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不協和音

俺の名前は佐藤海斗さとう かいと。自分では、物事をよく見ている方だと思っている。そんな俺の平凡な高校生活に、最近、二つの無視できない「不協和音」が現れた。


一つ目の不協和音は、すぐ隣の席に座っている。


俺の同級生、望月静もちづき しずか


彼女は背が高い。クラスのほとんどの男子よりも、たぶん高いだろう。体格は、あまり丁寧な言い方ではないかもしれないが、「大柄」だ。だが、彼女自身はそんなことを全く気にしていないように見える。その少し大きめの制服の下には、不思議なほどの落ち着きが満ちていた。まるで彼女の身体は重荷などではなく、外界のあらゆる騒動から自分を隔絶するための、移動する要塞であるかのように。


授業中、彼女はいつもクラスで最も物静かだ。窓から差し込む陽光が、彼女の丁寧なノートの上にまだらな光の点を落とし、空気中の埃がその光の筋の中で舞っている。そんな中、彼女はまるで悠久の時を生きる彫刻のように座っている。休み時間になれば、周りの生徒たちは三々五々集まってはしゃいでいるが、彼女の席だけがぽつんと浮いた孤島になる。彼女は鞄から弁当を取り出し、どこか儀式めいた正確さで、急ぐでもなく、遅れるでもなく食べ終え、そしてまた本を読み始めるのだ。


彼女から誰かに話しかけることはなく、また、善意であれ悪意であれ、彼女に近づこうとする試みに応えることも一切ない。まるで彼女だけの、世界から隔離された時間帯を生きているようだった。


そして二つ目の不協和音は、ごく最近になって現れた。それは、誰もが無視できないほど甲高い音だった。


橘光たちばな ひかる


もし望月静が学園という宇宙の静かなブラックホールなのだとすれば、橘光は輝く恒星だ。彼は俺たちの学校における、議論の余地なき王子様。整った顔立ちに明るい性格、その周りには常に友人や彼を慕う女子生徒たちが集まっている。彼の存在そのものが、この退屈な学園という宇宙で最も明るい光なのだ。


そしてその恒星が、最近、あの孤島の放つ引力に捕らえられたらしい。


最初は視線だけだった。橘が、頻繁に、そして隠す素振りも見せずに、教室のこの隅を眺めていることに俺は気づいた。その視線の先は、いつも静かに本を読んでいる望月静だ。やがてそれは行動に移った。彼は「偶然」を装って俺たちの席のそばを通りかかり、「よお、望月さん。今日も集中してるな」なんて声をかける。だが、彼の言葉に応えるのは、いつだって沈黙だけだった。


この奇妙な組み合わせは、当然クラスの噂話の新たな種になった。王子と、物言わぬ巨人?誰も理解できなかった。だが、何かが起ころうとしている、その予感だけは誰もが感じていた。


そして今日の午後、最後の授業で、その予感は現実のものとなった。


窓の外の空が夕陽に染まり、暖かいオレンジ色に輝いている。先生が教壇で古典文学を眠気を誘う声で解説している。俺はペンを回しながら、退屈しのぎに望月静の横顔を眺めていた。その表情はいつもの通り、何の波紋も浮かんでいなかった。


突如、階下から騒ぎが聞こえてきた。その声は徐々に大きくなり、やがて無視できないほどのうねりとなった。クラスの静寂は破られ、窓際に座っていた数人が、まず声を押し殺して驚きの声を上げた。すぐに、クラス中の注意がそちらへ引き寄せられ、皆が窓際へと殺到した。


教壇の先生までもが授業を中断し、眉をひそめて窓の外を見ている。


俺も立ち上がり、好奇心に駆られて外を覗き込んだ。


次の瞬間、俺は言葉を失った。


校舎下の広場、その中央に橘光が立っていた。そして彼の足元には、何百本、いや、もしかしたら千本以上の真っ赤な薔薇で作られた、馬鹿でかいハートマークが描かれていた。


彼はまるで少女漫画の最終回に登場するヒーローみたいに、夕陽と全校生徒の視線を一身に浴び、その顔にはトレードマークである完璧な笑顔を浮かべていた。周りには既に人だかりができており、驚嘆の声やスマートフォンのシャッター音が飛び交っている。


やがて彼は顔を上げ、俺たちのクラスの窓へと正確に視線を合わせた。


彼は深く息を吸い込むと、ありったけの声で、その言葉が校舎の窓ガラスを突き破って、全ての人の耳に届くように叫んだ。


「望月静!俺と付き合ってくれ!」


時が止まったかのようだった。


世界中の、全ての音が、ただ一つの返事を待っている。俺は無意識に、勢いよく振り返り、この事件のもう一人の主役である、俺の同級生に視線を向けた。


クラス全員の視線が集中する中、窓の外から響き渡る、あまりにもドラマチックで、耳をつんざくような告白の言葉を浴びながら、望月静は——


ただ静かに、目の前の本のページを、一枚めくっただけだった。


その動作は相変わらず、急ぐでもなく、遅れるでもない。まるで窓の外で繰り広げられている、学園史に刻まれるであろう一幕が、ただのそよ風に過ぎない、とでも言うように。


俺は口をあんぐりと開けたまま、何も言えなかった。周りの生徒たちも一瞬奇妙な静寂に包まれた後、今度は理解不能といった様子の、より大きなざわめきに変わった。


俺は、その何の波紋も立たない彼女の横顔を見つめながら、ただ一つのことだけを考えていた。


これは、とんでもないことになったぞ。


あの孤島は、橘光によって最も乱暴なやり方で、嵐のど真ん中に突き出されてしまったのだ。


やがて、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。その音を合図にしたかのように、教室内の空気は一変した。さっきまでのざわめきが、今度は粘り気のあるひそひそ話に変わる。誰もが望月静を盗み見し、指をさし、何かを囁いている。嫉妬、好奇心、そして少しの侮蔑。そんな感情が渦巻いているのが、手に取るようにわかった。


当の本人は、そんな視線など全く意に介さず、いつもと同じ、 methodical な速度で教科書やノートを鞄に詰めている。その姿は、周りの喧騒を考えると、もはや異常ですらあった。


俺も自分の鞄を掴んで席を立つ。教室を出る望月の後ろ姿は、やはり一人だった。だが、今日はいつもと違う。クラスの女子生徒——橘の熱心なファンである三人組が、示し合わせたように顔を見合わせ、少し距離を置いて彼女の後を追い始めたのが見えた。その目には、明らかに悪意が宿っている。


俺はため息をついた。見て見ぬふりをするのは簡単だ。だが、どうにも後味が悪い。


「まあ、俺くらいイケメンで心も優しいと、こういう役回りは仕方ないよな」


誰に言うでもなくそう呟き、俺は少し間を空けて、彼女たちの後を追うことにした。


学校を出て、駅へと向かういつもの通学路。望月は大きな通りを避け、人通りの少ない裏道へと入っていった。近道なのかもしれないが、これはまずいパターンだ。案の定、三人組はそこを好機と見たのか、早足に彼女へと近づいていく。


俺は電柱の影に隠れて、様子を窺った。


「ちょっと、あんたさあ、調子に乗ってんじゃないの?」


リーダー格の女子が、腕を組んで望月の前に立ちはだかる。


「光様の告白を無視するとか、どういうつもりよ」

「あんたみたいなのが光様の隣にいるなんて、マジでありえないんだけど」


典型的な、くだらない因縁だ。俺は介入するタイミングを計っていた。望月が少しでも怯んだり、助けを求めるような素振りを見せたりすれば、すぐにでも飛び出すつもりだった。


だが、望月は違った。


彼女はただ黙って、三人組を虚無の目で見つめ返している。何の感情も読み取れない、ガラス玉のような瞳で。そのあまりの無反応さに、逆に女子たちの方が苛立ちを募らせているようだった。


リーダー格が何か叫びながら、望月に手を伸ばそうとした——その瞬間だった。


キーッ!という鋭いブレーキ音と共に、一台の黒いワゴン車が、どこからともなく現れて俺たちのいる路地に滑り込んできた。それは乱暴な、しかし正確な運転で、望月と女子たちの間に割り込むようにして止まった。


スライドドアが勢いよく開く。


中から現れたのは、黒い作業着に身を包み、帽子とマスクで顔を隠した二人の男だった。高校生の喧嘩とは明らかに次元が違う、無駄のない動き。女子たちが呆気に取られている間に、一人がリーダー格の腕を軽く払いのけ、もう一人が望月の腕を掴んだ。


「な、なによあんたたち!」


女子の一人が叫ぶが、男たちは一切の無駄口を叩かない。彼らは抵抗する間も与えず、望月の巨体をいとも簡単に車の中へと押し込んだ。望月が何かを言いかける前に、スライドドアは無慈悲に閉められた。


それは、ほんの十数秒の出来事だった。


女子三人組は、目の前で起きたことに声も出せずに立ち尽くしている。俺も同じだった。これは高校生のイジメの延長線上にある出来事じゃない。これは——「誘拐」だ。


エンジンが唸りを上げ、ワゴン車は来た時と同じように、猛スピードで路地を走り去っていった。


あっという間に、路地には静寂が戻ってきた。残されたのは、恐怖で顔を引きつらせた女子三人組と、電柱の影で全身が凍りついた俺だけだ。女子たちはやがて我に返り、悲鳴を上げてその場から逃げ去っていった。


俺は、一人、その場に立ち尽くしていた。


頭が真っ白だった。何が起きた?あの男たちは誰だ?なぜ望月を?橘の告白と関係があるのか?


そして、何より——。


望月静って、一体何なんだ?

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