道惑い
それは一見して古びているとわかる茶色の紙片だった。
藁半紙を千切ったような、ふせんくらいのサイズの紙切れ。
なんだろう、と思って拾い上げる。
「たすけて」
それだけが書かれていた。
印刷物ではない。まるで目をつぶって書いたかのような乱れた筆跡だ。
誰か事件に巻き込まれた人が発見されることを期待して投げ捨てたもの……とかだろうか。
慌てて周りを見回すが、見慣れた住宅街が広がるだけ。
夏の日差しを遮るものはなく、ベランダに人影はなくただ手すりが日に灼かれ、閉じられたカーテンや塀の隙間からこちらを窺う視線もない。
かさり、と音がした。
路上にもう1枚、紙片が風もないのに揺れている。
側溝へ落ちそうなそれを思わず追いかけた。
「角を右」
角?顔を上げると、四つ辻に差し掛かっていた。
どちらから見て右、という指定はない。
こんな指示に何の意味があるというのか。
試しに自分から見て右の道へ足を踏み入れる。
かさり。
また紙片が落ちていた。
「空地の土管をくぐる」
空地に土管。そんなもの今時あるわけが……見回すと、左手に空き地があった。しかも土管付き。
うそだろ、と思って土管をのぞき込む。
反対側の真っ白く日光に焼けた景色の中に、紙片が転がっている。
「電信柱を2回回る」「赤いマンホールの上」「パンジーの花壇を越えて」「白い石だけを踏んで水路を渡る」
まるで子供の遊びのような指示が続く。
「まっすぐ行くと壁」
まっすぐ。そこは公園のような場所だった。
じりじりと日差しに焼かれる林の中、足元はところどころ笹の茂みになっていて進みにくいことこの上ない。
ガサガサ。
本当にまっすぐなのか。
不安に思った瞬間、茂みを抜けた。
日に焼かれた石塀の前に、ようやく次の紙片が落ちている。
いつの間にか達成感に夢中になって集めた紙片は手のひらからこぼれそうなほどの量になっていた。さて、次の紙片は……?
「振り返る」
―振り返る?
来た道を振り返る。
「あ」
真っ暗だ。
手元には紙片がある。
「たすけて」から始まる、紙片の集まり。
きっと繋げれば元は1枚のわら半紙なのだろう。
1枚1枚、手放すたびにかさかさと紙片は転がっていく。
誰かが拾うまで、どこまでも転がっていくのだろう。




