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010-014 知らない私の未来の記憶

******************************

 

『何かが、おかしい。これは私が知っている物語ではない』

 

 誰かが私に話しかけて来た。

 

『未来予知でも出来るの? 君は』

『出来るよ』

 

 そう答えた誰かが私に断片を見せてくれた。

 

 黒い面の集団が千尋を囲っている一枚。

 

 劇場の舞台で黒い面と怪盗ホーリーが対峙する一枚。

 

 桜色の髪の少女が化物になっている一枚。

 

 そのどれも、見覚えがあった。

 

『そう。貴方は知っている。この力の使い方も、知っている』

 

 流れ込むいくつもの断片。

 

 未来に起こることの、切り抜かれた記憶。

 

『いや! 知りたくない!!』

 

 だから私は堅く目を閉じた。

 

******************************



 放課後の図書委員の活動中、劈く悲鳴を耳にした、気がした。

 もっとも、誰かが驚かされて1階あたりで発狂でもしたのだろう。建物の構造上、ここは階段の音や声が響いてしまう場所なのだから仕方ない。そのくらいにしか感じていなかった。


 しばらく経って、お手洗いに行くと言った紗穂里を見送った。

 一番近いお手洗いは下の階の上体育館だが、試合で利用中だと入りにくいので、大概は上の階の食堂に行くことが多い。

 だが、足音は下に向かっていた。


 紗穂里が仕事を抜け出すなんて珍しいこともあるものだ、と本を片手に手を休めてしまっていたのか、花菜子が私の顔をわざわざ覗き込んで来る。


「彼女の行方、気になっとるんやろ?」

「まぁ、気になるよね」


 多分、悲鳴の直後、慌ただしく出入りしていた委員長やどっかの部長が戻って来ないことを心配して出て行ったのだとは思う。

 もっとも、私も花菜子も、その時は今ほどセキュリティゲートの近くには居なかったので事情は知らない。


「行ってくればええで」


 花菜子は答えて失笑する。


「っちゅうか、紫は行った方がええよ」

「ん? どういうこと?」


 嫌な予感がした。

 花菜子は失笑しかしない。


「まぁ、行けば解る」




 花菜子の言葉に押し出されるように、私は紗穂里を追うように1階へと向かう。

 そして、異様な空気が流れる外を覗き込んでみた。


 そこにあったのは、里の中に居るはずの黒い面を装着した集団が、まるで紗穂里を敵対するように、ゆっくりと襲撃している光景。

 まるでゾンビのような動きと周囲に張り巡らされた結界から直感が働く。


「(これは幻術、か。黒い面を持つ学生が操られていて、それを陽炎のように複数居るように見せているだけ。だから実際の数は、数名)」


 瞬時に理解した私は術者を探す。

 幻術と結界、同時に2種類の術を扱う者はそう多くはない。だとすれば、術者は2人組のはず。

 花菜子が私を追わせたからには、きっと円と瞳に違いないと感じていた。


 程無くして、傍にある旧校舎裏の木々の合間から2つの気配を感じ取れた。


 鬼の面を装着し、気配を遮断する隠遁の術で身を隠し、適度な距離になるまで近づく。


「最初の任務が、まさか千尋が本物の水神かどうか、調べて来いって内容だとは ……」

「それだけ千秋様が警戒している、ということなのでしょう」


 会話の内容から、2人に与えられた初任務は千尋を探ることらしい。

 もっとも、千尋が水神という噂は前々から里の中でも知れ渡っていたくらい有名な話。しかも、千尋の自宅は御宮区という特殊な区域内の、更に厳重に結界が存在する宮本神社だったので、調査をするなら校内以外に適所はないと思われた。


「でも、邪魔が入りましたわね」

「本谷は空気、読まないからなぁ ……」


「あら、逆じゃないかしら?」

「逆、とは?」


「空気を読んだから千尋さんを助けに来たのでしょう? あの子、ああ見えてタイミングと場所は的確なのよ。

 まぁ、今回は千尋さんに幻術だと見破られるか、否か、の確認でしたから、見破れなかったということで良いのではなくて?」


「円がそれで良いのなら ……」

「今は紅色、ですわ。まずは私達の癖を直さなければ …… 本名は危険ですわよ?」


 円の指摘に瞳が舌打ちしていた、のだと思う。

 しかも、瞳は任務内容が不服のようで。


「ってかさ。何で正体まで解ってるのに音神を狙わない訳? どう考えたって音神の方が危険じゃん? 常に俺らのこと、様子伺ってる感じがするし」

「その苛立ちも解りますわ。でも、千秋様でも警戒する程のお相手。私達が敵うはずがありませんわ」


 仕方なさそうに答えた円が円術を使った、気がしたのでゆっくりと離れる。


「それに、校内にも "監視役" がいらっしゃるみたいですし」


 どうやら円にはバレていた様子。

 それでも動揺を隠し、隠遁を続けながらその場を後にした。




 図書館に帰ってきた私は花菜子の元へと戻る。


「危なかったね」


 本を仕分けしていた花菜子の一言に私は黙った。

 もっとも、それは紗穂里の帰還に間に合わない場合の方ではなく、あの2人に監視がバレなくて良かったね、という意味合いの方だろう。


「花菜子は知ってたの?」

「まぁ」

「…… 何で引き止めなかったの?」

「止める理由があらへんから」


 あっさり答えた花菜子が、やっと手を止めて肩を竦めた。


「殺害が目的だったら止めていただろうけど、能力の偵察、あかんなら齧る程度なら誰だって行うやろ? それを止める理由はないで?」


 その直後、図書館に紗穂里が戻って来る。

 なので話は一度、ここで終わるはずだった。



 …… にも関わらず。



 花菜子は紗穂里に『変な団体』について質問した。最初は紗穂里もスルーしていたものの、花菜子の2度目の質問に渋々答えていた。もっとも、紗穂里は黒い面のことを知らなかったらしく、素直に花菜子の話しを聞き入れていた。

 しかし、私は気が気ではなく、花菜子がするっと禁断事項まで伝えてしまうのではないかとハラハラしていた。


 なので、帰路は2人と一緒には帰らなかった。



 別の路線で渋川駅へ。

 そのまま下車して、国道沿いを少し歩いた先にある青葉劇場を目指す。


 夢の中の記憶が、私をそこに導いていた。


 怪盗ホーリーが出現するのは都内だけ。都内にある劇場は数ヶ所。

 だが、魔法石による全床スライド式で、廻り舞台もあるのはここしか思いつかなかった。


 怪盗ホーリーの予告状が届いていたのか、劇場の周囲には既に警察と取材陣でいっぱいだった。

 その後方には、デジカメを携えた野次馬の姿もある。


「(何で、私は知っているのだろう……)」


 青葉劇場は数年後には閉鎖される予定らしい。

 建設当初は最新鋭と言われていた魔法石を利用した舞台のシステムは、今では改新されて機械式に置き換えられている。


 怪盗ホーリーの狙いはその魔法石。

 きっと、昨日の最終公演を待って今日という日取りにしたのだろう。


 だが、魔法石を国に譲渡したのは風見家の当時の当主らしい。つまり、風見家の現当主である死神様の所有物。


 喧騒に紛れ、私は黒い面をポケットから取り出そうとした。

 だが、その手首を掴まれてしまう。全く気付けなかった渾身のミス。


 振り返れば、1人の好青年によってしっかりと押さえていた。


 冷汗が流れる。


「今、何を取り出そうとしましたか?」


 咄嗟に、一緒に入っていたリップクリームを掴んだ。

 だが、脈拍や筋肉の動きから掴み直したことがバレているだろう。

 しかし、逃げようにも好青年の力を振り切れる自信が無い。


 黙ったままの好青年に対して心臓がバクバクと音を立てる。

 喧騒と同じくらい煩く感じる。


 この好青年を、私は良く知っている。

 でも、そこで出会ったのか、どうして知っているのか、全く思い出せなかった。


「り ……。りっぷ、くりーむを ……」


 好青年が私の手をポケットからゆっくりと引き出させた。


 汗ばんだリップクリームが現れる。


 好青年はそれを黙って見つめていた。


 よく考えても見れば、襲撃者は超能力者の怪盗ホーリー。警官だって超能力者を準備するのが当然だろう。

 まして、この青葉劇場の入り口前、今も見えている広場には有名アーティストが制作した青葉の樹という作品が飾られている。平和を願って建造されたとどこかで聞いた記憶がある。


 暴動が起きる前に対策をするのが当然の流れと言えた。


「はぁぁぁぁ」


 好青年が安堵の表情で溜め息をついた。

 一気に私への力も抜けたので、私も一先ず安堵の息を吐く。


 掴み直したことはバレなかったらしい。


「こんなところで笑いもせず、真剣な表情で何かを取り出そうとしていましたから、てっきり武器でも取り出すのかと思ってしまいました」

「そ、そんな、まさかぁ~」

「そうですよねぇ。まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、私の考え過ぎですよねぇ?」


 笑って誤魔化した。でも、それが今の私の精一杯だった。

 だが、一緒に笑っていた好青年が目を開く。


 金色の目が私を映した時、私は笑うことが出来なくなった。


 映したモノ、全てを吸い込むような金色の瞳。それは正式な神名を与えられた者の確固たる証拠。

 そして、それに引き寄せられるかのように私まで目頭が熱くなってくる。


 ここで金色の目を出せば、同じ神であることを相手に伝えてしまうことになる。それだけは絶対に避けなくてはならなかった。


 好青年が笑うのを止めた。金色の目も、いつの間にか青い目に戻っている。


『貴方とは、またどこかで会うことになるでしょう』


 そう言った好青年が私の腹部に拳を入れた、気がする。

 痛い、よりも。


 ―― なぜ、安堵したの? 私


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