05 敵か味方か
明日、祭が開催される。
その事実だけが、時間とともに胸の奥へ静かに沈んでいった。
僕は闘士村の中心にある酒場『流浪の寄辺』で、
母と向かい合い、食事を取っていた。
酒場の中は活気に満ち、明日を待つ人々の声が飛び交っている。
母は受付で聞いた話や自身の経験をもとに、
祭の流れや注意点を淡々と語っていた。
この先を戦い抜くなら、
本来は一言も聞き逃してはいけない話なのだろう。
それでも、母の声は遠く、
僕の意識は別の場所へ引き寄せられていた。
昨日、ケインに言われた言葉。
「君は覚悟の意味を理解していない」
反論する言葉は、今も見つからない。
僕はずっと、母に守られて生きてきた。
外の世界を知らず、それでも分かった気になっていた。
「いつの日か君は人を殺すさ」
指先が、わずかに震える。
自分が誰かの命を奪う姿を想像するだけで、胸の奥が冷えた。
怖い。
だが、その恐怖を知られることも、同じくらい怖かった。
「……でも、応援している」
あの言葉の真意は分からない。肯定なのか、諦めなのか。
どちらにせよ、今の僕が受け取っていい言葉なのかも分からなかった。
ふと、肩に温もりを感じる。
「──フェイ、体調でも悪いか?」
母の手だった。
その感触に引き戻され、僕はようやく現実を見る。
「……少し、考え事を」
それ以上は言えなかった。言葉にしようとすると、
自分でも整理できていない不安が溢れそうだったからだ。
その時、酒場のマスターが、
湯気の立つコップを静かに差し出した。
「──どうぞ」
「マスター、私たちは注文していないが……」
「……私からのサービスです」
僕の様子を見て、察してくれたのだろう。
「あ、ありがとうございます」
コップを両手で包むと、
じんわりと熱が伝わってくる。
一口含めば、野菜スープの優しい味が広がった。
刺激のない、落ち着く味。
身体の内側に、ゆっくりと熱が溜まっていく。
それだけで、張り詰めていたものが少し緩んだ。
「坊や、悩み事かい?」
「……はい。色々と」
「自分が代表闘士だと知った時は、根拠のない自信があったんです」
「でも、世界を知るほど、不安ばかり増えていって……」
「世間知らずな自分が、この世界に否定されている気がして」
言葉にするたび、胸が苦しくなる。
視線は自然と下に落ちた。
静寂の中、母が口を開く。
「──気負わなくていい」
「フェイが世界を知らなかったのは……お母さんの責任だ」
「これから知っていけばいい。
少しずつ、自分で確かめていけばいいじゃないか」
胸が痛んだ。
母のせいにして楽になれるほど、僕の気持ちは単純じゃない。
その空気を受け取るように、マスターが静かに言葉を重ねる。
「坊や、人はね、誰でも心の中に“本当の自分”を隠して生きている」
「それを出せたら楽だと思う一方で、孤独になるのも怖い」
「坊やは、その狭間にいるだけさ」
「……おじさんも?」
「ああ。どれだけ生きても、人は臆病だ」
「だから、無理をしなくていい。世界を一気に受け止めなくてもいい」
その言葉は、答えではなかった。
けれど、否定でもなかった。
※※※
闘技場の一室。
外からは想像もできないほど広いその空間が、
セレモニー会場として用意されていた。
母の話では服装に指定はなく、
僕はいつもの軽装に、母から貰った外套を羽織って参加した。
会場内はすでに熱気に満ち、
種族を越えた会話があちこちで交わされている。
疎外感が胸を刺す。
それでも、平然を装って歩いた。
自分たちの席を見つける。
壁際のテーブルには、二人では食べきれないほどの料理が並んでいた。
その時、視界の端に見覚えのある影を捉えた。
ミルフィだ。
顔を布で隠し、窓に背を預けて立っている。
人の集まりから、わずかに距離を置く姿。
「ミルフィ……」
「──ん。昨日ぶりね」
素っ気ない返事。
それでも、無視されなかったことに小さく救われる。
「昨日は……ありがとう」
「別に。そんな改まって言われるほどじゃない」
一瞬、言葉に詰まる。
それでも、引き返さなかった。
「やっぱり……僕たち、戦わないといけないのかな」
ミルフィは少しだけ考え、答えた。
「私だって戦いたくないよ」
「でも、必要なら戦う」
「……殺しもする」
割り切った声だった。
正直、参考にはならなかった。
「私は一人で生きてきたから」
「そうするしかなかっただけ」
彼女の人生を、
完全に理解できたわけじゃない。
それでも──
自分の中の答えは、はっきりした。
「僕は……誰も殺したくない」
「できると思う?」
「分からない」
「でも、そうするって決めた」
ミルフィは一瞬だけ、
昨日と同じ微笑みを浮かべた。
「……変わったね、あなた」
それだけで十分だった。
僕は温かい何かが心に灯るのを感じ、用意された席へと戻った。
※※※
場の空気が、急に変わる。
視線が、会場の奥へ集まった。
「ごきげんよう、諸君」
最高神だった。
一言で、会場の音が消える。
誰もが、否応なく意識を向けさせられる。
「明日の祭に向け、十六名の闘士をここに招いた」
形式的な言葉。
だが、逆らえない力があった。
「では──」
最高神がグラスを掲げる。
僕の右手も、意思に反して動いた。
「乾杯」
世界が、それに応えた。
※※※
最高神が姿を消すと、
張り詰めていた空気は一気に緩み、
会場は再び喧騒を取り戻した。
笑い声、食器の触れ合う音、
先ほどまでの沈黙が嘘だったかのようだ。
だが、僕の胸の奥はまだざわついている。
世界に押し出されたような感覚が、残っていた。
「……すごかったね」
誰に向けた言葉でもなく、ぽつりと零れた独り言。
「毎年あんなものじゃよ」
そう返したのは、いつの間にか同じテーブルに座っていた人物だった。
藍色の甲殻を持つ、二人組。
祖父と孫のような雰囲気を纏っている。
「んねー!じっちゃん!これマジで美味いんだって!!」
「ホホホ……まったく……」
豪快に食事を楽しむ姿に、思わず視線を奪われる。
母も困惑した様子で彼らを見ていた。
「す、すいません……あなたたちは……?」
恐る恐る声をかけると、孫の方が顔を上げる。
「オレ?ポポ!よろしく!!」
それだけ言って、再び食事に戻ってしまった。
「ホホホ……虫人種の代表闘士、ポポロット=ユーレン」
「ワシは祖父のパパパットじゃ」
代表闘士。
その言葉に、背筋が伸びる。
ここにいるのは、母以外すべて敵になる可能性のある存在だ。
そう思い出した瞬間、場の温かさに少し戸惑う。
「え~折角だしさ、フェイと仲良くなりたいな~」
「他種族の友達とか、初めてだし!」
屈託のない笑顔。
警戒という言葉を知らないような態度。
戸惑いながらも、僕は小さく頷いた。
「……よろしく」
「マジ!?やった!!」
握られた手は、驚くほど力強かった。
会話は自然と、互いの暮らしの話になった。
僕が暗黒大陸で狩りをして暮らしていたこと。
母から狩りを教わり、五年前からは一人でも獲物を追っていたこと。
「へぇ~!すげぇな!!」
だが、その言葉に周囲の空気が微妙に変わった。
「……暗黒大陸?」
いつの間にか、一人の大男が近くに立っていた。
二本角を持ち、圧倒的な存在感を放つ。
「我輩は魔人種代表闘士、デュオニス=イルド=ラジール」
「貴様に一つ、聞きたい」
集まる視線。
会場の注目が、僕に集中していく。
喉が渇く。
「君たち親子が狩っていたのは……魔獣で間違いないか?」
逃げ場はなかった。
「はい」
僕は、母から受け取った外套を示した。
「これは、その獲物で作られたものです」
デュオニスの表情が、ゆっくりと曇る。
「……やはり」
「魔狩の獣人か」
ざわめきが走る。
悲鳴、後ずさる音、割れる食器。
意味は分からない。
だが、その言葉が“良くないもの”だということだけは、
嫌というほど伝わってきた。
「お母さん……?」
母は首を横に振った。
「……すまない。私にも分からない」
代わりに答えたのは、
異常に気が付き駆け寄ってきたミルフィだった。
「古い伝承よ」
「世界の果てで魔を狩り続け、災厄を呼ぶ存在……ってね」
誤解だ。
言いがかりだ。
そう言いたかった。
だが、言葉が出なかった。
その沈黙を破ったのは、
ポポの声だった。
「よく分かんねぇけどさ!」
「めちゃくちゃかっこよくね!?」
場違いなほど明るい声。
一瞬、空気が止まる。
「なぁなぁ!オレもなんかそういうの欲しい!!」
思わず、息が漏れた。
「……古い話じゃしな」
「ワシは、君が孫の友人であることの方が大事じゃ」
ミルフィも、肩をすくめる。
「噂だけで怯える人ばかりじゃないってこと」
母は、何も言わず、
ただ静かに微笑んでいた。
不安が消えたわけじゃない。
けれど、拒絶されなかった。
恐れられもしたが、受け入れられもした。
世界は、そこに生きる人達は、決して敵なんかじゃない。
夜が更け、やがて空が白み始める。
それでも今は、この温かさを確かに覚えていた。
祭が──始まる。
作者コメント
作品完結目指してほどほどに頑張ります!
キャラが増えて書くのが難しいなと本格的に感じ始めています……
それでもまだまだ書きながら楽しみを噛みしめております(^^)
キャラ紹介③
フェイを迎えにきた最高神の使者
名前 :ケイン (※本名ではない)
通り名:不明
出身 :不明
年齢 :不明
一人称:俺 子供相手にはおじさん
種族 :神人種
性格 :雲のように掴みどころがないが、真面目で優しく面倒見が良い
外見 :黒髪オールバック、瞳は明るめの茶色、純白の礼装を纏う
良い体つきをしており、身長も180㎝を超えている。基本的に笑顔
好き :退屈 勉強 白身魚の塩焼き
嫌い :面倒 同僚 魔獣肉
悩み :同僚から疎まれている事 寝つきが悪い事
特技 :釣り、子供の面倒を見る事
趣味 :剣の手入れ
実績 :不明
武器 :素手。剣を得意としているが、重要任務以外では使用しないと決めている
能力 :剣術、槍術、弓術と様々な武芸に精通している反面
魔術方面の才能はからっきし
権能 :転移、神人種となった時に最高神から授かったもの




