陰鬱な子供
彼、九条氏は今日もまた息子の見舞いにやって来た。
細雪と対面してから、目に見えて回数が増えている。
大抵訪れるのは午後の日の落ちかけた時間で、
息子の病室に寄って、短く一言二言交わした後中庭で遊んでいる細雪の元へ行く。
その後は私も診察やら検査やらで詳しくは分からないが、
看護婦達の話では、矢張り病院の中を歩き回っているようだった。
すらりと背が高く人目を引く美貌の九条氏は看護婦達の噂の的であり、
彼が訪れた日は精神科病棟に不釣り合いな黄色い歓声が上がった。
「今日の検査はこれで終わりだよ。
もう殆ど完治したと言ってもいいくらいだし、いつでも退院出来そうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
九条氏の次男坊は年齢にそぐわない、色の無い声色で言った。
確かこの子はまだ十歳かそこらの筈なのだが、妙に大人びていて
同じ年頃の少年達の様な子供らしさが無かった。
その代わりに、九条氏譲りの切れ長の瞳には冷たい美しさが漂っていた。
この親子はよく似ている。
整った顔貌もそうだが、何よりその眼だ。
――――――烈しい焔が見え隠れする、その眼だ………
「この所、お父さんが頻繁に見舞いに来てくれているが、
お仕事の方は忙しくはないのかい?」
「さあ。でも、名家っていうものは矜持を保つのが仕事だから
毎月毎月パーティとかなんとか会はうんざりする程あるみたいです」
「そうかい。矢張り九条家ともなるとすごい数だろうね。
虎太郎君ももう少し大きくなったら、お父さんと一緒に行く事になるのかな」
「……いえ、僕じゃなくて兄がもう行ってます。
跡取りは兄だし。父さんもお前は愛想が無いし行く必要ないって」
彼はまるで大人の様な口調で、淡々と言い切った。
最初と同じように、その声色には色が無い。
それらの言葉から分かった事は、九条氏は、次男坊であるこの子に対して冷淡である事と
この少年自身もそのような事実を理解し、受け入れている事であった。
既に自分の次男という不運さに気付き、達観視しているようである。
名家の子供というのは、皆こんな性質なんだろうか?
子供らしさというものとは皆無であるように思われた。
「……先生、」
「何だい?」
「僕、医者になりたいんです。
先生みたいな、精神病の。
……だから、色々教えて貰ってもいいですか」
「そうか、精神病医に。
虎太郎君は賢いからなあ、屹度優秀な医師になれるだろうな。
私で良ければ何時でも来るといいよ。勉強もみてあげよう」
「本当、ですか」
「ああ、勿論さ」
「……ありがとうございます」
そう言って控えめに笑んだ彼には、先程の冷ややかな表情とは違う、
子供らしいあどけなさが感じられた。
……ガチャリ。
ドアが開けられた無機質な音が響く。
「有栖川先生」
すらりとした体躯。
冷たい美しさの漂う、切れ長の瞳。
そこに宿る烈しい焔――――――――
「少しお話が有るのですが、外に出て貰えますかな?」