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推しが現世に転生したのでぼくが全力で幸せにします  作者: おぐらあん


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 里村の家の最寄り駅に着くと、おそらく里村のお母さんが車で迎えに来てくれていた。

「初めまして。セアルセティカ・イクス・マーロンと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」

 セティカは名乗ると軽く膝を曲げる。セティカにとっては正式な形の礼を受け、里村のお母さんは丁寧に頭を下げて「初めまして。ようこそいらっしゃいました」と応じてくれる。それから「まだお家じゃないけどね」と微笑んだ。里村からは家族の話と言えばオタクなお兄さんの話しか聞いたことがなく、だからご家族もそういう感じのひとなのかなって勝手に思っていたことを反省した。里村のお母さんは上品な奥様、という印象で、こんな言い方をするのは失礼かもしれないけれど、賢そうなひとだ。里村も賢いし、きっとオタクなお兄さんも賢いのだろう。お父さんもそうなんだろうか?

「どうしたの、国原?」

 すでに車に乗り込んだ里村に声をかけられて我に返って、示された助手席に乗り込んだ。芳香剤の匂いもうちの車とは全然違う。馴れない匂いではあるけど、嫌いではない。むしろうちの車の芳香剤より好きかも。っていうかぼくが助手席でいいのか?

「だってセティカと話せないじゃん」

 里村がからからと笑う。振り返ってセティカを見ればセティカもうんうんと頷いていた。シートベルトを締めるのに少し手間取ってしまって、だけど里村のお母さんは急かすことなく待ってくれた。車はゆっくりと走り出す。揺れを感じない。安全運転だ。かーさんとはまるで違う。それも変な感じ。

「手土産まで頂戴して。ありがとうございます」

 里村のお母さんは、里村が手にしていた紙袋にちゃんと気付いていて、里村が報告する前にぼくにお礼を言ってくれた。

「いえ、か──母が、手ぶらという訳にはいかないだろうっていうので」

「あとでみんなで食べよう? いいでしょ、ママ?」

「そうね。お持たせで申し訳ないけど、そうしましょうか」

 里村のお母さんは丁寧な運転をしながら、丁寧に言った。車は駅前の大通りを抜けて住宅街へ進む。同じ形をした家が並ぶ中を車は迷わず進む。ほどなく里村の家に着いた。里村の家の周囲は、さっきの「似た形の家」が並んでいた街並みとは違って、様々な形や大きさの家が一定の距離を保って建っていた。駅からはたぶん十分もかからずに着いたとは思うけど、歩くと三十分はかかりそうだ。

「毎日駅まで歩くのか?」

 車から降りたセティカが、ぼくと同じことを思ったのか里村に問いかける。

「普段は自転車。歩くとちょっと時間かかっちゃうし」

「自転車。なるほど」

 セティカの返事は至って真面目だった。里村のお母さんが車に施錠するのを待って、里村が先に立って玄関のドアを開けぼくたちを招き入れてくれた。玄関に入るとすぐにカレーのいい匂いがした。急におなかが減ってきた。

「何がいいか解らなくて。カレーでよかったかしら?」

「大好きです、全然大丈夫です」

 ちょっと食い気味に答えると、里村のお母さんはやっぱり微笑んだ。用意されたスリッパをお借りして家に上がり、里村に連れられて洗面所で手を洗い、通されたリビングダイニングですすめられるままに椅子に座った。

「……どうも、いらっしゃい」

 リビングの奥──キッチンの方から声をかけてきたのは里村のお兄さんだろう。ぼくもセティカも会釈しながら「こんばんは」「お邪魔してます」なんて返す。そのまますぐにカレーとサラダが運ばれてきて、ぼくとセティカと里村の三人で晩ごはんをいただいた。うちのカレーよりちょっぴり辛い。でもおいしい。お店で食べるカレーみたいだ。それが誉め言葉になるのか解らなかったので、ぼくは一言だけ「おいしいです」とキッチンに向かって言った。里村のお母さんが「よかったわ」って微笑む。セティカは大丈夫だろうかと思っていると、一口目をゆっくり味わって飲み込んだセティカが言った。

「しょーしろぉのかーさんが作るカレーより、香りがよい気がする。かーさんのかれーもうまいが、これもまたうまい」

「だって。よかったねお兄」

 里村がキッチンに向かって声を上げる。

「ミサのおにいさんが作ったのか、これは?」

「そ。うちはカレーにこだわる男ってどうなのって思うけど。後片付けはママ頼みだし」

 里村の口調には遠慮も何もない。きょうだいとしては当たり前の振る舞いなのかもしれないけど、きょうだいのいないぼくはちょっとだけはらはらする。主に里村とセティカが楽しそうにおしゃべりをしながら、和やかに楽しく晩ごはんをいただく。サラダのドレッシングがおいしくてそれを言うと、里村がちょっと自慢気に言った。

「ママのお手製」

 ドレッシングを作る人がいるなんて。ぼくは衝撃を受けた。

「うちのママ、料理とお菓子作りが趣味みたいなひとだから」

 フィギュアと並べるのもおかしいのかもしれないけど、どうして里村がフィギュア作りが好きなのか解った気がした。「作る」ことが好きなんだ、里村の家族って。いや、お父さんは知らないけど。でも里村のお兄さんがカレーにこだわるのもたぶん、それに似た理由な気がした。

「ミサのおとうさんは?」

 セティカの問いに里村が応じる。

「パパ? 今夜は当直で」

 セティカが軽く首を傾げたのが解った。里村も気が付いたらしい。

「パパお医者さんだからさ」

 その言葉でいろんなことが解った気がした。学校で接するだけでは解らない、いろんなこと。

「……医者になれって言われないの?」

 声を落として尋ねると、里村はきょとんとした。

「なんで?」

 なんでって──なんとなく? 里村は成績もいいし。

「成績がいいだけじゃお医者さんにはなれないでしょ」

 そう応えてから里村が「ごちそうさまでしたー」と言って立ち上がった。すでに食べ終えていたぼくも里村にならって「ごちそうさまでした」と言った。セティカはまだカレーを味わっていた。セティカが食べ終わるのを、里村とふたり、麦茶を飲みながらおしゃべりしながら待って、ようやく食べ終えたセティカと三人で食器をキッチンまで運ぶ。キッチンの小さなスツールに腰かけてスマートフォンをいじっているお兄さんに向かって、あらためて「ごちそうさまでした」と声を上げると、お兄さんはちょっと顔を上げて「うん、いえ、どうも」と言いながら軽く頭を下げた。その様子にぼくは勝手に親近感を抱いた。ぼくと同じ種類の人間って気がする。おそらくぼくなんかよりは全然頭はいいだろうけど。

「とてもうまかった。ごちそうさまでした」

 セティカの言葉には明らかに動揺したお兄さんを見て、確信した。もしぼくが里村とじゃなくお兄さんの方と同い年だったなら、きっといい友だちになれると思った。

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