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その日はセティカと一緒に冷たいものでも食べに行こうとか考えていたのに、セティカはセティカでとっとと出かけてしまった。どうやらクラスメイトと約束をしたらしかった。暑さも相まってなんにもやる気になれなくて、クーラーを強めにかけた部屋でだらだらしていた。そう言えばセティカと約束したんだっけ。あのイラスト。あらためてイラストを引っ張り出して眺める。髪飾りと細かい修正をすれば完成する。あんまり気分じゃないけど「やる気」っていうのはやり始めたら出るものだ——という、どこで聞いたのかも解らない言葉を思い出して準備を始めた。イラストを前に、脳裏であの髪飾りのことを思い浮かべる。白金なんて実際に見たことがないから質感がよく解らなくて、リビングからタブレットを借りてきて、ネットでアクセサリーを検索してイメージの近いものを見比べたりして、慎重に色をつけていった。紫色の石の部分を含めて、きらきらした感じにしたいけど——難しい。あとで影とハイライトを塗ったらもっとそれらしく見えるかな。
「もう、祥志朗ってば!!」
大声で呼ばれたことにびくっとして振り返るとドアのノブに手をかけたかーさんがそこからぼくを見ていた。
「集中できるのはいいことだと思うけど――ちょっと困っちゃうな」
かーさんは呆れた顔でちょっと笑って、それから言った。
「さっきから着信音がけたたましくて。もしかしたら急用とかなのかなーって思ったら、気になっちゃってさ」
家にいるとき、スマートフォンは基本的にリビングの充電スペースに置きっぱなしだ。ゲームも友だちとの連絡もリビングでやるように決められていて、部屋で動画やネットで調べものをしたいときには、タブレットを借りるルールになっている。いつもは友だちからの連絡があってもこんなふうに部屋まで呼びに来たりしないのに。よほど「けたたましかった」んだろう。ぼくはかーさんにお礼を言ってリビングに行くとスマートフォンを手に取った。里村が何かを大量に送って来てた。
「……うそ」
大量の、フィギュアの写真だった。モデルはセティカだろう。誰が見ても解るくらいにそれは、セティカにそっくりだった。なのに里村はこんなメッセージを添えていた。
『なんかさー、あんまり似ないんだけど笑 本人さんの写真とかなかったりしない?』
そういえばせっかくセティカが現世に転生してきたのに、写真はほとんど撮ったことがなかった。仮にあったとしても、本人の許可なく送ることはできないけど。
『ない。帰ってきたら聞いてみる』
ぼくが送った返事にはすぐに既読マークがつく。恐ろしいほどに早い。
『がっかり。このあとどっかで合流できないかなとか、思ったのに』
『セティカにだってセティカの都合があるよ』
『解ってる。だから連絡した』
どこでどう『だから』につながるのか考えていると、さらにメッセージが届いた。
『ひるからひま?』
イラストを描くっていう意味では暇じゃないし、でもそれは別に絶対にしなければならないわけじゃなく、だからそういう意味でなら暇だ。
『原画展いかない?』
返事をする前に用件が送られてきて、そう言えばどこだかのデパートの催事場でそんなイベントをやってるって言ってたっけ。ここ半年ほどで一気に人気が出たイラストレーター、あいるの原画展だ。あいるは基本デジタルしか描かないっていうけど、デジタルで描かれたイラストのなにをもって「原画」と呼ぶのかは謎だった。でも、元のイラストの解像度やカラーバランスなんかをいじってないって意味なら見てみたい——そんな話をした覚えがある。
『明日最終日だし、行くなら今日かと』
今一時を回ったところか。まだお昼を食べてないから食べてから出るとなると合流できるの三時くらいにならん? スマートフォンから顔を上げてかーさんを見たら「サンドイッチできてるよ?」と言われた。
『合流できるの三時くらいになりそーだけどいい?』
すぐに『OK』のスタンプが返ってきたので一旦スマートフォンは充電スペースに戻して、ありがたくサンドイッチを食べた。食べ終えるとすぐに里村に『もうすぐ出るよ』とメッセージを送ったらまたすぐ既読マークがついて『駅の北口にいる』と返事が来た。『了解』のスタンプを返してかーさんに「原画展見てくる」と告げてから家を出た。外に出た瞬間、あまりの暑さに心が折れるかと思ったけど、今さらそれを理由に断るのも里村にも悪いので、どうにかこうにか気持ちを奮い立たせて駅に向かう。北口について辺りを見回すと、カフェのテイクアウトのカップを手にした里村が駅構内の壁に凭れかかって、スマートフォンを見ていた。だぼっとしたTシャツにだぼっとしたジーンズ、キャップを目深に被った里村は、ぱっと見は男子だった。駆け寄って声をかけたら「早かったね」と言った。
「暑いから急いだ」
「余計暑いんじゃ?」
そんなことを言いながら目的地に向かう。
「昨夜の『ぼくどき』観た?」
「まだ観てない。あとで配信で観ようかなって」
深夜枠のアニメはリアルタイムで観るのは厳しいから、そう説明すると里村は「どこの親も一緒かね」と笑って「午前中に観れたんじゃ?」と聞いてきた。
「イラスト描いてたから」
「ほー」
喋っているうちに目的のデパートについて、エスカレーターでちまちま催事場のある上階を目指す。入り口には行列ができていて、ちょっと待ちそうだった。
「思った以上に並んでるねえ」
「ね」
他に話題もないので、例のパズルゲームを起動したら「なにやるの?」と聞かれた。画面を見せたら「あー国原もそれやってるんだ?」と言って、スマートフォンの画面を見せてくれた。ぼくよりもプレイヤーレベルがかなり高い。っていうか初期からやってないととても到達できないレベルだ。
「これも何かの縁だし、フレンドにでもなっとく?」
「あー、じゃあ」
登録が終わってあらためて里村のプレイヤー情報を見た。いやマジですごい、ぼくからしたら神レベルなんだけど。
「そーでもないよ、たまたまおにぃがベータ版からプレイしてて、そのアカウントを引き継がせてもらっただけで」
お兄さんがいることも、そういう関係性なのも羨ましい。言わなかったけど。ゲームをしながら待つ間に列は進んで、四十分近く経ってからようやく会場に入れたけれど、中もそこそこ混んでいた。原画——というか、デジタルで描かれたイラストを印刷したものが飾られていて、解説文が添えられている。解説文はさらっと読んで、じっくりとイラストを眺める。少し進むとデジタルの作画風景を取材した映像が流れていて、それはすごく参考になった。さらに進むと、たぶん六十インチはあるモニター三枚にイラストを映しているコーナーがあって、そっちはもっと面白かった。さすがにサイズは違うけど、普段イラストを描くときに使っているのと同じメーカーのモニターで「完成時にイラストをチェックする環境をほぼ再現できた」そうだ。三枚のうち一枚のモニターでは制作したイラストのタイムラプスが延々と流れていて、その映像なら永遠と見ていられそうな気がした。




