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02 託されたもの

母が、百年前の闘士に選ばれていた。

これまでの母の行動や、ケインの態度を思い返せば、

それが事実なのだと理解せざるを得ない。


これまでの話は、あまりにも突飛で、どこか作り話のように感じていた。

だが、この瞬間を境に、僕の中でそれらが現実として形を持ち始める。


――僕は、この運命から逃げられない。


ようやく、そう理解した。


母は、その場に崩れ落ちるように泣いた。

ここまで、必死に堪えてきたのだろう。


自身の過去のこと。

そして、僕のこと。

悩まない日など、なかったに違いない。


僕は母のそばに膝をつき、そっと腕を回して抱きしめた。


この状況を、どうにか変えたい。

そう思った時、頼れる存在は一人しかいなかった。


「ケイン……」


「なにかな」


「どうすれば……お母さんを、安心させられる?」


取り繕う余裕はなかった。

まとまらない思考の中で、ただ一番大切なことだけを口にした。


その瞬間、ケインの雰囲気が変わった。


最初に会った時の飄々とした軽さでもない。

僕をなだめた時の優しさでもない。


冷たく、硬い表情。

現実を突きつける、大人の男の顔だった。


「無理だな。今の君には」


言葉は短く、突き放すようだった。

全身に緊張が走り、喉がひりつく。


声が出ない。

悔しさで、視界が滲んだ。


「……僕に、できることなら……」


言葉は途中で途切れる。

それでも、諦めきれなかった。


「なんでもやります。お願いします……方法があるなら、教えてください」


とうとう、涙が溢れた。


少しの沈黙の後、ケインは問いかける。


「その願いのために、命を懸けられるか?」


答えは、最初から決まっていた。

この命は、母の優しさでここまで繋がれてきたのだから。


僕は唇を強く噛みしめ、ケインを見つめる。

そして、静かに頷いた。


――ため息ひとつ。


その音が、場の空気をわずかに緩めた。

ケインの表情に、いつもの余裕が戻る。


「祭の優勝報酬はな。なんでも一つ、願いを叶える権利だ」


心に、光が差し込んだ。


「過去には偏見をなくすために使った者もいるし、

 私のように神の使いになった者もいる。

 君たち二人の尊厳を守るくらい、難しくはない」


理解した。僕が進むべき道を。


「覚悟は決まりました。僕を、祭へ連れて行ってください」


その言葉に、ケインは満足そうに微笑い、僕の頭を撫でた。


※※※


「明日、君を迎えにくる」


ケインはそれだけを告げ、音もなく姿を消した。


それから僕と母は、住処である洞穴で最後の夜を過ごした。

魔獣の肉を食べ、身支度を整え、いつもと同じように寝床へ入る。

二人並んで横になったが、その夜、会話はなかった。


とてもじゃないが、僕から声をかけられる雰囲気ではなかった。

ケインが去ってから、母の顔を直視できずにいる。

母もまた、僕に隠し事をしていたのだろうか。


「……ごめんね」


弱々しく、母が呟いた。

その一言に、どれほどの想いが込められているのか。

無力感、罪悪感、後悔――僕には推し量れなかった。


身体を母の方へ向けると、そこにあったのは震える背中だった。

いつも頼りがいのある大きな背中は、今は小さく見えた。


何をすれば正しいのか、どんな言葉をかければいいのか。

考えるより先に、僕は母の背を抱きしめていた。


目を閉じ、顔をうずめて呟く。


「大丈夫。僕は大丈夫だから」


根拠なんてない言葉だ。

それでも不思議と、不安はなかった。

覚悟ができていたのかもしれない。


僕は今日まで、母の泣く姿を見たことがなかった。

強く、頼りがいのある大人だと、勝手に思い込んでいた。


けれど、僕の知らないところで、

過去に悩み、現実に打ちのめされ、

来るべき今日に怯え続けていたのだろう。


僕は、ただ甘えていただけだった。


母は身体をこちらへ向け、僕を抱きしめ返す。

物心ついてからは初めてかもしれないその温もりに、

懐かしさを覚えた。


「フェイ……隠し事をしてごめんね。

 一人で抱え込んで、相談できなくて……」


胸が締め付けられる。


「大丈夫。本当に、大丈夫だから」


震える声でそう返し、僕は母の胸に顔を埋めた。

泣き顔を見せたくなかった。


母はぽつぽつと、自分のことを話し始めた。

百二十五歳であること。

前回の祭りで二位だったこと。

その後、自分が原因で争いが起き、家族を失ったこと。


僕のことについても話してくれたが、

ところどころ曖昧だった。

十年前、神の使いが現れ、

僕が代表になると告げられたこと――。


「色々あった」その先や、父のことは聞かなかった。

そこには、母なりの優しさがあるのだと信じたかった。


祭りについても話してくれた気がするが、覚えていない。

母の温もりに包まれたまま、

僕は眠気に身を委ねた。


※※※


翌日――

いつも通りの朝。

……そう感じられたのも、ほんの一瞬だった。


「あーどうもどうも、お邪魔してるよ」


目を覚ますと、すでにケインが来ていて、思わず面食らう。


「フェイ君? そんな顔されたらおじさん傷ついちゃうぜ?」


長年の友人のような軽い口調。

その様子を見て、母は僕に顔を洗ってくるよう促した。


来客の相手は任せて大丈夫らしい。

とはいえ、気になってしまい、僕は物陰から聞き耳を立てる。


「……本題に入ろうか」

「……ええ」


空気が張り詰める。


「ナタリア殿、あなたも同行するんだな?」

「……もう獣人種に頼れる人はいない。私が守らないと」


「……それもそうだな。

 だが、あそこはあなたの悲劇の始まりだ。覚悟はできているか?」


「私はフェイの母親だもの。当然よ」


戦う覚悟はできていたはずだ。

それでも僕は、外の世界へ向かう不安を抱えていた。


母も因縁の地へ向かうはずなのに、

一緒に来てくれるという事実が、ただ嬉しかった。


湧き水で顔を洗い、三人で食卓を囲む。


「うわ……こんなご飯を……」


魔獣の肉を見て、ケインは青ざめた。

それでも気遣いからか、一口だけ口に運び、顔を歪める。


「うっ……」


耐えきれなかったらしく、

ケインは今にも吐きそうな顔で姿を消した。


「……大丈夫かな?」

「ん……放っておいて大丈夫でしょ」


ようやく、いつも通りの朝。


だが、食事を終えてもケインは戻らない。

落ち着かず、僕は住処をうろついていた。


「フェイ、こっちへ」


母は両肩に手を置き、深く息を吸う。

つられるように、僕の呼吸も整っていく。


母は微笑み、身に着けていた外套(マント)を僕に着せた。


「フェイが持っていなさい」


物心ついた頃から、いつも母が着ていた外套(マント)だ。


「でも……いいの?」

「元々、一人前になったら渡すつもりだったの」


少し間を置いて、母は続ける。


「これから先、守ってあげられない時もあると思う。

 辛い時や、寂しい時は……これを見て思い出して」


「お母さんは、どんな時だって、あなたの味方だから」


「……うん。ありがとう」


※※※


しばらくして、ケインが戻ってきた。


「……すまない」


ひどく申し訳なさそうだ。


「無理して食べなくてもよかったのに」

「興味本位でつまんだ、おれの責任だ……」


「では、移動する。じっとしてくれ」


不安を押し殺し、僕は母の手を強く握った。


「長距離かつ三人での転移だ。動くなよ」


ケインは目を閉じ、僕と母の背に手を置く。


まだ見ぬ外の世界。

こんな形で向かうとは思わなかったが、

それでも胸の奥に、わずかな憧れがあった。


「よし、行くぞ」


世界が反転する。


光。

浮遊感。

足元から、大地の感触が消えた。


次の瞬間、

雲一つない空と、見たことのない森が広がっていた。


――だが。


母の手の温もりが、ない。

ケインの気配も、ない。


胸が冷えた。


「……お母さん?」


返事はなかった。


肩には、魔獣の毛皮の外套(マント)だけが重く残っている。


─『第十回神位血種祭』開催まで、あと二夜─

作者コメント

作品完結目指してほどほどに頑張ります!

毎日更新はまだ難しそうですが、

毎日何かしらの作業をする所からやっていきます~ (^^)

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