002-005 鬼の編入生
私が帰ろうと地下のロッカールームへ向かう道中、片頭痛を感じたのでお手洗いの個室に入った。
片頭痛にも数種類あるし、この痛みの対処法はいつものことなので解っていた。
だから顔の内部に埋め込まれている鬼の面を顔面に出現させる。
手を顔に当てると手には硬い材質、顔には心地良いふわふわした湯気のような感触が現れた。
『”鬼" に通達する。酉三つ時、鬼のみの集会を行う』
キィィィーンとアイスを食べた時に感じるような痛みと共にその声が脳内に響く。
途端、私の呼吸は荒くなる。
先程までの眠気は吹き飛び、急激な破壊衝動が齎される。
だが、ここでそんなことをすれば退学は免れない。純と一緒に居られなくなる。
そう思い込んで必死に衝動を抑え込んだ。
鬼、とは私と同じように鬼の面を持っている者のこと。
鬼の面は死神様と契約し、実力が認められた者だけが付与される、謂わば証明書や通行手形のような物。鬼の面は死神様だけが扱える特別なオーラ、要は空気のような物質で構成されているので、慣れれば呼吸のように出したり引っ込めたりすることが出来る。
酉三つ時 …… 十八時から三十分まで。
鬼のみってことは、場所は死神様の城内にある闘技場か。
となると、今から帰れば間に合う、か?
悩む私の警戒網に何者かが引っかかる。普段から、この鬼の面を出す時は警戒度を高めて気配を察知する術式を展開していた。
本来、私を "羽生 紫" と認識していない者であれば、この警戒網には引っかからずに用を済ませて去ってゆく。お手洗いならば短時間で済むことが多いので有力候補にしていた。
だが、引っかかったということは認識している者。それも、強めに引っかかったことからも超能力者だと思われた。
感覚的には、手にしたテニスラケットに短めの弓矢が引っかかる感じだろうか。
お手洗いに入る前には気配何てなかった。
だから鬼の面を見られていた訳じゃない。
だとすれば、鬼の面の強力な気に引き寄せられた者。
警戒しながらも個室を出る。
が、相手の気配は既に警戒網から少し離れた場所にあった。
なので少しだけ様子見する。これで立ち去れば尚良し。
「んんっ?!」
思わず声を出してしまったのは、その警戒網が後方に押し出されそうになっていた為。慌てて警戒網を留まらせるものの、それ以上は戻せそうにもない。踏ん張るだけで精一杯だった。
この警戒網も実は一種の魔術。
円術、と呼ばれる物で、他人と会話をする際にとる間合いを数メートルくらいに引き延ばしたようなイメージだろうか。障害物が何もない場所なら相手を目視で居場所、距離感を掴めるように、円術は障害物の壁があっても同じように居場所や方向を特定することが出来る。
もっとも、結界術のような強固な防壁が出せる訳ではないので好んで修得する者は少ない。
ただ、円術が引っ張られる、ないし押される何てことは初めての経験だった。
どうしたら良いか解らなくて、ただただ、その場で耐えるだけになってしまう。
その隙に、お手洗いの方には誰かが入り込んで来る。
解っていただけに、身構えながらも自身の周囲に結界を張っていた。
「おっ。おった、おった」
赤いワンピースが靡く。
やって来たのは、見慣れない顔だった。
それもそのはずで、今日からこの学園に通うことになった編入生、クラスメイトの山田 花菜子。同じ図書委員になった、私の相方。
ただ、私は後退りする。
その花菜子の気からは殺意を感じ取れたため。
「あかん。やっぱ人探しはウチに向いてへんなぁ」
「…… 何か用?」
「図書委員会の顔合わせ、君、忘れとったやろ?」
そう言われてもピンと来なかった。
まぁ、物忘れが激しいのはいつものこと。去年の相方にもかなりの迷惑をかけていた程。
だからあんまり気にならない。
「はぁぁ。しゃあないなぁ。これで信じてもらえへん?」
そう言って花菜子は人差し指で鼻を押さえる。
すると、そこを中心にして鬼の面が広がっていった。
私と同じ、緑系の色。緑系の色は隠密をメインにしている者。
人差し指を離した途端、鬼の面は顔面から消え去った。
これには流石に驚愕して、でも確かに警戒心は大分薄れている。
円術への対処法を知っていてもおかしくはない訳だ。ただ、隠密は隠密を見張る役目を与えられることも多い。だから完全に解いた訳じゃない。
「そう警戒せんでも、ウチに与えられた任務は君に対してやあらへん。せやから正体を明かしたん」
花菜子はそう言いながらも私に1枚の用紙を渡してくる。
受け取って、花菜子を警戒しつつも目を通した。
何の変哲もない、ただのプリント。それも、図書委員会で配布されたものだと理解する。
「あぁ、どうも ……」
「…… 聞かへんの?」
「…… 何を?」
「何で鬼の面を持っとるのか、とか。聞くこと仰山あるやろ?」
まるで聞いてほしいかのように言う花菜子。
でも、私には正直、どうでも良かった。
「君も鬼の面を持っているなら …… さっき、死神様から連絡、来たでしょ? 今の自分はそれにしか興味はないし、君がどんな相手であっても関係ない」
「ウチの任務は、君の幼馴染に関することやで」
その一言に驚愕する。
ポーカーフェイスを自負する私でも、恐らくは若干の顔色の変化があったのだろう。
花菜子はニヤリと不敵の笑みを浮かべている。
任務という単語は鬼の面の時しか使わない。しかも、任務の内容は絶対に秘匿が義務付けられている。それを他者に、例え同じ鬼の面であっても公言すれば死神様の制裁は免れない。
「まぁ、信じる、信じへん、は君次第でかまへん。ほんでも、君がウチに興味を持たへんというならウチは勝手に行動させてもらうだけ」
「・・・」
これには流石に黙るしかなかった。
偉大なる死神様は、風見流忍術を継承する頭領で、異界に存在する忍びの隠れ里の守護神でもある。
本名は風見 千秋で、純のお兄さん。まだ私と純が知り合った頃の千秋様は、祖父の千春様から頭領を継ぐ前で、凄く優しかった。でも、頭領を継いでからというものの、私だけではなく純に対しても冷酷な態度で接するようになり、今では別人になられてしまっている。
それでも、私は死神様の代わりに純の傍にいて純を守ることを望んだ。
そんな千秋様だった頃には、純は円と瞳にも千秋様と会わせていたことがあった。
とはいっても、お父さんが居候としてお世話になっていた私程ではないと思う。その私が知る限り、5回程度。もっとも、5回目の時は既に頭領だったと思う。
でも、それ以降は里を移転してしまったので、2人はもう何年も会っていないはず。千秋様に一目惚れして片思いしていた瞳が悶えていたのだから確証はあった。
なので今更、円と瞳をどうしようと思っているのか。気にならない訳ではなかった。
しかし、花菜子の発言が偽りで、ただ私の気を惹かせようとしているだけ、という可能性もある。
私と2人が仲良いことは、今日の昼食を見ていれば編入生でも解ること。つまり、私から鬼の面に関する情報を得たいが為に、こうして委員会まで揃えてきた可能性もある。だから安易に返答をする訳にはいかなかった。
ただ、そのどちらにしても花菜子のことを知らないと危険かどうかの判断も出来ない。ここは素直に花菜子の誘いに応じるべきだろう。
私は円術を解いた。
「任務の内容は?」
まぁ、そこまでは答えられる訳がないだろう。
「行動の監視と、場合に応じての殺害」
「・・・」
高を括っていただけに度肝を抜かれた私は目を丸くしていた、と思う。
「君は知らんかもしれへんな。2人は今夜から、ウチらと同じ鬼の面を持つ仲間やで」
「今夜からって ……」
私は冷汗を掻く。
先程の集会の連絡は鬼の面の追加のことなのだろうか。私の時にも集会はあった。
でも、集会の内容を事前に知っているのは鬼の面でも幹部級の者だけ。
もし花菜子が幹部であれば、花菜子の鬼の面には風見家の家紋が入っているはず。でも、先程の一瞬でそこまでは確認していなかった。
でも、だとすれば尚更、解らない。
幹部級の者が非能力者の2人を監視する目的が。
「まぁ、今日はもういのう。そうやないと集会に間に合わへんやろ?」
くるりと背を向けた花菜子を呼び止める。
「君は ……」
「花菜子」
答えた花菜子が私を顧みる。
「紫って呼んでええ?」
それが、花菜子が私に初めて笑顔を見せた瞬間だった。
花菜子と共にお手洗いを出ると、ふわりと、今まで校内では感じたことのないオーラが残っていた。
透明に近い白色、時折混じる金色。それが奥の大会議室の方へと向かって伸びている。
花菜子は先にロッカーへと繋がる階段を進もうとしていたものの、そのオーラが気になったので逆側の廊下を覗き込んだ。
見れば3人の生徒の姿がある。
1人は去年、鈴木への暴行が起こる前に不登校になっていた永瀬 遠音。もう1人は、その件に発破をかけた円と共犯した岸間 香穂里の親友で、真相を知る為に遠音の実家を訪ね続けた本谷 紗穂里。
2人とも同級生で、漫研サークルに所属していて去年は紗穂里が副部長だったと思う。私も中1の9月までは所属していたので互いに認知してはいる。
そして、もう1人は複雑な髪型をしていた。後ろ姿なので顔までは見えないものの、白いワンピースを着ていることから編入生ということは解った。
オーラはどうやらその編入生から溢れていたらしい。
「美島の超人」
花菜子の呟きに目を丸くする。
千波県美島市に住む未来を予知する巫女だから、通称は "美島の超人"。
近隣住民や著名人には "音神" の異名で通っている。本名は如月 咲九。
過去には、音神と死神様が冷戦状態になっていたことがあるらしいが、今は私の主である死神様とは不可侵条約を締結しているので、音神が死神様や忍びの隠れ里を荒らすことはない。
もっとも、死神様からも『音神には手を出すな。音神に手を出す者は我に手を出したことと同義と思え』と忠告している。死神様が認めざるえないほど強いらしい。
ただ、最近は音神と死神様の目的が同じなのではないかと(死神様が)勘繰っており、万が一にも同じだった場合には条約を破棄しなくてはならないらしい。
何故かドクンと、心臓が痛んだ。
花菜子との帰路で、鬼の面に関することは互いに秘密にすることにした。
ただし、死神様への報告は義務付けされているので、その際には【黒い面を持つ協力者】という名目で答えることにした。
ちなみに、花菜子は隠れ里ではなく死神様の祖父が所有していた神社に住んでいるらしく、学校近くの最寄り駅は一緒だったものの路線は異なっていた。




