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白昼夢  作者: Haku
1/21

次女 九条細雪 十六歳 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









三度目の床花に雪薔薇(ホワイトロォズ)

貴女の美しい肌と同じ

それはそれは真白な花弁の灰殻な花です










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








20世紀日本

大正××年春








「左様なら」






空は碧く澄み渡り可憐な桜の花弁が舞っている。

歩く少女の長い髪と結ばれたリボンが風に揺れる。

コツコツコツ… 今時の革靴(ブーツ)特有の軽快な足音を響かせ、彼女は歩いていたが

軈て其れが活劇場の前で止まった。

如何やら今日はメリー・ピクフォードの活劇をやるらしい。

そして少女は劇場に入ろうか入るまいか迷っているようだった。

頻りに中を覗いている。

そんな小さな背中に男が近づき―――

「 御嬢さん、此をご覧になるんですか?」

「えっ、」

「…や、これはこれは。貴女は九条の…細雪(さゆき)お嬢様では?」

「ええ、そうですけれど……」

見たところ二十代前半だろうか。男は仕立ての良い洋服を纏ったモボである。

彼はいかにも柔和そうな微笑を一層深くした。

「是は失礼。…イヤイヤ。九条家は美人揃いと聞いたが、成程、実に美しい方だ。

 僕は佐々木と云います。良かったらご一緒に………」


「 細雪(さゆき)さん 」


ペラペラ話すモボが話終わらぬ内に

聞き覚えの無い、やわらかな響きの声がそれを遮る。

その声の主は何ともうつくしい青年であった。

スラリと背が高く線の細い彼は、黒檀の髪を風に靡かせ―――――

貌の良い唇には微笑を湛えていた。

その姿は只ならぬ存在感を持って活劇場の前に在った。


「 な、何だね君は……この方の知り合いかね?」

「 そうですよ。細雪さんの兄の友人です。

  令嬢(レディ)に気安く声を掛けるとは…不躾ではありませんか?」

「 す、少し、挨拶をしただけだ…!」

突然現れた青年の恐ろしい程の美しさに気圧されたのか、

モボは捨て台詞を残してさっさと雑踏の中に姿を消してしまった。


「嫌ですね、最近の銀座はああいうのが多くて」

少女はモボが消えた雑踏を見つめていたが、

青年の声に向き直り、リボンで二つに結わえた頭を下げた。

「…ご親切に有難う御座いました。あの…兄のご友人だとか…?」

「はい、学校が一緒でしてね。虎太郎から貴女のお話は聞いています。

 それと、失礼…初対面なのに御名前を呼んでしまって。

 虎太郎の大切な妹君が軟派されているのを見つけて、咄嗟に口から出て仕舞いました」

「そんなのは全然お気になさらないで下さい。

 …それより、私が一人で劇場に来たこと、兄には内緒にして下さいね」

「はは、勿論。 ……おっと、挨拶が遅れましたが、 

 僕は松方葉一(まつかたよういち)と申します。

 …………以後宜しくどうぞ、御令嬢(レディ)

 



そう云って彼は優しく微笑んだ。

なんと心地の良い声だろう…………

鼓膜が甘く痺れる様な――――――



「私、は………」







「人の妹に手ェ出すな」



葉一とはまた違う、凛としていて、そして

幾らか敵意を含んだ声がそれを遮った。

何時の間にか其処には、書生の恰好をした美青年が立っていた。

折角の整った顔を歪め、さも不機嫌といった様子である。

「 ……虎太郎(こたろう)兄様?」

「細雪、あれ程一人で活劇を見に行くなと云っただろう。

 案の定おかしな男に絡まれる始末だ。…然も二人も」

「おや、僕もですか」

「当たり前だ。お前も似た様なもんだ」

「失礼な、僕は女性を差別し無いだけです」

「それが来るもの拒まずの女垂らしってことじゃないのか」

「逆に僕は女性のお誘いを無下にする虎太郎が理解出来ませんね。

 冷た過ぎなんですよ、妹さん以外には。然う云えば昨日も……」

「昨日?何だそれは」

「ほら、カフェの女給の。名前は…」

「!知るか。大体カフェだってお前に無理矢理連れて行かれたんだ」

「虎太郎、君は顔は良いんですから口悪いの直せばもてますよ」

「お前はその腹黒直せ。…細雪、帰るぞ」

「あ…」

そう云うと虎太郎はさっさと歩き出してしまった為、細雪も追いかけようとしたが

不意に、彼と視線が重なった。




「……左様なら、細雪さん。また。」


「……左様なら、葉一さん」







そして細雪は背を向けて歩き出したが

“彼”は彼女の心から消え得なかった

仄かな熱い痺れを持つ火傷痕(ケロイド)の様に―――――――





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