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白昼夢  作者: Haku
13/21

残リ香






長兄と末妹は、九条邸の裏の蔵で探し物をしていた。

お互い暫く無言で箪笥の中やら、本棚やらを探っていたが、

不意に妹が口を開いた。


「獅郎兄様は如何して、アルバムを探しているの?」

「何故だか突然、昔を思い出してね。見たくなったんだよ」


兄が彼女に向き直り、柔らかく言葉を紡いだ。

その瞳がほんの少しだけ揺らいだのを、妹は見逃さ無かった。


「ほら、憶えているかい?

 小さい頃、曲馬団を見に行った時、凜子がライオンを怖がって泣き出して……」

「…!それは、もう、小さかったんだもの、仕方が無かったのよ。

 第一、そんな事もう憶えてないわ」

「凜子は昔からそうだね。強がりだけど実は」

「もう!兄様だって昔っからそうよ、

 優しそうに見えて本当は意地悪なんだわ」

「はは、凜子は鋭いなあ。

 僕は意地悪だったけど、その分龍匡が優しかったろう?」

「龍匡兄様ほど心根が優しい人はいないわ。

 菫姉様もそうね。昔から美人で優しかったわ」

「凜子は菫にべったりだったもんなあ。

 あ、そういえば虎太郎には僕、昔から嫌われていたなあ」

「二人とも喧嘩ばっかりしていたわね。

 今もしてるじゃないの。小さい時は取っ組み合いをしていたけど、

 最近はネチネチ口喧嘩ね。

 獅郎兄様が意地悪しなければ良いのではなくて?」

「虎太郎の奴、すぐ頭に血が上るからなあ。

 でもからかうと面白いんだよ」

「まあ、嫌な兄を持って虎太郎兄様は可哀想ね」

「はは、否定はしないよ……っと?」

「あら、何うしたの?」


獅郎は何かを見つけたようであった。

古い箪笥の中を探すのに、全ての引き出しを抜き取ってしまったのだが、

それは古い箪笥の一番下の引き出しの下に有った。


「ねえ兄様、これって、若しかして隠し扉かしら?」

「そうだとしたら、何か重要な秘密が隠されていたりしてね。…開いた」


埃まみれのその扉を開けると、其処には古びた箱が入っていた。

丁度帳面が入るくらいの大きさで、

赤い天鵞絨(ビロォド)と細かい飾り細工の美しい箱である。


「素敵な箱。宝石入れかしら」

「女性が好きそうな品だね。おっと残念、鍵付だ」

「でもこれ、ダイヤルキーだから、開けられる可能性は零じゃないわ」

彼女が言うとおり、箱には四つのダイヤルが存在した。


「それもそうだけど…手掛かりが何も無いじゃないか」

「たった四つの暗号よ。百通り位でしょう?」

そう言い切った妹は何だかわくわくしている様であった。

「じゃあ、一つ頭を使って考えよう。

 この箱の所有者はきっと父さんだ。だから、父さんに関係のある数字である筈だ。

 何の関係も無い数字を鍵にしたら忘れてしまう。

 父さんにとって決して忘れる事の無い、しかも重要な数字だ」

「確かにそうね。私思ったのだけど、暗号は四つでしょう?

 それでいて、大事な数字となると、誰かの誕生日なんじゃないかしら」

「ああ、多分そうだろうね。

 その誰かが判れば良いんだ」



「ああ、父様の大事な数字って一体何なのかしら」

「うーん、誕生日じゃないのかもなあ…」


二人は手当り次第に自分たちが知る限りの、

父の身近な人々の誕生日を当て嵌めてみたのだが、小一時間経っても箱を開けられなかった。

取り敢えず今日のところは諦め、邸に戻った。

兄はまあ開けられたらいいな位の体であったが

末妹は一度始めたら遣り切らないと気が済まない性質で、

まだ暗号について悶々と考えている様である。


「……若しかして…父様、愛人が居るのかしら……」

妹はぽつりと、然しごく小声で呟いた。

「まさか、あの父さんが……」

「然うよね、妾だっていらっしゃらないんだもの…」

「妾……」


妾、妾なら今は居ないが、十年前迄居た筈である。

何故なら、あの細雪は、父と妾の子なのだから。

十年前、妾が死んだからあの子を引き取った、と父は言っていた。

そうか、細雪がこの家に来た時、凜子はとても小さかったから覚えていないのか。

それにしても、凜子に知らせなかったというのもおかしな話だが…

ここで言う、べきだろうか?

然し、もうここまで来てしまったことだし、本当の姉妹という事にしておいた方が…


「そういえば、細雪姉様の小さい頃って、兄様憶えてる?」

「え?」

「蔵の中で思い出話をしていたでしょう、

 でも細雪姉様の話だけ、出なかった。

 私も小さかったからかもしれないけれど、何も憶えていないの」


…そうなのだ、私達兄弟姉妹の思い出の中に、あの子は居ない。

虎太郎も菫も龍匡も凜子も、喧嘩をしては一緒に遊んでいた。

小さい頃、家族で色々な場所に行った。

曲馬団、動物園、海 ……しかしそれは細雪が来る迄だった。

その後は特に旅行なども殆どせず、学校に行くばかりであった。


――――思い出の中で、彼女は空虚なのであった。




「あっ、細雪姉様!」

「ただ今、凜子」


細雪は何時ものように、やわらかな、鈴が鳴るような声で言った。

獅郎と目が合うと、少しはにかんだ様な笑顔を見せた。


「お帰り。少し遅かったね?」

「ああ、あのね、本を…

 図書館に行っていたの。

 でも途中で少し具合が悪くなったものだから、

 お友達の家で休ませて頂いていたの」

「もう、大丈夫なの?姉様?

 お顔が何だかいつもより赤いし、熱でもあるのじゃない?」

「え、そうかしら?」


見ると、常時は抜ける程白い彼女の頬が

ほんの僅かに、だが確かに紅く染まっていた。


「……細雪、ちょっとおいで?」

「?…きゃ、」

「まあ、兄様ったら!」


獅郎は突然、細雪を抱き締めた。

勿論ふわりと軽く、だが。


「変な男に言い寄られていないだろうね?細雪?」

「だ、大丈夫よ、兄様」

「そうか。取り敢えず今日はもう、部屋で休んでおいた方が良い」

「ええ…じゃあ、そうするわ」

「お休み」




「兄様、一応言っておくけれど、 

 間違って細雪姉様に手を出したら、許さないわよ」

「凜子も抱き締めて欲しいかい?」

「結構ですわ、“色欲の貴公子”さん」

「おや、誰のことかね?」

「私知っているわよ、獅郎兄様が巷でそう呼ばれていらっしゃる事」

「賢い妹を持つと大変だな」

「それは此方の台詞だわ」

「まあ、勘違いしないで呉れ、そういう意味でやった訳じゃ無いんだから」

「他にどんな意味があるって言うの?」

「確認してたんだよ、香りを」

「まさか、抱き締めた上に姉様の香りを嗅いだっていうの?」

「首筋に匂いが附くんだよ。…男のね」

「馬鹿馬鹿しい、私ももう部屋に行くわ、お休みなさい!」


妹はぷんぷん怒って、さっさと自室へ行ってしまった。

姉を弄ばれたのが気に食わなかったのであろう。

凜子は悧巧なのだが、いやそれ故か、少々気が強い。





「……あの香りはきっと、麝香(ジャコウ)だな。

 ……前に僕は何処かで……何処であったか…」






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