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「暗黒魔術は月の満ち欠けに影響を受ける、という話を、覚えているか?」
頷きで返す。
「そもそも暗黒魔術の存在しないこの世界で、儂の魔力が強まったり弱まったりする理由を調べるため、儂は天文学を学んだ。学んでみて解ったことは、月の満ち欠けと暗黒魔術の関連性はそう単純ではない、ということだった。月の満ち欠けが世界に及ぼす影響は様々で──天文物理学にも手を出してみたが、明確に関連性があると証明できるだけの根拠を得ることはできなかった」
セティカの話は難しく、だけどあまり成果が芳しくない、ということは理解できた。そのわりにセティカの表情は明るい。
「そこで儂はもうひとつの可能性について吟味した。『神隠しの池』だ」
その単語を聞くと反射的に身が固くなる。身構えたままで話の先を待った。
「この世界に来る直前、儂は間違いなく冥府の泉で身を清めていた。冥府の泉で溺れた覚えはないが、腰まで深く水に浸かっていたのは確かで、ならばやはり冥府の泉が『神隠しの池』と通じていたと考えるのが自然だろう。宮司さんに『神隠しの池』の来歴を聞いて、あの池の周辺には、隕石の影響により特殊な力が存在するのではと考えた。磁場──とでも言おうか。その特殊な磁場が暗黒魔術の力を高めるのではと考えれば、辻褄が合う」
確かに辻褄は合う、のかも、知れない。だけどそれじゃあ。
「そうだな。確実性はどこにもない。だがしょーしろぉが言っただろう? 儂は元の世界に戻り、兄様の命を救うのだ──と」
言った。確かに。
「だからそれを信じることにした。次の新月の夜に『神隠しの池』から冥府の泉へ戻れないか、試してみる」
試すって、なにを?
「当初、儂とお師匠が求めた『転移術』をだ」
それからセティカは丁寧に、当初求めた『転移術』について解説してくれた。やっぱり難しくて解るような解らないような話だったけど、要するに、暗黒魔術の力を使って、空間を捻じ曲げることを試みるらしい。空間を捻じ曲げることで、元の世界とこっちの世界を繋いでトンネルみたいなものを作って、元の世界に戻る──ってことだ。
「空間を捻じ曲げることができれば、ひとも物もあちらからこちらへ簡単に移動することができるであろう? お師匠も儂もその方法を求めていて、思えば儂は冥府の泉で身を清め瞑想するときは、そのようなことばかりを思い浮かべておった。それが偶発的に作用して、この世界のあの『神隠しの池』と通じたのではないか──というのが、儂の推論だ。もしこれで儂が元の世界に戻ることができれば、こちらの意味での『転移術』も完成するやも知れぬ」
セティカは興奮していた。願ったり叶ったり、というやつだし、当たり前だろう。今さらだけど、ぼくはぼく自身の発した言葉にものすごい重圧を感じていた。もしセティカが戻れなかったら──ぼくはどうすればいいんだろう。
「そう心配そうな顔をするな」
「だけど」
セティカが腕を組んで唸る。しばらくしてセティカはにやりとした。
「ではこうしよう。もしうまくいかず戻ることができなかったら、そのときにはしょーしろぉには、儂の『スイーツ食べ歩き』に付き合ってもらおう。もちろんお代はすべてしょーしろぉ持ちだ」
そんなことでいいの? それってなんの罰にもならないし、なんなら嬉しいし。お小遣いが心許ないけど。
「だからしょーしろぉは、そのときのために、人気のスイーツショップを調べておくがよい」
セティカが真面目くさった顔でそんなことを言うから、ぼくも気持ちを引き締めて頷いた。計画の実行は、次の新月の夜──あらためて確認し終えたところで、ぼくは里村から誘われていたことを思い出した。
「……あのさ、里村が」
おずおずと口を開くと、セティカはあっさりと「お誘いを受けよう」と応えた。
「いいの? まだ準備とかあるんじゃ……?」
「サトムラにも何らかの形で礼をしたいと考えておった。儂とその、はなび? とやらをすることで少しでもサトムラが喜ぶならば、それに応じたい」
セティカがそう思うなら──ぼくはすぐに里村に返事をした。里村からもすぐに返事が来て、あっという間に花火決行の日が決まった。
新月の前の晩に。
とーさんに花火の話をすると「じゃあ花火を準備しないと」と言い出して、ホームセンターまで車を出してくれた。里村は『別にいいのに』って言ってくれたけど、そういうわけにもいかないだろうということで。ホームセンターで花火を見ても、セティカには何がどうなるのかイメージすらできないらしく、だから適当に手持ち花火が詰め合わされたものを買った。当日は里村が駅まで迎えに来てれることになり、晩ごはんは里村の家でごちそうになることになってしまって、かーさんは「手土産は何がいいかしら? スイカ?」とか言い出す。ああだこうだと検討を重ねた結果、かーさんお気に入りのパティスリーアリサの焼き菓子セットがいいだろうということになった。それは当日、お店に寄って買ってから里村の家に向かうことに決めた。
パティスリーアリサで焼き菓子のセットを買って駅に着くと、里村はすでに待ち合わせの西口にいた。
「サトムラ!」
セティカが声を上げて手を振れば、里村はちょっとびっくりしたような顔で手を振り返す。たぶんセティカに「サトムラ」と呼ばれたことに驚いたんだろう。……っていうか、驚いたというより「どうして『里村』呼びなの?」と戸惑った表情にも見えた。
「待ったか?」
「ぜんぜん! それよりもセティカさん、どうせ呼ぶなら『里村』じゃなくて名前がいいな」
里村の言葉を聞いてセティカがぼくを振り返る。えっと、里村──なんていうんだっけ??? 最初っから今までずっと「里村」って呼んできたから、咄嗟に名前を思い出せない。
「ミサ」
しびれを切らして里村が名乗った。セティカは里村が発音したのと同じ音で「ミサ」と呼んだ。里村がにこっとした。
「うん。じゃ、行こっか」
里村について駅に入り改札を抜けホームに向かう。次の電車が来るまでの数分の間に、セティカは手に持っていた紙袋を里村へ差し出した。
「かーさんが。お世話になるお礼だと」
「ありがとうございます。これめっちゃおいしいマドレーヌですよね?」
セティカが頷きかけて──、ん? という顔をする。
「まどれえぬ?」
「あれ、食べたことなかったです?」
じゃああとで一緒に食べましょ──里村が言ってセティカが頷く。ホームに滑り込んできた電車のドアがプシュッと開いて、ぼくたちは電車に乗り込んだ。電車の中でもセティカと里村はなにやら楽しそうにしゃべっていて、やっぱり里村は写真を見せている。ちらっと見えたのは例のセティカのフィギュアの写真。里村はスワイプを繰り返しどんどん写真を見せ、いちいちセティカは「おお」とか「これは儂も好きだ」なんて返していた。
ふたりの様子を見ていたら、普通にどこにでもいる女子が推しの写真を見ながらきゃいきゃいはしゃいでいるだけにしか見えなくて、そしてふたりともとても楽しそうで、正直ぼくには何がそんなに楽しいのか全然解らないんだけど、こうしているのがセティカにとっては幸せなんじゃないかなんて勝手なことを考え、そう考えたそばからいやいやそんなことはない、セティカにとっての幸せは元の世界に戻って彼を助けることなんだし、みたいに思い直す、ということを、それはもう延々とぐるぐる繰り返していた。




