忌むべき子
白光の渦に呑まれた意識が、ゆっくりと浮かび上がっていく。
重たい眠気が薄れ、代わりに――冷たい空気が肌を刺した。
(……ここは?)
目を開ける。
だが視界はぼやけ、輪郭が滲んでいる。
天井らしき木の板が見えるが、焦点が合わない。
鼻をくすぐるのは、湿った木と土の匂い。
遠くで風が吹き抜ける音がする。
どうやら、古い木造の家の中らしい。
(視界が……低い?)
身体を動かそうとする。
けれど、手足は短く、思うように動かない。
手を見ると、小さく丸い。
首もすわっておらず、頭がぐらりと傾く。
(これは……赤ん坊?)
喉が震え、か細い声が漏れた。
「……ぁ……」
自分の声に驚く間もなく、誰かが駆け寄ってきた。
「生まれた……! でも、この子……!」
若い女性――おそらく母親だ――が俺を抱き上げようと手を伸ばす。
だが、触れる直前でその手が震え、引っ込んだ。
「……ごめん……ごめんね……」
怯えたように後ずさる。
その瞬間――胸の奥がざわりと揺れた。
まるで、他人の《《嫌悪》》が直接流れ込んでくるような感覚。
(……なんだ、これ)
身体は赤ん坊なのに、意識だけは妙に冴えている。
むしろ、前世よりも鋭く世界を感じ取れている気さえした。
そして、この胸のざわつき――
あの邪神と相対したときの“あの気配”に似ていた。
(……偶然か? いや……)
外から複数の足音が近づいてくる。
「どうしたのだ!」
「村長……この子……胸がざわつきます。まるで“嫌悪の神”の……」
「……生まれ変わり、か」
「そんな……! でも、この感覚……!」
「触れるな!穢れが移るぞ。」
村人たちの声には、恐怖よりも“軽蔑”が混じっていた。
まるで、俺の存在そのものが汚らわしいと言わんばかりに。
(嫌悪の神……? なんだそれは)
俺はその言葉を知らない。
ただ、胸のざわつきだけが事実としてそこにあった。
「村長、どうします……? このまま家に置いておくのは……」
「置けるわけがなかろう。村に災いを呼ぶ気か」
「ならばあの離れの小屋に隔離しましょう。」
「ああそうだな……生まれ変わりなら、神殿が判断するだろう……神殿に使いを出せ!嫌悪の神の生まれ変わりかもしれない子が生まれたとな。」
「どちらにせよ、邪神の生まれ変わりを村に置く価値はないな」
「ええ」
(村人たちの声が聞こえる。価値……? 俺は生まれた瞬間から、価値がないのか?)
グラッ
視界が傾く。
誰かが俺を布ごと抱き上げたようだ。
その腕は震えていて、触れられた瞬間にまた胸がざわついた。
(……まただ。この感情が流れ込んでくる)
外に出ると、冷たい風が頬を刺した。
村人たちの視線が突き刺さる。
そこには恐怖とともに明確な“嫌悪”があった。
「早く運べ……見ているだけで胸が悪くなる」
「嫌悪の神の生まれ変わりなんぞ、村に置いておけるか」
「母親も不運だな……あんなものを産むとは」
ドサッ。
数分揺られたあと湿った空気が漂う狭い小屋に放り込まれた。
元々は馬小屋のように使われていたんだろう。藁の匂いとカビの臭気が混ざり合っている。
ガチャリ。
外から鍵をかける音がした。
(独り……か)
赤ん坊のこの身体は寒さに震えているのに、胸の奥だけが熱い。
(俺は……何なんだ。嫌悪の神?そんなわけないだろう。)
(ただ……この感覚だけは覚えている。あの邪神の気配に似ている)
その夜だった。
ギィ
小屋の扉が、そっと軋んだ。
かすかな足音。
昼間、俺に触れられなかったあの女性――母親だ。
「……ごめんね……ごめんね……」
震える手で、布に包んだ山羊乳を置いていく。
触れようとすると、胸の奥がざわりと揺れ、彼女の身体がびくりと震えた。
それでも、彼女は逃げなかった。
ただ涙を落としながら、俺のそばに座っていた。
(……)
言葉にはできない。
泣くことしかできない。
だが母親は、震える手で俺の頬に触れようとして――
触れられずに、そっと手を引っ込めた。
「……ごめんね……触れられなくて……」
その声は、世界で最初に向けられた“優しさ”だった。
赤ん坊の喉から、再び泣き声が漏れた。
だがその奥底には、誰にも聞こえない“決意”が確かに宿っていた。
(生きる。理由はまだわからない……でも)
(あの邪神――ヘラルド。お前の気配を感じた気がする)
(なら、俺は……真相を掴むまで死ねない!)




