007-000 鬼の活動報告
日曜日になるのはあっという間で。
私は定時ピッタリに死神様の部屋の、襖の前に正座する。
すると、中に居る死神様の視線が私を捕らえた。
『山鳩か。入りなさい』
その一言で襖を開け、入り、静かに閉めてから死神様の御前に進み出る。
身振りで座れと指示されたので座れば、死神様は扇子で口元を隠したのか、御簾の向こうにそのような影が出来ていた。
山鳩、というのは私の鬼の面の色。鬼の面は1つ1つ色が若干だが異なっている為に、色が識別名のようになっていた。
死神様への報告は、正直に言ってあまりない。
重要度としては、私の報告は底辺に近い為に、日曜日の1枠15分という時間しか与えられていない。その時間内に、どれだけ重要なことを報告できるのか。それが、役目として低い位置に居る鬼の面の悩みどころではある。
ただ、今日の私は違う。
ざっと報告をし終えてから、外界の学校に通う優遇の条件について質問した。もちろん、花菜子のことは伏せてある。
『元々外界で育った者は、能力によっては許可をする。ただし、外界に協力者が居ない訳ではない。むしろ協力者であれば、この里の中に居る幹部よりも数は多い。
山鳩が出会った者は、恐らくは協力者の親族なのだろう』
流石に質問すれば何れ身バレもするよなぁ、とは思いながらも聞き返す。
『協力者は、全員が鬼の面を持っているのでしょうか?』
『全員ではない。が ……』
死神様が黙った。
もしかしたら、幹部しか知らない情報なのかもしれない。
取り返しのつかない質問に固唾をのむ。
『持つ者は初期の我を知る者。くれぐれも粗相のないように』
『は、はい!!』
『もう下がりなさい』
死神様の御優しい一言に安堵して部屋を後にした。
私に課せられた任務は 【純を見守ること】。校内での純の友好関係や純が関わる事件を大まかにお伝えするだけの、かなり簡単なお仕事。
それ以外に特別な任務を与えられることも稀にあるものの、基本的には学校の放課後や休日中で終わるような短期的な内容が多い。
そんな私が昇進する為には、外界で功績を残すか、外界でも公にはされていない情報を持ち帰るしかない。
しかし、私自身、昇進は気にしていなかった。
だからダラダラと、学園の図書館で借用した本を自宅で読んで過ごすことが多かった。
だが、やはり気になってしまう。
死神様に花菜子のことがバレても、恐らくは幹部、又は協力者の特権で大事にはならないとは思う。
ただ、それは花菜子が本当にその地位に居る者であれば、の話し。
実際、私は花菜子の地位を聞いた訳ではない。まして、里の中でも鬼の面の所持者は稀。それを外界の協力者などが持っていて良いのだろうか。
しかし、私にも思い付く可能性は1つだけある。
「あー! くそー!!」
気になって読書に集中できない。私は外界に抜け出すことにした。
甘袋駅、渋川駅、…… 。
学園までの道中の、有名な駅に降りては、その周辺で花菜子のオーラの残り香を探した。
だが、どこにも見つからない。
なので学園まで戻る。
花菜子のロッカー(と一体化している下駄箱)からオーラを辿ってみる。
だが、それも乗り換えで有名な表山道駅で途切れていた。
「(でも、待てよ? もしかして ……)」
私は改札口から出て地上に出る。
すると、薄らではあったものの花菜子のオーラを感じ取れた。
その方向へと進む。
そして進めば進むほど、そのオーラは強く、濃い物へと変化していった。
辿り着いたのは表山道ヒルズという、巨大な商業兼任のオフィスビル。
日曜日だけあって観光客は多かったが、その誰もが高級そうな衣類を身につけている。
そんな中、私はオーラだけを頼りにビルの中へと入った。
濃い残り香を頼りに1台のエレベーターへ。
そして押したであろう21階へ。
ドアが開けば、景色は静まり返るオフィスしかない廊下だった。
突き当りを左へ。
奥には小さめのラウンジがあった。
「花菜子 ……?」
窓際に立って外を眺めていた女性に声をかけてみる。
女性は振り返り、私を見て目を丸くする。
が、それもすぐに治まった。
濃すぎる化粧をしていて近付くまで解らなかったものの、その女性は正しく花菜子で。
「誰かと思ったら紫やん。視線は駅から既に視線は感じとったけど。どしたん?」
平然と答える花菜子に対して、私は言葉を失くしてしまって黙り込む。
「あぁ。もしかして、ウチの正体が気になって尾行しようとした? まぁ、そないなことしーへんでも、ウチは逃げも隠れもしーへんけど」
「花菜子は ―― 抜け忍、なの?」
抜け忍は、里を抜けた(逃げた)忍者のことを指す。
本来であれば、死神様が緑系の鬼の面に依頼して処分させる存在。ただ、中には振り切って逃亡に成功する者も居た。その場合、処分できなかった鬼の面が代わりに処分されることになっている。
「似たようなもんかな」
花菜子は失笑した。
「じゃぁ ……!」
「せやけど逃亡した訳やないで。それにウチは忍者としての修業はしておらへんから、その単語は当てはまらんよ。今、こうして公に行動しとるのは、外界には協力者を偽って、実際には里に必要な資金を得とる工作員やから」
「え? こう ……」
「あ、ちょっと待って」
そう言った花菜子は私の後ろを見た。
つられて振り返れば1人の男性が近付いて来るところで。
「大変お待たせ致しまして、申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です。それよりも、店舗の方へは連絡できましたか?」
花菜子が敬語で、それも一回りは年上だろう男性に対して厳しめな口調で訊ねていた。
男性は遜る態勢で1枚の用紙を花菜子に手渡す。
花菜子はさっと目を通して突き返す。
「始末書があっても私には関係ありません」
「本当に申し訳 ――」
「貴方がいくら謝っても私の気持ちに変わりはありません」
言い切った花菜子は、しかし、私をちらりと一瞥してから続ける。
「興が削がれました。今日の所は帰ります。来週までに結論を出しておいて下さい」
「ら、らいっ ――」
「そちらの都合は知りません。来週の日曜日、同じ時間に来ます」
ビシッと言い切った花菜子は男性を置いてさっさとエレベーターの方向へと歩き出す。
私はただただ、その後を追うことしか出来なかった。
「……変なところを見せて、すまん」
花菜子がそう言ってくれたのは、既に駅前まで戻って来てからだった。
私は頭を横に振る。
「待たせたお礼と言うたらなんやけど、喉乾いたから喫茶店、入ろ? 何か奢ってあげる」
「えっ?! いや、そこまでは ……」
「紫はお金、持ってへんのやろ? 里の者は現金、支給されへんことくらい知っとるし」
花菜子の言う通りで、里の中に住む者には現金を得る方法が無かった。あるとすれば、奪うか、盗むか。どちらにしても日ノ本という国では犯罪になってしまう。
かといって、地道に自販機の下を探して回るほど、外界に居られる時間はない。
花菜子と入った喫茶店は、それこそ高級そうな服装の人ばかりで、私は何となく居心地が悪かった。
が、そんな人達と大差ない服装の花菜子は平然と店員に注文し、テーブルに届けられたコーヒーで既に一服している。
慣れている、という感じだった。
そのコーヒーの香りが、いつかの私を思い出させていた。
円と瞳と純の4人で入ったちっぽけな喫茶店。そこで初めて飲んだコーヒーには、ミルクがたっぷり入っていた。円はミルクが全くないコーヒーを飲めていたものの、意地っ張りの瞳は諦めて砂糖をたっぷり入れていたっけ。純は不思議そうな顔をしていたなぁ。
「…… まぁ、工作員って言っても、ウチは比較的、自由にさせてもらっとる方。紫のことやから、先生から持病のこと、聞いたんやろ?」
「え? あ、うん …… ごめんね?」
「謝る必要なんてあらへん。言わへんかったウチがいけへんのやから。それに …… 嬉しかった。紫がウチのこと、そこまで思っていてくれたこと。例えそれが疑い半分やったとしても」
「…… その、持病のことは(死神様も知っているの)?」
「知っとるから自由で居られるようなもん。せやから、完治すれば自由ではなくなる。もっとも、咲九曰く、そう簡単に完治出来るような病やないみたいやけど」
届けられたショートケーキに早速フォークを通す花菜子。
私の前にはモンブランが置かれていたものの、今までに食べたことがない種類だけに少しだけ戸惑う。
「ここのモンブランは美味いねん。ラス1やから紫にあげたん」
「い、頂きます」
私もフォークを持ち、1口分にして口に運んだ。
甘い栗の味が口いっぱいに広がる。
甘いと言っても甘過ぎず、苦めのカラメルが染みたスポンジ生地が良い具合に調和している。
美味しい、と素直に思った。
「せやけど案件が巡って来よった。金策する方の工作員は数が少ないとはいえ、ウチも大した金は稼げへん。まぁ、そうは言うても、全体的な資金は結構な額になっとると思う。それも、その大半が消費ではなく備蓄されとるらしい」
花菜子の言葉から悟って答える。
「(死神様が)こっちで何かしようとしている、ということ?」
「ウチもそう思っとる。せやからウチにも個別の任務がきた。君の幼馴染も(鬼の面に)選ばれた」
「花菜子は何か聞いてないの?」
「情報として得られるのはこっちでの動きだけ。それも事後、聞かされるだけ。せやからそっちの動きまでは解らんから、何の準備をしとるのかも解らへん」
「そうなんだ? 意外……」
「意外も何も。ウチは信頼されてへん証拠や」
悲しそうに答えた花菜子は溜め息をつく。
「ウチは、逆にそっちのことが知りたい」
「もう何十年と、昔から大して変わりないよ? 色々と時代遅れだし」
答えながらも里の中をイメージした。
今時に例えるならば、70年くらい昔の文化に、建物と研究だけが近代化しているような感じだろうか。だから高層ビルのような建物は一切ない。
一度でも外界の東都で過去の写真を見た者ならば誰もが感じることだろう。
「逆に、(死神様は)こっちで何をしているの?」
「…… そうか。紫は知らんはずやわ」
花菜子は納得いったとばかりに頷き、ニヤリと笑った。
「そうや、紫。ウチと情報交換、しーへん?」
「情報交換?」
「そう。ウチはこっちでの(死神様の)動きを紫に教える。その代わり、そっちでの動き、ウチに教えてよ。そうすれば、(死神様が)何をしたいんか、先読みしてウチらが行動できるかもしれへん」
流石に私も頭を縦に振りそうになる。が、それを止めたのは私の警戒心だった。
あまりにも条件が良すぎる。それに、私が求めているのは昇進じゃなく今まで通りの平穏。確かに死神様の為に前以て行動できるかもしれない。的確な情報提供が出来るようになるかもしれない。だが、それは同時に死神様への不審を抱かせることにならないだろうか。
「ま。返事は今すぐじゃのうてかまへん」
花菜子は私の様子から察したのか、そのように答えてくれた。




