毒婦と呼ばれた女の告白
あら、失礼。
あなたの奥のその席、あたくしの席だわ。
よろしいかしら?
ありがとう。
ついでと言っては何だけれど、あたくしの荷物を棚に上げて頂けるかしら。
ふふ、どうもありがとう。感謝いたしますわ。
ああ、発車しましたわね。間に合って良かったですわ。
ええ、ギリギリでしたわね。
見送りにね、来てくださった方達と少し話し込んでしまって。
長い付き合いでしたから。
もう会うこともないでしょうけれど。
行き先ですか?
東のルグバードですわ。
ええ、この列車で北の王都へ出て、寝台列車に乗り換える予定です。
あら? あなたも王都まで?
それじゃあこのまましばらくあたくしのおしゃべりに付き合ってくださる?
ふふ、なんだかあなた話しやすくって。
小娘の話ですけれどお付き合いくださいましね。
こんなおじさんでいいのかですって?
会話が弾むかどうかに年齢は関係ないとあたくし思いますわ。
現に今、あなたとあたくしとこうやって話せていますもの。
あなたはどうして王都まで?
そう、人を迎えに行く途中なのね。
あたくしは人に会いに行くのよ。
なんだか面白いご縁ね。
旅ってこういう出会いがあるのね。
え? ルグバードまで旅するには旅行鞄一つなんて荷物が少なくないかですって?
そうかしら。今まで何度か旅をしたけれどいつもこの程度でしたわよ。流石に初めての旅は随行人もいたから馬車の旅でしたけれど。
随行人がいるだなんてお貴族さまみたいですって?
ふふ。ええ、ええ、そうよ。あたくし、それはそれは高貴な生まれですの。
ふふ、信じられないって顔をしてらっしゃる。
すっかり平民仕草が板についているかしら。
どことなく高貴な気がするですって?
いやだわ、そんな風に取って付けたように仰らなくて結構よ。
あら、ふふ、怒ってはいないわ。世間知らずの貴族の小娘から高貴な平民だなんて、あたくしも時間を重ねたものだとしみじみとしてしまっただけですわ。
そう、あのね。小娘の話だとこのまま聞いていただけるかしら。なんだかあなたには聞いて頂きたい気分なの。
あたくしね、この国の公爵家クロイツェルト家の長女として生を受けましたの。それはそれは可愛がられて、愛情と財を注ぎ込んで貰って、当然のように才色兼備と評判になり、十にならないくらいで第二王子の婚約者になりましたの。
第一王子にはすでに他国の婚約者がいたから私は王子妃教育としては内政が主でしたけれど、いざという時には王妃の代役が務められるようにと、それはそれは厳しく教育されましたわ。
第二王子に対しては愛情とか好意よりも、義務感の方が強かったと今では思いましてよ。それでも、あたくしがこのような教育を受け贅沢な生活ができているならばそれを支えてくれている民に還元できるようにと必死に学びましたわ。
第二王子も、お兄様である第一王子が大好きでしてね、あの方。ふふ、兄君をお支えするのだ、兄君に頼られたいのだ、とはっきり仰る努力家でしたのよ。この方と二人で第一王子と王子妃を将来にわたってお支えし、民のために良き王族であろうと心から思える、そういう関係でしたのよ、あたくしと第二王子は。
あたくし達の関係に変化が訪れたのは王立学園の三年になったばかりの頃。平民出身の聖女が新入生として入学したこと。聖女の保護と我が国へと確実に取り込むために第二王子がその世話と監督を陛下直々に命ぜられたことがきっかけですわ。
数十年に一人、光魔法の中でも特に強い癒やしの力を持ち、聖女がいる国や地域は豊作が続き災害は起こらず、民に幸せが満ちるとされる聖女、教会によってその聖女と認定された彼女はまず子爵家の養子となり、その後侯爵家を後見人として入学してまいりましたの。
彼女が聖女としての力に目覚め、教会が認定したのは、学園入学のたった三ヶ月前でしたのよ。それまで平民であった彼女が、たかだか三ヶ月で貴族としての、それも王族の側に侍る貴族としての礼儀作法を身につけるなんて到底無理ですわ。本来であれば最低でも一年かけて教育を施し、入学を遅らせるか途中入学とすべきだったのです。それを教会側がごり押ししてその年に入学をさせたのは明らかでしたわ。
そんなこと分かりきっているのに、口さがないもの達はあんなに沢山いらっしゃるのね。そういった方々を見るにつけ、あたくしこの国の貴族として呆れ果ててしまったわ。
だから聖女には厳しく、それはそれは厳しく接しましたの。
あたくしがそれまでの八年間、いいえ、十八年間で身につけた礼儀作法、知識、内政への見識、そして人との繋がり。そういった物を彼女へ惜しみなく、これでもかと叩き込みましたのよ。聖女はね、泣きながら必死に食らいついてきましたわ。
なぜそんなことをしたのかですって?
ふふ、それはね、第二王子と聖女とがお互いに惹かれ合い、愛し合い、支え合いたいと望んだからよ。
一方的な感情や強制であるならばあたくしだって二人を諫めたわ。
でもね、二人のお互いを尊重し高め合いたいという姿勢は、あたくしと第二王子とでは生みだせない物でしたのよ。
なにより聖女の、愛する第二王子のために、ひいてはこの国のために努力を続ける向上心とひたむきな恋心はわたくしにはないものでしたわ。彼女のそのまっすぐな瞳を見て、この方ならばあたくしよりもこの国の王子妃として相応しいと、そう素直に思いましたのよ。
だからね、第二王子にも聖女にも協力しましたし、あたくしと第二王子との婚約の白紙化についても、あたくしから父である公爵に説明して了承を得ましてよ。王家としては確実に聖女を取り込めるとして、婚約者の変更に反対はありませんでしたわ。聖女を公爵家の養女にすることで我が家にも利がありましたし。
その公式発表が第二王子とあたくし達の学園の卒業式となったため、少し世間をお騒がせしてしまったのは反省しておりますわ。
世紀の断罪卒業式?
ああ、そんな風に呼ばれていると耳にしたことがありましてよ。
確かにね、聖女への嫌がらせや態度が目に余る学生達や教職員達への叱責、聖女の意思を無視して不正を働こうとする教会の現状の暴露など、通常の卒業式ではあり得ない様々な事がありましたから。
とても傑作でしてよ。
え? 歌劇になっている?
そうでしたの? あたくしそれは知らなかったわ。ええ、機会がありましたら是非見に行きたいわ。ご一緒に? あら、誘ってくださるなんて社交辞令でも嬉しいわ。ふふ。
そうしてね、第二王子と聖女の婚約が整いましたけど、問題はあたくしの処遇についてでしてよ。
王子妃教育を受けていましたからそれなりに国家の重要情報には触れておりましたし、優秀と評価いただいていました。けれど公爵家は弟が継ぎますし、あたくしを遊ばせておくわけにも国外に出すわけにもいかない。けれど年齢や身分的に釣り合う新たな婚約者候補を探すのが難しいと、白羽の矢を無理矢理立てられたのがアンクレール辺境伯でした。
先代が病気療養のために爵位を譲られてからそれなりに年数がたっているけれどまだ独身で婚約者もいないから、とね。
アンクレール家は隣国の国境と少数民族との緩衝地帯を治める辺境伯領で西の番人とも呼ばれる武の家系、辺境伯ご本人もそれはそれは身体の大きな武人でらしてね。
王子の婚約者として近衛はよく見ましたけれど、華やかな近衛に比べて辺境伯軍は剛健というか、厳めしいというか、まあ、端的に申し上げて強面の方々でらしてね。
そうそう、その時に数台の馬車と随行人と辺境伯軍とでの大勢で辺境伯領へ向かいましたのよ。あの時はまだ馬車も新型ではなかったから今ほど座り心地の良い物ではなくってね。お尻が割れそうよ、元からお尻は割れているものですよ、なんて茶番を護衛とよくしていたものだわ。
え? 新型馬車の普及に一役買ったのがあなたの商会なの?
素晴らしいわ! 新型馬車のおかげでその後の旅はとても快適でしたもの!
ええ、ええ、このあたくしが褒めてつかわします。ふふ。
それでね、いざ辺境伯と顔合わせして、婚約証明書にお互いサインして、教会に届け出たはいいものの、その日の夜よね。用意されたあたくしの寝室に現れた辺境伯に、さすがに未婚で初夜を迎えるのはと驚いたらね、「君を妻として愛することはない」なんて言われてしまいましたのよ。
もうビックリしましたわ。
目が点になるとはまさにあの時のあたくしのことでしてよ。
詳しくお話を伺いますとね、実は辺境伯は緩衝地帯に住むとある少数民族の族長の娘と恋仲でらしたのよ。でも先代がどうしても結婚を認めてくださらないのですって、お二方の間にはすでにお子もいらっしゃるのによ。
酷い話ですわよね。
族長の娘は辺境伯のためにとご自身の部族との仲立ちもされていて、とても気立てのよい方でしたわ。王国語はまだまだ勉強中だそうでしたから、あたくし、彼女に辺境伯夫人に相応しい教養と礼儀作法を叩き込んで差し上げましたの。ふふ。ええ、聖女と同じように。
どうしてって?
だってね、思い合う二人と、その子供と、そして彼らを中心に回っている辺境伯領がね、とても素敵な場所でしたの。あたくしとても大好きになってしまったの。そういう辺境伯領が。
族長の娘が辺境伯夫人として相応しいと評価されるほどの教養を手に入れれば、少数民族を束ねる部族出身であることはむしろ、辺境伯家としては強みになりますもの。
時には辺境伯にもう少し手加減してやってくれなんて泣きつかれましたけれどね、族長の娘はとても努力家でしたのよ。どんどんと洗練されていく彼女を見てね、先代領主もとうとう折れてくださったわ。
孫をその手に抱けたことがなによりでしてよ。
あっという間に孫にデレデレになられてね、ジジバカ、と言うのですって?
そう、何でも買い与えようとして辺境伯にも族長の娘にも叱られて、家令の方が懐かれてるなんてむくれたりして。ふふ。
色々なことが思い出されて可笑しいわ。
そうそれでね、辺境伯とあたくしとの婚約は問題なく解消されて、族長の娘が辺境伯夫人となられて、あたくしは長年の護衛と二人で旅に出ましたのよ。
辺境伯でも数年過ごしましたし、あたくしに責はなくとも二回も婚約が破談になっているのですもの。実家である公爵家に戻るのもなんだか憚られて。あまりあたくしに対して良いとは言えない風評もございましたし。そうそれ、稀代の毒婦ですって。ちゃんちゃら可笑しくってよ。
それでね、南へ旅をしましたの。
王都で生まれ育って、山岳地帯の西の辺境伯で過ごしたから、今度は南の砂漠を見たいと思ったのですわ。
残念ながら国境付近は治安の問題もあって行けなかったのだけれど、それでも一年ほどは南の主要都市で過ごしたかしら。
王都に戻ろうかと街道を旅していたときにね、護衛が体調を崩してしまったの。
幸いにも宿場町であったから、お宿をとってお医者様に見ていただいたら長年の過労のせいだろうって。
あたくし、それまで自分のことにばかりに精一杯すぎて、ずっと一緒にいてくれた護衛のことをね、大事にできていなかったと気づいて、とても衝撃を受けましたの。
寝込んでいる護衛がね、ずっとあたくしに謝るのよ。自分のせいですみません、って。
謝るのはあたくしの方なのよ。今までそばに居てくれるのが当たり前すぎて、まるで彼女が自分の一部のような気がして、彼女自身をちゃんと気にかけていなかったの。
自分が情けなくなって。あの時は本当に泣けてしまったわ。
あなた、物心ついてから、わーん、なんて赤子のように声を上げて泣いたことはあって?
あたくしはあの時が生涯唯一だと思うわ。
しかもね、あたくし、される側として生きてきたから、病人の世話なんて全く分からないのよ。
逗留していたお宿の息子がね、とても穏やかな、客商売なんて大丈夫かしら、と思ってしまうぐらい朴訥な方なのですけど。御母様を病で亡くしてらして、看病は慣れているからと、それはそれは丁寧に護衛の看病を買って出てくださって。
もちろんあたくしも教わりながら看病しましたのよ。
りんごを剥きましたの。病み上がりにはりんごなのでしょう? ウサギには出来ませんでしたけど。ちょっと、あの、食べられる部分がみるみる減ってしまったのですけれど。
りんごの味はしましてよ。
そしてね、護衛の体調も戻る頃に、護衛から、ここに残りたい、と言われましたの。
一生に一度の我が儘をどうか、と。
宿の息子とね、恋仲になっていたのよ。
あたくしにずっと付き合ってきた護衛はね、彼女はね、花の盛りをあたくしに捧げてくれたの。
あたくしの三つ上でね、本当にずっと、ずっと一緒に居たの。第二王子との婚約が整ってから、護衛としてあたくしのそばに。
学園にも辺境伯にも侍女としてずっと付き従ってくれていたの。
辺境伯領を出てからは護衛としてずっと、ずっと、隣であたくしを支えてくれていたの。
その彼女があたくしの手を離して、別の誰かの手を取るなんて、そんなことちっとも考えたことなかったの。
いやだわ。ふふ、また泣けてきちゃう。
でも彼女がね、宿の息子と居る姿はね、とても素敵だったの。
聖女のようにひたむきに燃え上がるような恋でも、族長の娘のように逆境に耐え忍ぶ恋でもなくて。
気づけばそこにある、とても細やかで厳かな静謐な恋だと思ったの。
宿の息子もね、何があろうと彼女を守るからどうか、なんてね。護衛の方が絶対に力も強いのに、そんなことを言うの。もうあたくし呆れてしまってね。
守ると言うからにはせめて護衛をお金で苦労はさせないようにと、読み書き計算と帳簿の付け方と、お客さまを特別に扱うようなおもてなしの方法を叩き込んだわよ。
どんぶり勘定、というのだったかしら。
凄かったのよ。ざっくり? 大雑把?
なんというのが良いのかしら。
主要街道ではないからって、担当の役人もきちんと見ていないようでしてね。
これを帳簿と呼んだら王室の役人達から鼻で笑われてしまうようなとても、こう、こちらが配慮してつじつまを合わせるような、なんて言うのかしら。とにかくもう酷かったの。
宿の息子はね、宿場町の教会で簡単な読み書き計算は習ったそうなのだけど、人手も足りなくて、教材もなくて。かといってその宿も代々首をくくらないで生きていける儲けがあれば良いという考え方でね。
そのせいでお母さまのお薬もあまり買えなかったそうなの。
そんなの許せないじゃない?
あたくしの大事な大事な護衛を彼に任せるのだから、ちゃんと儲けて貰わなきゃ気が済まなくてよ。三食ご飯をちゃんと食べて、毎日のお風呂と柔らかな寝具と、時たまお酒とお菓子と、もし熱が出たらちゃんと薬を飲んで休んで。
きっと護衛も聖女や辺境伯夫人のように子を持つもの。出産の時に産婆も呼べない、医者も呼べないなんて、そんな生活あたくしには許せなくてよ。
それにはまず正しく帳簿をつけて、収支をはっきりさせて、その上で締めるところは締めて、たくさん払ってくださるお客さまには特別なおもてなしを、そこそこ払ってくださるお客さまにはその料金内のおもてなしを、払う気のないお客さまには門前で帰ってもらわなきゃいけなくってよ。
そうして一つ一つ課題を解決していきましたらね、息子のお宿を皮切りに宿場町全体が活気づいて、きちんとした自警団を組織できるようになったから治安も良くなって、もう大丈夫だ、と思える頃にはとても立派な宿場町になっていましたのよ。
そう、その町よ。ご存知でしたの? そうなの、今度街道も整備されるそうなのよ。宿の息子は財布の紐で、嫁は剣で宿場町を締め上げる、なんて酒場で話のタネになったりしていてね。
ええ、発車前に話し込んでいたのはその二人なの。護衛、ああ、元護衛ね、なんて、お嬢様をお一人で行かせるなんて、先様にどんなご迷惑をもたらすか、だなんて、まったく、まるであたくしがすべての元凶みたいなことを言うのよ? 失礼しちゃうでしょう?
え? 話を聞く限りに間違いではなさそうですって?
いやだわ。あなたまでそんなこと仰るの?
ええ、そう、不敬でしてよ。このあたくしに対してそんな事を言うなんて。
ふふ、あはは、うふふふ。
あなたと話していると本当に楽しいわ。
おかげでほら、もう次が王都の駅ですわ。
お付き合い頂いてありがとう存じます。
ええ、あたくしも、あなたの旅のご無事を祈っています。
もしかしたらすぐにまた会えるかもですって?
あらいやだ、あたくし、そういうのなんて言うか知っていましてよ。
ナンパ、って言うんでしょう?
え? 違う?
まぁ、どちらでもよくってよ。
ええ、ええ、また会うときまでお元気で。
あ、ねぇ、そういえば。
ついでにあたくしの荷物も下ろしてくださる?
話し相手のおじさんが、主人公の訪問予定先のバツイチ子連れ商人だったりします。主人公は気づいていませんが、おじさんはもしかして…?と思っています。
お読みいただきありがとうございました。
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