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推しが現世に転生したのでぼくが全力で幸せにします  作者: おぐらあん


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 水曜日の放課後になっていた。

 部室で絵画コンクール用の絵の仕上げに取り掛かっている隣で、里村が粘土をこねている。里村はちゃんと部室に顔を出し、なおかつちゃんと美術部らしい活動をしているただひとりの部員だった——ぼくを除いて。

「あ。そー言えば。こないだの日曜日『シュゼット』のクレープ食べてたでしょ?」

 里村が突然喋った。部室にはぼくたち以外にもボードゲームに興じる面々がいるけど、ぼくに話しかけているのは明らかだった。何故ならボードゲームに興じる面々は、ただ放課後の部活動の時間をやり過ごすために美術部に所属し、たまに「そう言えばぼくたち美術部だったんでした」って思い出したようにイラストを描くような感じで、半ば本気でこういう方面を目指しているぼくや里村とは価値観の違いもあって挨拶を交わす程度の関わりしかなかったからだ。

「隣にいたの、噂の留学生でしょ? ホームステイしてるんだっけ?」

「そう。甘いものに目がないんだセティカは」

 答えたぼくは日曜日のことを思い出していた。駅に着くなりセティカが急に思い出したように「しょーしろぉが事前に教えてくれなかったせいで、電車の乗り方が解らず、クラスメイトには迷惑をかけてしまったではないか」と文句を言ってきた。カラオケに行くとは聞いていたけど電車に乗るなんて知らなかったからしょうがないじゃん、と思ったけど、セティカの顔を見てたら自然と「ごめん」が口をついて出た。知らないことを知らないままにしておくことを何よりも屈辱に感じるセティカにとっては、耐えがたいことだったかもしれない——素直にそう思えたから。

 ぼくがセティカに食べさせてあげたかった『シュゼット』のクレープそのものは気に入ってくれたらしくて、シンプルな生クリームだけのクレープと、定番のチョコバナナを食べてご満悦だった。さらにソーセージとチーズのお食事系と呼ばれるクレープまで食べて、あの細い身体でよくあれだけの量を食べるものだと感心した。出かける直前にとーさんが臨時のお小遣いをくれていなければ、所持金が足りないところだった。

「いいなあ。今度うちも誘ってよ」

「なんで里村を誘うんだよ?」

「いやあだってあんな美形、間近で見れることないしさ」

 それは確かにそうかもしれない。

「あの人をモデルにフィギュア作ったら売れそう」

 それはあながち的外れとも言えない感想だった。セティカがこっちに転生してくる前に『暁の後継者』のキャラクターのフィギュア化が始まってて、でもセティカは攻略対象キャラじゃないからまだフィギュア化されてなくて、多くのファンからの要望の声に、ようやくフィギュア化が決定したところだった。セティカがこの世界に転生してしまったので、当然その話も消滅してしまったけれど。ちなみに里村がどうしてこんな話をするのかと言えば、里村の将来の夢はフィギュアの原型師になることで、里村は暇さえあれば粘土をこねて、せっせと推しを立体化しているからだろう。今、里村が作ろうとしているのは、十月からついにアニメがスタートする大人気小説のヒロイン、夢見蔵綾音。すでに主人公の松ケ崎蒼汰は完成してそこに飾ってある。小説のカバーや挿絵を参考に作っているので、コミカライズ版とはちょっと雰囲気が違うけど、それでもどのキャラクターなのかはパッと見てすぐに解るクオリティだ。何をどうしたらあんなふうに平面のイラストを立体化できるのか、里村の頭の中を見せてもらいたい。

「学校祭の展示はどうする? それって今度のコンクール用でしょ」

「まだ決めてなくて。それに学校祭なんてだいぶ先じゃん」

「だいぶ先、とか思ってるうちにすぐだよきっと。夏休みは受験勉強にも忙しいだろうし。国原はどうなん、試験の方」

 ぐ、と言葉に詰まった。ぼくが目指している高校の芸術専攻コースは、はっきりいってめちゃくちゃ倍率が高い。国や美術館、企業が主催する絵画コンクールでの結果も考慮されるとあって、実技に関してはわりと自信があるけど、試験についてはかなり不安があった。内申点も五科目合計点数も、ボーダーラインぎりぎりだから。学年上位五パーセント内常連の里村が羨ましい。

「いつでも教えるよ勉強くらい。それに絵画コンクール常連の国原と違って、うちは実技の実績がない分、試験の点数で稼がないとだし」

 そういって里村は笑う。里村が作る粘土の像はどれもこれもそのまま売り物になるんじゃないかと思うほどのクオリティだけど、何しろ作っているのがいわゆる「キャラクターもののフィギュア」だからか、里村自身もちょっとだけ引け目みたいなものを感じるらしい。

「それに入試の実技は基本のデッサンでしょ。あれつまんないから好きじゃないんだよねえ」

 何をするより絵を描くことが好きな人間の前で吐いていい科白じゃないとは思うけど、こういうところが里村なのでぼくは気にしていなかった。もしほんとにふたりとも合格して同じ芸術専攻コースに進むことになったら、そのときには指摘してあげようかなとは思う。ふつうに生きていれば「基本のデッサンはつまらないから好きじゃない」なんて口に出す機会も訪れないだろうから。

「うちって人見知りだからさ、国原がいてくれたら何かと心強いし助かる」

 そうかなあ。中学に入学してからぼくと里村は同じ美術部ってだけで、特に接点が多いわけじゃない。一度も同じクラスになったこともないし。そもそも美術部の部室で初めて顔を合わせたときから里村の方からなんやかんやと話しかけてきて現在に至ってるんだから、言うほど人見知りじゃないんじゃないのか里村は。

「国原だって、うちがいた方が助かるでしょいろいろと?」

 それはそうかも。間違いなく人見知りだし、ぼくは。

「一緒の学校行こうよ~」

「そうだね、行きたいね」

 ぼくの返事をどう受け取ったのか、里村は。

「そいじゃ夏休みは、一緒に勉強会でもしようかね~。国原はうちにデッサン教えてね」

 なんて言い出す。夏休み——夏休み、かあ。自然とぼくはセティカと一緒にどんな夏休みを過ごそうかと思いを馳せる。夏らしくかき氷の食べ比べとかいいかも。美味しいもの食べるだけじゃなくて、プールとかも楽しいか——いやだめかセティカは泳げないし。そんな連想のせいか、ぼくは思わずこう口走っていた。

「泳げなくても楽しい夏の遊びって、何だと思う?」

 いつもならすぐに返事をする里村の返事がない。不思議に思って里村の方に顔を向けると、里村はびっくりしたような顔つきで、粘土をこねる手を止めてただただぼくを見ていた。あれ、なんか変なこと聞いたかな。

「——あの留学生と一緒に、ってことだよね?」

 そうだけど。

「……なるほどねー。なら、花火は外せないんじゃない?」

 花火か。近所で花火をやっても大丈夫な場所なんてあったかな。調べなきゃ。

「あとは海とかプールとか? 夏って外で遊ぶイメージあるよね。うちはインドアだし泳げないから、海もプールもげげ、って感じだけど」

 やっぱそうだよね。水着着なきゃだしね。セティカはあんまり気にしなそうだけど。気がつくと里村は粘土をこねる手を再び動かしていた。

「うちなら映画がいいかな。何より涼しいし最高。で、ポップコーンが美味い」

「言えてる」

 ふたりして笑い合って、ぼくもまた絵の制作に戻った。

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