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推しが現世に転生したのでぼくが全力で幸せにします  作者: おぐらあん


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 柴三郎さんが虹の橋のふもとに旅立ってしまってから半年経っていた。

 今度の週末には、とーさんとかーさんと三人で保護犬譲渡会に参加することになっている。柴三郎さんが旅立ってから四か月近く経ったある日、とーさんが「こういうのがあるんだけど、どうかな?」と言って見せてくれたのは、犬や猫の保護活動をしている団体のウェブサイトだった。定期的に譲渡会を開催しているらしく、何気なくそのウェブサイトを見ていたとーさんは、ある犬に心を惹かれたらしかった。

 写真で見るその子は、柴三郎さんの若い頃とよく似ていた。

 その子はどうやら、何組かの家族がトライアルをしたけれどうまくいかず、団体に戻されることが続いているらしい。

「こんなにかわいいのにねえ。性格に難あり、とか?」

「さあねえ。もしかして俺たちの迎えを待ってるのかも? なんて」

 とーさんの言葉にかーさんは呆れたような表情をして。

「……で? 次の譲渡会っていつなの?」

「来月の末だから、一か月半後、だね」

「ふーん」

 かーさんは気のない返事をした──のかと思ったら、ぼくに言ってきた。

「ってことだから、予定空けといて」

「ぼくも行くの?」

「ったり前でしょー。新しい家族になるかもしれないんだから」

 かーさんが朗らかに笑う。ぼくはスマートフォンのスケジュールに『譲渡会』を追加した。

 リビングの片隅に置かれたお仏壇、ねーさんの写真の隣に飾られた柴三郎さんの写真を見ながら、心の中で「新しい家族だってさ」と話しかける。柴三郎さんのことを考えると、自然とセティカのことが頭を過る。

 ──セティカがいなくなって、この世界から「実在していたセティカ」の痕跡はきれいさっぱり無くなった。とーさんもかーさんもセティカのことはまったく覚えていなかった。柴三郎さんだけがときどき、誰かを探すような素振りを見せていて、もしかしたら柴三郎さんだけはセティカを覚えているのかもしれない、と思った。だからぼくは休みの日の朝ん歩でたまに、柴三郎さんにセティカの話をした。柴三郎さんが口を利けたらきっと思い出話ができたのに、残念だった。

 セティカがこの世界に転移してきたことで消えたゲーム『暁の契約者』も消えたまま。なのに、ぼくが描いたセティカの絵と、それから里村が作ったフィギュアは残っていて、里村は「国原に断られなくて助かったよほんと。このイラストの女の子、めっちゃ好みなんだよねー」って言っていた。どうやらセティカはぼくの「オリキャラ」扱いになっているらしい。

 セティカがいなくなったあと──二学期に入って最初の部活の日、里村はぼくに紙袋を差し出した。

「何? これ?」

「何って。クッキーじゃん」

 それは解ってる。里村はあのとき、セティカへのお礼にこのクッキーを買うって言ってたし。でもそのお礼をするべきセティカはいないし、だから里村がクッキーを持ってきた理由が解らない。

「お礼。イラスト使用料ってやつよ」

 ……なるほど。そういうことになったのか。

「花火楽しかったよね。来年もやろうね?」

 花火をしたこと自体は「なかったこと」にはならなかった。当たり前か。一緒にいたはずのセティカの存在は消えちゃったけど、行動自体はなかったことにはならなかった。だから里村とは、一緒に図書館に行って一緒にケーキを食べたことになっている。受験に備えて一緒に勉強した、ってことに。

 神社の秋祭りで宮司さんに会った時、宮司さんはぼくを見て「受験勉強はどうですか?」って声をかけてくれた。宮司さんを訪ねたこともまた、そのまま事実として残っている。ぼくは宮司さんにカメのことを話してみた。宮司さんはちょっと考えてから、答えた。

「池の主かもしれませんね。僕は見たことはないけれど」

 そう答えた宮司さんはどこか楽しそうにも見えた。

 ぼくと里村は無事に受験に合格し、同じ高校に通っている。やりたいことはさまざまだけど、似たような子が集まったクラスは居心地がよく、里村にもぼくにも友だちが増えた。去年の夏も今年の夏もクラスで仲のいいメンバーで集まって花火をした。場所はもちろん、里村の家の近くのあの公園だ。

 高校二年の二学期が始まって、そろそろ本格的に進路を決めないといけない。里村は美大を目指すらしい。ぼくはぼく自身に美大に行けるほどの絵の才能がないことにはとっくに気づいていて、専門学校に進むか、大学に進学するかで迷っている。セティカなら「しょーしろぉは絵師になるのであろう? 何故その美大とやらを目指さぬのだ?」なんて言うに違いない。人生そうそう思い通りにならないよ。

 こころにもやもやを抱えているとしても日々は過ぎる。とーさんとかーさんと約束した譲渡会の日はすぐにやってきて、はたしてぼくたち家族はその子──とーさんが一目惚れしたらしい子と対面した。とーさんもかーさんもぼくも、一目でその子を気に入ってしまった。くりんとまあるい黒い瞳でぼくたち家族を見上げる姿に、とーさんの言葉は案外真実を言い当てていたのもかも、なんて。保護団体のひともぼくたち家族が柴三郎さんを飼っていたという話を聞いて、すぐにでもトライアルしてみますか、と提案してくれた。これといって目立ったトラブルもなくトライアルも終えて、その子は新しい家族になった。ふとした表情まで柴三郎さんと瓜二つのその子には、最初は「柴五郎」と名付けるつもりだったけど、さすがに女の子に「柴五郎」はないだろう、ということで、桜花、と名付けた。春生まれらしいと聞いたので。

 一日二回のお散歩ルールとお散歩コースは、柴三郎さんがいたときと同じ。ぼくは桜花さんを連れて土曜の朝ん歩に出た。

 秋晴れの、空気が清々しい朝だった。

 いつものコースをゆっくり歩く。神社の境内に続く階段を上り、鳥居へは向かわず西の方へ回り込む。柵の向こうの街並みに目をやっていると、リードを握る左手をくっと引っ張られた。引っ張られた先にあるのは、あの池。しきりに池へと向かいたがる桜花さんの後ろ姿があの日の柴三郎さんと重なる。どきん、とした。

 さすがにあのときみたいにリードを振り払われるようなヘマはしない。ぼくはリードを握る手にぐぐっと力を込めて、桜花さんが目指す先へ足を向ける。自然と駆け足になったのは──予感があったから。鼓動が早いのは駆け足をしているからだけじゃなくて。池の畔にはあっという間に辿り着いた。立ち止まり弾んだ息を整えていると、ざざざ、っと梢が音を立てた。

 そんな。まさか? いや、でも。期待を込めて池の中央を見つめていると、不意に足元でちゃぷん、と小さな水音が聞こえた。──カメ。桜花さんはカメに鼻先を寄せてふんふんしている。しばらくそこに佇んでいたけれど、どうやら予感は勘違いだったみたいだ。そうだよね。だって極端な言い方をするならセティカは、死ぬためにあの世界に戻った。だから、そんなわけ、ないのに。もう一度、ざざざっと音を立てて梢が揺れて、池を覆う陰も揺れた。鼻先で空気がぱちん、と弾けた。見えないシャボン玉が弾けたみたいに。そして。

『──────誰ぞおるか?』

 この声を聞き間違えるはずがない。驚きのあまり喉の奥がひきつったみたいになって声が出ない。その代わり、といった具合に、桜花さんが、きゃんきゃん、と小さく吠える。それに応えたのは軽やかな笑い声。それから。

『おーかさん、と言うのか』

 少しの、間。そして。

「しばさぶろーさんかと思った。よく似ておる」

 いつの間にやら、ぼくの目の前には黒い服に身を包んだひとが現れていて、しゃがみこむと桜花さんに両手を伸ばした。そのひとは慣れた手付きで桜花さんの首筋をわしわしする。桜花さんは気持ちよさげに目を細める。

その様子はまるで、夢の世界の出来事のようで──世界の輪郭が滲み出したから、ぼくは慌てて顔を逸らした。

「……しょーしろぉ?」

 セティカがいかにも心配そうな声でぼくを呼ぶ。驚きやら戸惑いやら照れ臭さやら、とにかくいろんな感情がごっちゃになってしまってまともにセティカの顔を見られずにいるぼくに、セティカが続けた。

「絵師にはなれたか?」

 思いがけない問いに首を振って応じる。どうしてそんなこと。今話すべきはそんなことじゃないだろ。そう思ったのにぼくは律儀に「なってない」と答えていた。顔を逸らしたまま。

「女王陛下の命である。しょーしろぉを我が国へ招くようにと」

 意味が解らない。どういう??? 戸惑いながらセティカを見る。ぼくと目が合うととたんにセティカの真面目な表情が崩れた。

「儂が持ち帰ったあの絵を、女王陛下はいたくお気に召したご様子でな。しょーしろぉに肖像画を描いてほしいと。どうだ、儂の国へ来てはくれまいか?」

 セティカの口ぶりは、ちょっとコンビニまで買い物に行こうと誘うよりも気軽な調子で、だからぼくは。

「──どういうこと? ちゃんと解るように事情を説明してよ?」

 ようやくその言葉を発することができた。セティカは笑ったままで。

「あのとき──しょーしろぉを『覗いた』から、儂には全部解ってしまったのだ。いつどこで何が起こり、いかにして儂が命を落とすのか。知ってしまったら──避けたくなった。それが道理だろう?」

 確かにそれはそう。

「儂は兄様とよくよく打ち合わせ、全てが丸く収まるように画策した。お師匠にもお力添えを請うた。儂は命を危機を免れ、それからは兄様と共に、兄様を陥れようと謀る者共を一掃した。そしてついに兄様は女婿に選ばれたのだ。兄様と陛下の婚礼の儀の、なんと素晴らしかったことか」

 セティカはうっとりと目を細めた。自分の愛するひとが、自分ではない他のひとと愛を誓う光景なんて見たくなかっただろうに、セティカの表情からはそんな感情はちっとも読み取れなかった。

「それから儂は、女王陛下から魔術の才と能力を認められ、王宮付きの魔術師として認めれれてな。暗黒魔術師としては異例のことだが、それにより暗黒魔術以外の魔術師とも親交を深めるようになったのだ。あらゆる魔術の理論を用い、お師匠と儂は完全なる『転移術』の完成を目指した。女王陛下の命により」

 勅命というやつか。なんのために?

「しょーしろぉを迎えに来るためだ」

 は??? どうしてぼく?

「さっきも言ったろう? しょーしろぉに肖像画を描いてほしいのだと。あのときしょーしろぉは言ってくれただろう、儂と一緒にあちらの世界へ──と。あのとき儂が断ったのは、しょーしぉが安全にあちらの世界へ行けるのかの確証がなかったからだ。『転移術』が完成した今はもう、その心配もないからな。どうだ、儂と一緒に儂の国へ来てくれないか?」

 セティカの言葉には一片の嘘もないのだろう。その晴れ晴れとした表情を見ていれば解る。

 その中にちょっとだけでも、ぼくにまた会えて嬉しいという気持ちがあれば、いいのに。

「準備が必要なら待つ。とーさんとかーさんに挨拶が必要だと言うなら──、そうだな、また『設定』を練るのもいい」

 セティカの顔はまるで悪戯を企む子どもみたいで──ああ、いるかいないか解らないけど──神様。

 今度こそぼくがセティカを幸せにするんだって思っても、いいということでしょうか?

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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