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白昼夢  作者: Haku
10/21

染み込む白


子夜(しや)の病”

これは正式な病名では無い。

彼女…細雪にだけ使われる通称であった。




私は帝都の病院で精神科医をして居る。

尤も、此の病院の経営者は僕の父であるから、後を継いだだけなのだが。

精神病者看護法なるものは出来たけれど、まだまだ「相馬事件」の悪評は消えていない。

外界での精神病者の扱いは非道いものである。

此の病院には総合病院であるものの

【精神病科】なるものが中庭を隔てて隣接されており、

私は毎日其方の病棟で彼らの治療や研究をして居る。


精神病とは非常に興味深い。

白痴、記憶喪失、偏執(パラノイア)、幻覚、暴れ回る者から無表情な者、

震えが止まらぬ者、見えざるものと会話する者、徘徊する者等々……

様々な種類の、それぞれ摩訶不思議な症状を呈す患者ばかりだ。




最近私は、精神分裂病を主に研究して居る。

この病を患っている者の特徴は

無表情、幻覚、自閉、無為の他、人間性を失った様なものが多い。

この病に陥る原因は何なのか……

それが私の探しているモノである。

彼らから話を聞こうにも、彼らの多くは

思考のまとまりを欠き、会話は支離滅裂である為に

それは不可能であった。

多少の内因は有るにしろ、直接的な原因は

彼らの此れまで歩んで来た人生の中に有る筈なのだ――――

彼等の為の良い薬は殆ど無く、治療は中々進まないが、

外界で暮らすよりは病院に居る方が彼等にとってはずっと良い。


精神病者は座敷牢に閉じ込められたり、見世物にされたりする事が多い。

そして彼等は更に病んでゆく―――――

差別に因る動物以下の扱い。存在の否定。

私は先ず、差別から彼等を救いたいのだ。

此の病棟は彼等の保護施設でもある。







あの日は学会の帰りであったか…

私は夕日で橙色に染まった川を眺めながら、橋の上を歩いて居た。

すると、少女が川の中を覗き込んでいる。

未だ5・6歳だろうか。

妙に派手な赤い着物は着崩れており、其処から覗く肌は陶磁器(ビスク)の様に白い。

太陽に当たった事が無いのであろうか。

小さな身体は前のめりになっており、今にも橋から落ちそうである。




「君、危ないよ」

「……ねえさま…ここにも…いない…」




私の声は届かなかった様だ。

いまだ川の中を見つめている。

少女は誰かを探しているのだろうか?

私は少女の肩を優しく叩いてもう一度言った。


「ねえ、危ないよ。落ちてしまう」

「…おち、てしまう?」

「そう。もう夕方だし、家に帰りなさい」

「だんなさま、もうあさです…おかえりを」

「朝?夕方だよ、今は…」

「もうすぐよるみせがはじまるわ」

「……?」

「おまえのんは上品(じょうぼん)だって」

「……上、品?何が…」

「おきゃくさん、ちょんのまならいちえんごじっせんだよ」

「―――――――」







二人の会話は全く成り立たず

少女は空ロな瞳でぼそぼそと意味不明な言動を繰リ返す。

唯、この少女が精神に何らかの問題が有る事、

『普通の家庭の子女』では無い事が判った。

そしてその家庭…もとい、育った環境が恐らく『遊郭』であろう事も―――――















【有栖川病院 精神科病棟】




「今日から此処が君の部屋だよ。

 もう遅いから、其処のベッドで寝ると良い」

「………」

僕は少女を病院に連れて行き、

精神科棟の副院長室の隣に有る仮眠室に通した。

そして少女をベッドに運んだ後、電気を消して仕事に戻った。






もう十二時を廻った頃だろうか。

学会の資料を整理するのに手間取って、こんな時間に為って仕舞った。

仮眠室のドアを薄く開け、少女の様子を伺う。

少女はベッドに腰掛け、窓の外を眺めていた。

淡い月光に照らされた彼女は、丸で西洋人形(ビスクドール)の様であった。

身動き一つ取らず、虚空をじっと眺めていた。




「……未だ、寝て居なかったんだね。眠れ無い?」

「だんなさま、おいらんはもうきます…」

「おいらん?…良いかい、僕の名前は有栖川清一だ。解ったかい?」

「…だんなさま」

「まあ、未だいいか。…君の名前は?」

「な、まえ…」

「そう、そうだ。名前を教えて呉れるかい?」

「……き…」

「き?…言ってご覧?」

「…ねえ…ま、むらさき、ねえさま…!ああ、いや…!ああああああ!!」

「…っ!?如何したんだ!落ち着きなさ…っ」


突然少女は発狂し出した。

手首を抑えるも、暴れる。

暴れると、細い手首は折れて仕舞そうだった。

だから私は小さな身体ごと包み込んだ。






「あああああ……あ…あ」

「大丈夫だよ。此処には君を苦しめるものは何も、無いんだ」

「ねえさま…ねえさまあ」

「うんうん…」

「ごめんなさい……わた…しの、ぃ…で」

「大丈夫だよ。……ね?」

「……ん…」













―――――――嗚呼、僕を浸食して往くようだ

脱色(ブリイチ)された恐ろシい程の白が
















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