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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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97.夜の森の会合

 デュランを司令官とする「龍殺し軍団」は、騎士を主戦力としている。

 現在彼らは王都の周囲に広がる平野で、弓による一斉射撃の訓練を行っていた。


「放て!」


 デュランが号令を出すと同時に、騎士たちは一斉に矢を放った。

 数多の矢は大きな放物線を描き、目標と定めた地点まで飛んでいく。


 しかし騎士たちは矢の落下地点を確認することなく、次の矢をつがえる。


「放て!」


 デュランの再度の号令で、2度目の一斉射撃が行われた。

 1本目の矢を放ってから、5秒も経っていない。装填に時間のかかるクロスボウでは、こうはいかない。

 

(腐っても騎士だな。見事な一斉射撃だ)


 デュランは感心していた。

 弓は基本的に歩兵の武器なので、馬上戦闘を好む騎士は、今まであまり訓練してこなかったはずだ。

 ましてや大人数で一斉に矢を放つなど、初めての経験だろう。


 それなのに彼らは、文句のつけようのないほど完璧にこなしてみせた。武術の素養の高さゆえか。


「よし、訓練終わり!」

「「おうっ!!」」


 デュランが訓練の終了を告げると、騎士たちは野太い声で応えた。

 そして自分の従者に武勇の自慢をしながら、馬に乗って王都へ戻って行った。


「御主人様、あの人たちは敬礼を知らないんでしょうか?」


 騎士がいなくなってから、ウェアドッグのキャッピーが非難するように言った。


「そんなのは平民の軍隊の風習だと思ってるんだ。あいつらは俺に心服してるとはいえ、敬礼を強要すれば反発するだろうな」

「どいつもこいつも貧乏騎士のくせに、プライドだけは無駄に高いってことですね。なげかわしいことです」


(まったくだ)


 龍殺し軍団の騎士は土地を持っておらず、王家から給料をもらって暮らしている者ばかりだ。

 しかもその給料は、平民将校よりもはるかに低い。


「今はまだ、あいつらの顔を立ててやろう」


 デュランはそう言って、キャッピーの頭をくしゃくしゃとなでる。

 キャッピーは気持ちよさそうな顔で、「ふわぁ」とだらしない声を出した。


「もちろん、いずれは完全な手駒にするがな」

「それでこそ御主人様です」

「それよりキャッピー、眠いなら今のうちに寝ておけよ。今夜のためにな」


「大丈夫ですよ!」


 キャッピーはしっぽをブンブンと振って答えた。「キャッピーは今夜をとても楽しみにしてたんです。御主人様のたちが、初めて一堂に会するんですからね」




 その日の深夜、デュランとキャッピーはそれぞれ馬に乗って、王都の近郊にある森へとやってきた。


 ここは王家が所有する御料林なので、本来は許可なく立ち入ることはできない。

 しかし壁で囲まれているわけではないので、侵入することは容易だ。


 時刻は午前零時をまわっている。こんな時間に森番も密猟者もいるはずがないので、秘密の会合には最適な場所だ。


 デュランとキャッピーは森の入り口で下馬すると、馬を引いて真っ暗な森に入った。頼りはランタンの明かりだけだ。


(真っ暗な森での集まりか……。まるで魔女の集会だな)


 あながち間違ってはいないかもしれない。参加者の中には、()()()使()()()がいるのだから。


 やがて2人は開けた場所へたどり着いた。辺り一帯の木は伐採されており、切り株だけが点々と残っている。


 中央のたき火を囲んで、4人の女たちが切り株に座っていた。


「遅いぞ、司令官」


 鋭い目でにらんできた金髪ショートの女は、レオナという。

 デュランより少し年上、25歳の女騎士だ。


「悪い悪い、許してくれよ」

「頭など下げるな。一応おまえは私の主君なのだから、もっと堂々としろ」


(さすがは領地持ちの高位騎士だった女だな。昼間の粗野な騎士たちとは気品も迫力も違う)


 レオナは女ながらに、北部諸侯のドレイクモント公によって正式に騎士に叙任されている。

 剣術と馬術においては、男が束になっても勝てないと評されていた。


 しかしドレイクモント公は反乱の罪で処刑され、ドレイクモント家も取り潰された。


 主君と領地を失った彼女は、やむを得ず王家に仕官することになった。

 デュランは王に願い出て、そんな彼女を配下に加えたのである。


(ま、気の強い女は嫌いじゃない。これから徐々に飼い慣らしていこう)


「みんなも、こんな時間に待たせて悪かったな」


 デュランは他の者たちにも軽く謝って、空いていた切り株に腰を下ろす。キャッピーはその隣の地面の上で、ちょこんと正座をした。


「お気になさらず。こなたはデュラン様のためなら、いつまでもお待ちいたします」


 薄布のローブを羽織った少女が、上品に微笑みながら言った。

 青みがかった紫の髪を背中に垂らし、頭には黒いとんがり帽子をかぶっている。

 彼女は女魔法使いのザランディアだ。


(ああ、やっぱり女は優しい方がいい)


 デュランが笑みを返すと、まだ16歳のザランディアは頬を赤らめてうつむいた。男慣れしていない態度がかわいらしい。


 だが、いくらかわいくても、魔法使いは龍神ビケイロンに魂を売った忌まわしい存在だ。

 サーペンス王国では、魔法使いだと発覚すれば火刑に処される。


「約束した時間に遅れるのは感心しない。でも済んだことは仕方がない」


 感情のこもらない口調で言ったのは、切れ長の目を持つ少女。

 チュニックとズボンの動きやすそうな服装で、弓と矢筒を背負っている。


 名前はミリエール。愛想がないという欠点はあるが、男なら誰もが見とれるであろう美少女だ。


 だがその外見に反し、年齢は74歳だ。寿命が異常に長いエルフ族なのである。

 編み込んだ銀髪の下から突き出る尖った耳が、そのことを証していた。


 むろんサーペンス王国では、人間とウェアドッグ以外の種族が暮らすことは認められていない。

 エルフである彼女は、見つかれば国外追放になるだろう。


「それにしても、わからない」


 ミリエールは続けて言った。「無関係の人間をここに連れてきたのは、なぜ?」


「え? ミリエールさん、どういうことですか?」


 ザランディアはキョトンとしている。


「おまえは魔法使いのくせに、気付かないのか」


 レオナはデュランの背後を指さした。「そこの木の陰に人間が隠れている。一応、気配を隠そうとはしているようだがな」


(レオナとミリエールはすぐに気付いたか。さすがだな)


「もちろん俺は、ずっと誰かがつけてきてることはわかってたさ」

「キャッピーも、ニオイでわかっていましたよ」


 デュランとキャッピーが答えると、ミリエールはさらに問い詰める。


「あなたたちは尾行されていることをわかっていて、ここまで連れてきた。 なぜ? この会合は、絶対に知られてはならないのに」

「ああ、それは――」

「もちろん殺すためじゃろう。わざわざ人目のないところに来てくれるなら、かえって好都合じゃ」


 物騒な答えを返したのはデュランではなく、今まで黙っていた女である。

 口調は老婆のようだが、見た目は20代前半ぐらいだ。


 腰まで届く、漆黒の髪。

 目は昼間の猫のように、瞳孔が縦に細い。

 豊満な肉体を覆うのは、体にぴったりとした革のスーツ。その材質は、なんとヘビの革だ。


 ヘビは神聖な動物である。その革をこのように利用するとは、決して許されることではない。


 ヘビ革スーツの女はスックと立ち上がると、木の陰にいる者に向けて、冷たい声で語りかけた。


「おまえの匂いには覚えがあるのう。姿を見せよ」


 ダダッと地面を蹴る音がした。

 殺すなどと言われては、逃げるのが当然だ。

 だが――、


「逃がさない」


 ミリエールが素早く弓に矢をつがえ、闇に向かって放った。

「ウグッ」というくぐもった悲鳴とともに、地面に倒れ込む音がした。


「足の腱を射貫いぬいたから、もう走れない」


 ミリエールは淡々と言った。


(この暗闇の中で、狙ったところに矢を当てたのか。まさに神業だな)


「キャッピー、そいつをここに連れてこい」

「かしこまりました、御主人様!」


 キャッピーはデュランの命令に応え、サッと闇の中へ駆けていった。

 そしてすぐに戻ってきた。その両腕には男を抱えている。


 自分よりはるかに大きな男を運んでくるとは、尋常な力ではない。

 男は逃れようともがくが、キャッピーはがっちりと捕まえて離さなかった。


「無駄な抵抗はやめてくださーい!」


 彼女はそう言って、男を地面に投げ捨てた。

 王家軍のサーコートを着た、若い男だ。くるぶしには矢が突き刺さっている。


 男はデュランを見上げ、悔しそうににらみつけてきた。


(俺をつけていたのは、やっぱりこいつだったか)


「おまえが俺のことを怪しんでるのは、ずっと前から知ってたさ。だから、そろそろなんとかしなきゃと思ってたんだ」


 なんとかするというのは、殺すことも選択肢に入っている。

 さっきヘビ革スーツの女が言ったことは、まさにその通りだった。


「デュラン、こんなところに怪しげな女たちを集めて……何を企んでいる!」


 気丈に言い返したのは、『鉄壁』の異名を持つ、デュランの同期生の1人。

 先の反乱軍討伐においては、共に戦った将校。


 ロセスだった。

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