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晩ごはんの席では、かーさんがセティカに一日の出来事を根掘り葉掘り聞いた。セティカは昼間の出来事を思い返しつつ懸命に答えていて、もしかするとセティカって基本的には「人間が好き」なタイプなのかもしれない、なんて考えていた。ゲームの中では、セティカは主人公とお師匠以外のひととはほとんど交流を持っていなくて、それはセティカが人嫌いなせいかと思っていたけど。セティカの持つ『異端』という属性が、他者を遠ざけていただけだったのかもしれない。だけどそんな属性は、この世界では大した影響はない。だってセティカが異端の証とされた艶やかな黒髪は、この世界では至ってふつうだし。
「ねえところで、せーちゃん、どこで言葉を勉強したの?」
かーさんの質問に、さっきまで饒舌だったセティカが言葉に詰まった。グラスから水を一口飲んでからセティカがやっと、という感じで口を開いた。
「……どこかおかしいだろうか?」
「おかしいっていうか。独特な口調よね。むしろ私たちよりも小難しい言い回しも知ってるし、もしかして教えてくれたひとがそういう喋り方だった、とか?」
やや首を傾げながら言ったかーさんに、セティカは取って付けたように「実はそうなのだ。お師匠がこういった話し方をするお方で」と言った。
「お師匠って呼んでるんだ。それはまた……」
とーさんも口を挟む。
「学校ではどう? 喋り方のことで何か言われたりしてない?」
少し心配そうな目で言ったかーさんに、セティカはゆるりと首を振った。
「そのようなことは、誰も」
「ならいいわ」
かーさんが柔らかく目を細めて、そうかかーさんはかーさんなりに心配していたのか、と思った。
「で? 明日の予定は?」
今度はぼくに問いかけてくる。
「クレープでも食べに行こうかなって。セティカが嫌じゃなければ」
応じたぼくにセティカが聞く。
「くれえぷ? とは?」
「それは明日のお楽しみにしようよ?」
セティカは不満げな目でぼくを見ただけでそれ以上は何も言わなかったけど、たぶん今夜ぼくを『覗いて』確かめようって魂胆だろう。そうはいかない。セティカが『覗く』ときには全然別のことを考えてやるんだから。
日曜日。今朝の朝ん歩はぼくと柴三郎さんだけだった。結局昨夜セティカはぼくを『覗いて』難なくクレープの情報を掴んでしまった。考えないように、と考えていたのが逆によくなかったらしい。ってことはぼくが知らないだけでセティカは、もっといろんなことを『覗いて』知ってしまっているのではないかと思うといらいらするようなもやもやするような、居心地が悪いような気持ちになった。セティカはぼくを『覗いた』からって特段何かを言ってくるわけでも聞いてくるわけでもないから、実際何をどのくらいまで把握しているのかすら解らない。ただきっと、ぼくがセティカが大好きで、全力で幸せにしようと思っていることはバレバレだ。ぼくがそんなふうに思っていることを、セティカがどう考えているのかも気になる。そんなことを考えながら歩いていたせいか、いつもとは違う道に行こうとしたぼくを、柴三郎さんが立ち止まって知らせてくれた。
「ごめんごめん」
軽く柴三郎さんを撫でて、いつもの道——あの神社へ続く道を見た。無意識のうちにあの池を遠ざけていたらしい。いつも通りに歩けば池には近づくこともないのに、ばかみたい。ぼくはそのまま神社へと続く道を進んだ。神社の境内へ続く短い階段を昇り、鳥居は潜らずに西側にぐるっと回って、厳重な柵から住宅街を見下ろす。薄曇りだけど雨が落ちてくる気配はない。そろそろ梅雨が明けてもいい頃だし。本格的に暑くなったらかき氷の食べ歩きとかも楽しいかもしれない。柴三郎さんにお水を飲ませながらつらつら考える。ビスケットも食べて満足したらしい柴三郎さんの耳の辺りをわしわしする。あの池のことはできるだけ考えないようにしていた。目を細めていた柴三郎さんから手を引くと、柴三郎さんはぶるるっと頭を振った。黒い真ん丸の瞳に「あっちに行くの?」と聞かれている気がして「まさか。そんな」と、続けて「帰るよ」と声に出してから、のんびりとした歩調で帰途についた。
家に帰るとかーさんがフレンチトーストを焼いていて、セティカはその隣で真剣な表情でかーさんの作業を見つめていた。
「おかえり」
先にぼくに気がついたセティカがそう声をかけてくれて「ただいま」と返す。と思ったらセティカはすぐにかーさんに「このまま焼けるのを待てばよいのか? 何をして『焼けた』と断ずるのだ?」などと聞いている。作り方を教わっているらしい。かーさんはかーさんで「適当。香ばしいのが好きなら様子見ながら焦げないように長めに焼けばいいし、ふわっとした感じでいいなら、そろそろいいし」なんて、参考になるのかならないのか解らない科白を返している。かーさんの作る料理は大抵大雑把って適当で、レシピと言えるほどのものもないのに、そんなひとに教わって大丈夫なんだろうか? どうせ教わるならとーさんの方がいいと思うけど。かーさんは市販のお惣菜の素を使って料理を作るときも自己流を貫くタイプで、とーさんはお惣菜の素の箱書きを一から十まできっちり守るタイプ。普段料理をするときからそういう姿勢だから、覚えやすいと思うんだけど。
「こんなもんかな」
その間にもフレンチトーストは焼きあがったようで、かーさんが皿に取った。ちょっと焦げたバターの香りが香ばしい。冷蔵庫からお茶を出しかけて、いや牛乳がいいかと考えていると、横からさっさと牛乳のパックが奪われた。とーさんだった。
「ミルクたっぷりカフェオレにしよう」
ナイフとフォーク、シロップやら何やらを準備する間にカフェオレも入って、四人でフレンチトーストを食べる。最初の一口を頬張ったセティカは、飲み込むと言った。
「思ったほど甘くはないのだな?」
「そう。だからこれ」
言いながらかーさんは、セティカのフレンチトーストのお皿にシロップをたっぷりかけた。どぼどぼに浸るほどのシロップを纏ったフレンチトーストを口に入れた瞬間、セティカの頬が幸せそうに緩んだ。
「ね?」
かーさんもうれしそうだ。ぼくは思わずとーさんと顔を見合わせた。確かにシロップをかけたフレンチトーストは美味しい。でも、かーさんのそれは「やりすぎ」だ。ぼくの考えに気がつくはずもないかーさんは、自分のお皿にもどぼどぼとシロップを注ぎ、それをフレンチトーストにたっぷり絡ませて食べている。幸せそうに。だから「太るよ」という科白はカフェオレと一緒に飲みこまざるを得なかった。




