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墓地について柴三郎さんを管理人さんに託して、おばあちゃんの歩調に合わせてお墓に向かった。お墓に着くと手分けして掃除をしてお供えを飾り蠟燭を立て、お線香に火をつけて手を合わせた。おばあちゃんは特に長いこと手を合わせていた。ようやく手を離したおばあちゃんに、とーさんが聞く。
「今回はずいぶん長かったね?」
「そうねえ。先だって体調を崩したでしょう? そのときにおじいちゃんが来てね。てっきりお迎えに来たのかと思ったら、まだもう少し修行をしておいで──なんて言うもんだから、そろそろお迎えに来てもいいですよ、って話してたのよ」
おばあちゃんの口振りが朗らかなだけ、かえって気まずいような感じがした。
「私の国では、死者は生者を迎えになど来ません。死者は新たな生を受けるため魂を浄化せねばならず、そのために現世でのおこないを省み過ちがあれば糺し、禊のときを過ごさねばならない。とても生者を迎えに来る余裕などありません」
突然セティカが口を開いた。はらはらしながらおばあちゃんを見ると、やっぱり楽しそうに笑っている。
「そうなのね。それを聞くと不思議よね。どうしてこの国では、死んだ人に対して『そろそろお迎えに』なんていうのかしらねえ。それは神様か仏様の領分よねえ」
「そうですね。私の国では、死は神の掌の中に、という言葉があります。神は掌に、その指で死を迎える人間の名を書き握るのだとされています。誰の介在も許されません」
「──ということは、私たちの国の神様あるいは仏様は、せーちゃんの国の神様よりも少し寛大なのかもしれないわね。それに私は、もし死の国へ迎えに来てくれるなら、見ず知らずの神様か仏様よりも、よく見知ったひとがいいわ」
おばあちゃんの言葉を受けて、セティカは少し目を見開いてそれからすぐに微笑んだ。
「それは素敵です。私の国の神様も、名を書いて握るようなことをせず、亡くなった知己を死の国への使者として迎えに寄越してくださるならいいのに。そうしたら少しは、死を恐れなくなるかもしれないのに」
「きっとね、この国の人たちもそう思ってるのよ。行ったこともない場所へ行くとき、誰か見知った人が一緒なら怖れは和らぐもの」
おばあちゃんの言葉にセティカが頷いた。ふたりのやりとりを聞いて思ったのは、初めてセティカと会ったあの日のことだった。あの時は気が付かなかったけれど──セティカも心のどこかできっと、怖れていたんじゃないだろうか。だからあんなふうに、強い調子でぼくに言葉を投げかけてきたのかも。セティカには悪いことをしちゃったな。もう今さら、だけど。
管理人さんのところに戻ると、柴三郎さんがぶんぶんと大きく尻尾を振っておばあちゃんを迎えた。おばあちゃんがひとしきり柴三郎さんを撫でるのを待ってから、車に乗り込む。車が動き出すなり、セティカがおばあちゃんを呼ぶ。
「あの。神隠しの池、について、教えていただけないでしょうか」
「神隠しの池?」
問い返したおばあちゃんは、たっぷりと間を置いてから「ああ」と呟く。
「あの神社の奥にある池のことね。私がまだ生まれる前のこと、子どもが行方知れずになる事件が続いたとかで」
おばあちゃんの話を聞くセティカの瞳は真剣そのものだ。
「──そのうちのひとりが、痛ましいことに、あの池で溺れて亡くなっていたそうなの。秋の終わりの頃で、どうしてその子があの池に近づいたのかは誰も知らなかったんだとか。その子のことは不幸な事故だと思うのだけど、いつしか子どもたちの間で、あの池に近づくと神隠しに会う、なんて噂になったのよ。私が娘時分には、誰もが口を揃えて『神隠しの池』って呼ぶようになっていて、何人もの子どもがあの池で行方知れずになったんだ──って言われていたわ」
「……では、おばあちゃんが実際に、そういう現象に遭遇したものではない、と?」
「そうねえ。伸一朗が小学生に上がったばかりの頃にも一度、子どもが行方知れずになる事件があったわね。確かにその子もあの池の近くにいた──という目撃談があったはず。でもその、行方知れずになった子と、目撃された子が同じ子だったのかどうか、真偽は不明と聞いたわね。私はなんだか恐ろしいような気がして、伸一朗に言い聞かせた覚えがあるわ。神隠しの池には、決してひとりで近づかないように、って」
「……そうだっけ? 俺が聞いた話とはちょっと違うような気がするな」
おばあちゃんに『神隠しの池』のことを言い聞かせられたはずのとーさんが口を挟む。
「とーさんの周りでも、そういう噂があったのか?」
セティカに聞かれたとーさんは。
「子どもたちの間では確かに『神隠しの池』と呼ばれてはいたよ。でも子どもだけで近づくな、というのは、たぶん過去に起こった水難事故を教訓にしたもので、行くなら必ずおとなと一緒に、と学校で注意されたのは覚えてるよ。夏休みとか、長期休みに入る前の全校集会では、決まってそんな話をされたなあ」
「じゃあ、おばあちゃんの話は?」
「うーん。正直覚えてないや。でもそういう話があったからか、俺が子どもの頃にはそういう事件や事故もなかったしね。そういえば肝試しで言った子が、神社の神主さん? にひどく叱られた──なんて話は聞いたかな。だから近づく子どももほとんどいなかったような気がする」
「──なるほど。神主さん? というのは、宮司さんのことだろうか?」
「たぶんそうだと思うけど、詳しくは解らないや。なにせ子どもの頃の話だしね」
とーさんの答えを聞いて、セティカがぼくに視線を寄越した。その視線の意味にはすぐに気が付いた。宮司さんに直接話を聞きに行こうって魂胆だろう。頷きを返す。セティカひとりで宮司さんを訪ねたところで大きな問題なんて起こるはずもないだろうけど、一緒に行くべきだと思ったから。
「でもどうしてそんな話を?」
黙って運転していたかーさんが聞いてきて、セティカが答えた。
「しょーしろぉに聞いて、興味をそそられたので」
「しょうちゃんから?」
おばあちゃんがぼくを見た。頷く。
「ぼくが小さいころ、一緒に秋祭りに行って、話してくれたよね? あの池は『神隠しの池』だから、決してひとりで近づいちゃダメだって」
「そんなこともあったかもしれないわねえ」
おばあちゃんは楽しそうに、ほほほ、と笑って、ぼくは複雑だった。ぼくがあの池を恐れるようになったのは、おばあちゃんが『神隠しの池』なんて話したからなのに。
「だいじなしょうちゃんが事故にあったら大変だもの。怖い話をしてごめんね?」
おばあちゃんがぼくの肩に腕を回して頬を寄せてきた。ぼくはその腕を撫でながら「大丈夫だよ」と返事をした。
おばあちゃんの住むサポート付き住宅に着いて、柴三郎さんは名残惜しそうにおばあちゃんの手を舐めている。おばあちゃんは柴三郎さんの首の辺りをわしわししながら「またね、元気でいるんだよ」って声をかけた。それからおばあちゃんを部屋まで送り届け、出発したのは五時を過ぎた頃。帰り道、ドッグランのあるカフェに立ち寄るのはいつものことで、そこで柴三郎さんの休憩を兼ねて簡単な食事をして、それからコンビニで夜食を買って家に帰るのがお決まりだった。家に着いたら九時を回っていて、順番にシャワーを済ませる。ぼくの順番を待つ間にコンビニで買った麻婆丼を食べていると、やっぱりコンビで買ったバスクチーズケーキを口に運んだセティカの瞳が輝いた。
「これは。スイーツショップのチーズケーキと遜色ないではないか」
コンビニスイーツもおいしいからね。




