95.ペルテ共和国の政局
ここはペルテ共和国の首都アウリーフ。
13人委員会の委員であるウルガンは、大評議会議事堂の屋上から夜の街並みを眺めていた。
魔王ウルガンの名の通り、彼の外見は恐ろしい。
頭には羊のツノ、背中にはコウモリの翼、そして闇に赤く光る瞼のない目。
遠い昔、悪魔族はその強大な魔力によって世界を滅ぼそうとした。その王の血を、彼は色濃く受け継いでいる。
とはいえ今の悪魔族は他種族と同様、蛇神ムーズを信仰するジャラン教徒だ。
だから当然、魔法も使えない。龍神ビケイロンの眷属である精霊と、契約するはずがないからだ。
ウルガンは穏健な政治家として、8つの種族が共存する共和国の発展のために力を尽くしていた。
そんな彼に寄り添って立つのは、秘書のノクティアだ。彼女も悪魔族である。
露出の多い薄衣をまとった美女だが、よく見ればその長い髪はウネウネとうごめいている。髪の毛の1本1本が、ヘビなのだ。
「魔王様、ここからの景色はいつ見ても絶景ですね。夜だというのに、街はたくさんの明かりで光り輝いています。このような光景は、貧しいサーペンス王国では決して見られないでしょう」
燃料は高価なので、よほどの金持ちでなければ夜は明かりを灯さない。
「共和国内でも、こんな光景は首都だけだ。首都の繁栄は、地方の住民の犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならぬ。
それにサーペンス王国は決してあなどれない。誰もが君主制を時代遅れだと思っているが、名君が誕生した場合は、あっという間に強大な国となる」
ウルガンは恐ろしい見た目に似合わず慎重で、国民を思いやる心も厚い。
「はい。ですがラッセルが王である間は、そのようなことにはなりません。無謀な遠征をしようとして、諸侯たちに反乱を起こされるような愚物ですから」
「しかし王家はその反乱を、ほとんど損害を出さずに鎮圧した。まさに圧勝だ」
「それは王の指導力というより、マケランを筆頭とする軍人たちの能力によるものでは?」
「そうだな。我々はアドリアンとガルズの警告を、もっと深刻に受け止めるべきだったかもしれぬ」
アドリアンとガルズは、以前に王国に侵攻した際の遠征軍の指揮官だ。その時はレイシールズ城でマケランに撃退されている。
現在の彼らは、リザードマン虐待と民間人への危害の罪により収監中である。
「アドリアンとガルズは法廷でも言っていた。マケランが大軍を率いて攻めてくるようなことがあれば、大変なことになると」
「やはり王国をこのまま放置するのは危険ですね。王家と諸侯が戦っている時が、再び王国に侵攻する絶好の機会だったのですが……」
「皆、今はそれどころではないようだ。ベルナール総統も評議員たちも、次の選挙のことしか考えていない」
大評議会の議員を選出する選挙、そしてそれに続く総統選挙は、5年に一度行われる。その時期は、もう3か月後にせまっていた。
「はい。総統は首都にいないことが多いようです。今度の選挙は、今までとはまったく勝手が違いますからね」
今までの選挙は、首都の住民だけが投票権を持っていた。国土が広いため、地方の住民の票まで集計することは、技術的に難しかったからだ。
しかし今回から、すべての国民が投票することになった。
官僚組織の発達により、それが可能になった――というのが大評議会の判断だ。
(地方票が加われば有利になると考え、仕組んだ者がいるのだろうな。私は選挙活動をする必要がないから、楽なものだ)
自分とは異なる種族の候補者に投票する者も今は珍しくないが、悪魔族だけは他種族からの票は期待できない。過去の悪行のせいだ。
その代わり悪魔族の票は、ウルガンが完全にコントロールできていた。
現在、大評議会における悪魔族の評議員は、ウルガンを含めて3人だ。
450の議席のうち、たったの3議席である。
ウルガンがその気になれば、もっと議席数を増やすことはできる。
だが悪魔族が他種族から恐れられていることを考慮して、あえて3議席にとどめていた。
「今回の選挙は、結果が出るまでかなりの時間がかかるだろうな」
「それにしても農民はともかく、森で狩猟採集生活を送っているような者にまで投票させるのは、かなり無理がある気がします。あの者たちは世俗と関わることをしません。自分が国家に所属しているという自覚さえないでしょうに」
「だからこそ、この選挙をやる意義があるのですよ。真の意味での国民を増やす絶好の機会ですからね」
色気のある、しかしどこか傲慢な青年の声が屋上に響いた。
ウルガンが振り向くと、そこにいたのはエルフ族のルシアン評議員だ。
エルフ族には美形が多いが、ルシアンはその中でも別格だ。
長い銀髪は月光を受けて淡く輝き、その顔立ちは彫像のように整っている。見る者に恐怖さえ感じさせるほどの美しさだ。
彼はこう見えて300歳を超えるが、エルフの評議員としてはかなりの若手である。
「ルシアン殿か。今回の選挙改革は、エルフ族が勢力を伸ばす絶好の機会のようだな」
先ほどノクティアが言った「世俗と関わらず、森で狩猟採集生活を送っている者」と聞いて、誰もが思い浮かべるのはエルフだ。
エルフはプライドが高く、多種族と接するのを好まないのである。
「ウルガン殿、私はエルフの評議員を増やしたいわけではありませんよ」
「ああ、そうだったな。君が望んでいるのは、統一党の議席増加だ」
統一党は共和国の政党の1つで、ルシアンはその党首である。
武力によってサーペンス王国を征服することを党是としており、種族の壁を越えて多くの支持者がいる。
「森に住むエルフは、王国との戦争には興味がないのではないですか?」
だから統一党を支持する理由がない、とノクティアが指摘した。
「そうとも限りませんよ。森のエルフは都市のエルフと違って堕落していませんからね。しっかり説明すれば、統一党の政策こそが共和国に必要だと理解してくれるでしょう」
「戦争が必要だと?」
「少なくとも首都の住民はそれを望んでいました。だからこそベルナールは世論におもねって、王国への遠征を決めたのです。
しかしその遠征は失敗し、ベルナールは政治的に多くのものを失いました。彼を党首とする協和党は、議席を大きく減らすでしょうね」
「だからといって、統一党が与党になれるとも思えぬがな」
ウルガンは素っ気なく言った。戦争に対して慎重な彼にとって、統一党の方針は決して受け入れられないものだ。
「そこであなたにお願いがあるのですよ」
「なんだ?」
「総統選挙において、悪魔族の評議員は私に投票してください」
ペルテ共和国の国家元首である総統は、450人の評議員による間接選挙で決まる。
悪魔族の3人の評議員は無所属だが、これまでは協和党の党首に投票してきた。
「君は総統になりたいのか?」
「当然です。あなたは違うのですか?」
「私はそんな大層な地位につきたいとは思わない」
「なぜですか?」
「私は自分が愚かなことを知っているからだ。悪魔族の権利を守るため、やむを得ず評議員にはなった。だが総統など務まるはずがない」
「ふっ、あなたが愚かなはずはないでしょう。謙遜も過ぎると嫌みに聞こえますよ。とはいえ、確かに上に立つ気概のない者には国家元首は務まりませんね」
「ルシアン殿が総統になったら、やはり王国に攻め込むのですか?」
ノクティアが問いただした。彼女の髪のヘビたちは、ルシアンを警戒するように鎌首をもたげている。
「もちろんです。ベルナールがやったような中途半端な侵攻ではなく、共和国の総力を挙げて戦うことになるでしょう」
「ならば、君を総統にするわけにはいかない」
ウルガンはきっぱりと答えた。「君は戦争をしたくてたまらないようだが、負けたら国民がどんな悲惨な目に遭うか、想像してみてほしい」
「負けるわけがありません。王国は、まともな迎撃軍を編成することすらできないでしょう」
「なぜ、そんなことが言えるのだ?」
「これから王国で内戦が発生するからです。この間の北部諸侯の反乱よりも、はるかに大規模な内戦です」
(この男は何を言っている?)
首をかしげるウルガンに対し、
「私はすでに、王国内に争いの種をまいておきました。その種が、そろそろ芽吹く頃合いです」
ルシアンは妖艶な笑みを浮かべて答えた。




