉を返すことが出来なかった。

普段滅多に自分の意志を口にしない彼女である。

そんな優しく弱い彼女の願いを無碍にすることは憚られた。





―――――――――『細雪を、養女にしたいのです』




静かだが強い口調、切れ長の冷たい瞳

九条鷹仁ははっきりとそう言った。

そして怯んだ彼に続けて言った。




――――――――――『先生、あれは唯の“悪戯”でしょうな?』




夕闇が立ち込み始めた午後、薄暗い病室で唯一眩しい白さ

柔らかい薄皮を撫でた時の、その指先の感触

私を見る、二つの硝子玉



……………何て事を………





――――――――――『異論有りませんな?先生の“悪戯”の事は口外しない代わりに』




……………細雪……





「では先生、これで」

「……ええ、宜しくお願いします」

「宜しくも何も、自分の娘ですから」

「何故直ぐにお分かりになったんです?」

「……そっくりでしたからね、母親と」


確かに彼の細君は美しい女である。

如何にも名家育ちといった上品で控えめな風貌であったように思う。

次男の虎太郎は彼に良く似ているが、長女の方はどちらかというと母親似であった。

しかし、細雪はどちらにも似付かない。

これは………?





「有栖川先生?」


「君は……まさか、弥生か?」

「うん。久しぶり」

「…では先生、これで」

「あ、」


彼は踵を返し、去って行った。

目の前の女はその後ろ姿を意味有り気に流し見ていた。

癖の有る髪と派手なスカートが風に揺れている。

スカートと同じ色の唇が薄く笑う。


「すごく会いたかったの、清一さん」

「親御さんから家を飛び出て行ったと聞いたよ、

 今まで如何していたの?その恰好は?百合も心配していたよ」

「……姉さん?ああ、うふふ、

 それより清一さん、お仕事何時に終わるの?ご飯御馳走するわ!」

「何を言ってるんだ弥生、それどころじゃないだろう?

 君は家に帰ったのか?親御さんに謝らないと。百合にも…」

「百合百合百合百合百合、止めてよ!聞きたくない!」

「弥生、兎に角君は家に帰りなさい、ね?」

「………駄目よ、わたし、もうあの家には帰れないわ」




何かを堪えるように小さな声で弥生は言った。

そして俯き、右手でどこかを指差した。

真っ赤な爪であった。

…………赤?






「盗んできちゃったの、」





…………血?







「赤ちゃん……っふ、…うふふ、あはっ、」









女の、血に塗られた指の先に有ったのは第2病棟であった。

燃えている。

それは、産科のある、百合が入院している棟であった。

女は笑い出す。

………笑うのを堪えていたのだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ