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甘い。めちゃくちゃ甘い。シロップをかける前に一口食べてみてよかった。しかもちょっと生焼けっぽいところがある。食べられない訳じゃないし不味い訳でもないけど、じゃあおいしいか、と聞かれると返答に窮する味と食感ではある。でもきっと、これが好きってひともいるんじゃないかという感じはした。
「──かーさんは、料理がうまいな」
「そうだね」
「とーさんも」
「うん」
頷いてからまた一口。うん……、………………だめだ。作ってくれたセティカには悪いけど、飲み物で流し込むことにする。フレンチトーストを口に入れてミルクコーヒーで流し込んでいると、さらにセティカが呟いた。
「それに、しょーしろぉも」
ぼくも? びっくりしてセティカを見ると、セティカは自分で作ったフレンチトーストをよく味わっていた。甘いものが好きなセティカなら、これくらい甘くてもへっちゃらなのかもしれない。だっていつも甘いものを食べるときと同じ、幸せそうな顔してるし。
「たまに昼食を用意してくれただろう? どれも上手かった」
確かにそうだけど、どれもこれもとーさんに教えてもらった、乗せて焼くだけ、混ぜて挟むだけ、みたいなのばっかりだし。それで上手と言われるのは本物の料理上手に悪いように思う。
「うーん? かーさんに教わった通り、きちんと計っていれたはずなんだが、なにゆえにこのように甘くなったのか。ヒーターの目盛りも間違えていないのに、変に焦げてるところと焼けていないところがある。どうしてだろうな?」
意外にもセティカはこんなところでも持ち前の探求心を発揮している。次の機会なんてもう二度と訪れないんだから、失敗した原因を考える必要なんてないのに。セティカは次の一口を味わいながらもまだ考えて続けている。変なところで真面目だ。それはぼくがよく知るセティカそのものだった。ぼくは自分の考えを改める。次の機会がどうこうじゃなくて、大事なのは今だ。今回の失敗の原因は明らかだ。
「勘違いしてない、砂糖の分量?」
セティカがぼくの指摘にむっとした。たしか前にかーさんが作ったときは、四人分で作ってた。パンの枚数は間違えようがないし、卵と牛乳の量も問題ないと思う。ちゃんと計ったのにこれだけ甘くなったんなら、砂糖の分量だけ勘違いしたとしか考えられない。
「あのような簡単な計算を間違えたはずがない」
セティカが反論してくる。確かにセティカが計算を間違えたとは考えにくいけど、だとしたら、最初に教わった分量を勘違いしてるとか?
「かーさんにメモとかもらったの?」
「いや。お砂糖はスプーンに山盛り四杯と。あのときはパンが八枚だった。パン二枚に対してスプーン山盛り一杯だろう? 今日はパンが四枚だからスプーン山盛り二杯。計算ともいえないだろうこんなもの」
セティカは自信満々だ。ぼくは立ち上がってシンクを覗き込んだ。セティカが砂糖を計ったと思われるスプーンが置いたままだった。食べ終わったら使った食器とまとめて洗うつもりだったんだろう。でもそれはかーさんがよく使ってる計量スプーンじゃなくて、カレーとかを食べるときに使う大きいスプーンだった。このスプーンで山盛り二杯。あの甘さにも納得がいった。
「スプーンの大きさが違ったみたい」
ぼくが告げるとセティカは目を丸くした。
「なんと。それは気がつかなかった」
誰にでも勘違いはある。セティカだってかーさんに「この計量スプーンで」って言われていたら間違えなかっただろうし。そういう意味では教えたかーさんにも責任はある。
「それと、ヒーターの目盛り。四人分と二人分だと焼くパンの量が違うから、同じ目盛りだと熱くなりすぎるのかも?」
「──なるほど。料理も奥が深い」
セティカは感心したように頷きつつミルクコーヒーを口に含んだ。
ミルクコーヒーで流し込んだぼくはとっくに食べ終わり、自分が使った食器を洗って、ついでにセティカが使ったスプーンやらボウルやらも片付けた。セティカを見ると最後の一口をじっくりと味わっていた。幸せそうな表情で。やっと最後の一口を飲み込んで、ミルクコーヒーも飲み終えたセティカが立ち上がって食器を下げる。ぼくがそれを洗い始めた隣で、セティカはさっきぼくが洗った食器を布巾で拭く。全部をすっかり片付け終えるとセティカは「作業に戻る」と言い置いてキッチンを出た。ぼくも宿題を進めなくちゃ。そう思うのにちっともやる気は出ず、そういえばセティカに絵が欲しいと言われていたんだっけ、と思い出した。
完成した絵はスケッチブックに挟んであった。取り出して眺める。我ながらなかなか満足のいく出来で、だからちょっと惜しいようにも思ったけど、結局セティカのために何もできていないんだから、セティカの望みを叶えてあげるべきだろう。絵を手にセティカの部屋に向かう。軽くノックをするとすぐに返事がした。
「開けるね」
そう断ってドアを開けて部屋を覗き込むと、セティカが立ち歩く場所以外、例の書付に埋め尽くされていた。広げたらこんなにたくさんあったのか。セティカはいつの間にこれだけの書付を作り上げたのか。ため息しか出ない。
「これ、入る?」
ぼくが差し出した絵をさっと見てから、セティカは顔を上げた。
「もちろん。もらっていいのか?」
「うん。ぼくがセティカにできることなんて、結局これくらいだし」
セティカは絵を受け取りながら。
「しょーしろぉのそういう態度には感心せぬな。謙遜もいいが、度が過ぎると嫌味だ」
謙遜したつもりも嫌味を言ったつもりもないけど、言われたセティカがそう感じたならぼくの言い方や態度が悪い。反射的にごめん、と謝る。
「謝らずともよい。──儂もしょーしろぉにとやかく言えるほどできた人間ではないし」
後半は少し寂しそうにも聞こえた。セティカはぼくの絵を保存袋に入れると丁寧に空気を抜いてジッパーをきっちりと閉じた。すでにスクバに入れてあった保存袋をふたつ取り出すと、その間にぼくの絵が入った保存袋を挟むようにして、丁寧にスクバに戻す。セティカがぼくの絵を大事に扱ってくれていることが解ってうれしかった。そのままセティカは作業を続ける。床に散らばる書付を手に吟味している様子は、真剣できれいだ。
「セティカ」
「なんだ?」
「絵のモデルになってくれる?」
ぼくの言葉にセティカがちらっと目を上げ、また書付に戻す。
「モデルになるのはいいが、そんな時間はないことくらい、しょーしろぉも承知しておろう?」
「うん。だからそのまま、作業を続けて。そのセティカを描くから」
今度はセティカはちゃんと顔を上げてぼくを見た。
「好きにすればよい」
それだけ言うとまた俯いた。何のために顔を上げたのか理由は解らないけど、とにかくセティカの了承を得られたので、ぼくは自分の部屋からスケッチブックと鉛筆を持ってきて、部屋の隅にまで散らばっている書付をまとめて座る場所を確保した。部屋の隅にあったのだからおそらく不要なものだろうとは思ったけど、念のため確かめる。
「こっちの書付は持って行かないやつ?」
「そうだ。已む無くな」
「じゃあこっちに寄せておくね」
「うむ」
セティカは作業を再開しようとして、そういえば、と続けた。
「これは?」
セティカが手にしていたのはキャラメルだった。
「うん。作業の合間に食べれるかなと思って買っておいた。食べなよ」
「ありがとう」
セティカは作業を中断し、手にしたキャラメルの封を切ると一粒取り出して口に入れた。セティカの表情が緩む。こういうところがかわいいんだよなあ。
「キャラメルソースと似たような味だ」
「そりゃそうだよ、キャラメルだし」
ぼくの言葉にセティカが笑って「そうか」と言った。セティカはもぐもぐと口を動かして、最初の一粒をあっという間に食べ終え、次の一粒を口に入れる。
「では、このべっこう飴ももしかして?」
「うん。頭を使うときには糖分がいいっていうし」
「ありがとう。しょーしろぉも食べろ」
セティカがぼくにキャラメルを一粒、ぽんと放って寄越した。受け取り包装を外して口に入れる。しばらくぶりのキャラメルはめちゃくちゃ甘く感じた。セティカはぼくがキャラメルを食べたことを確かめてから作業に戻った。




