94.ユニコーンの乙女たち
「お断りいたします」
マケランは即答した。
「またですか」
メロディアは眉をひそめた。
以前にヒャンの後見人になるよう頼まれた時も、即座に断っている。
もちろん失礼は承知の上だ。
「ご期待に添えず、申し訳ございません」
「理由を聞かせてもらいましょうか」
「ユニコーンの乙女たちの私に対する恨みは、海よりも深いはずだからです。私はユニコーン騎兵隊と戦い、多くの騎手とユニコーンを殺しました」
(あれは戦いというよりも……一方的な殺戮だったな)
「あなたは自分の仕事をしたまででしょう」
「もちろんそうですが、仲間を殺されれば恨みを抱くのは当然です。それに私は彼女たちの主君であるノクトレイン女公に対し、大きな屈辱を与えてもいます」
「女公をわざと逃がし、反乱軍の内部分裂をねらった件ですか。あれは後世まで語り継がれるであろう、あざやかな軍略です。
でもやられた方は、確かにこれ以上ない屈辱ですね。女公に心酔していた乙女たちは、さぞ憤っていることでしょう」
「はい。私を恨んでいる者が200人も軍に加われば、他の兵士たちにも悪影響を与えます」
ユニコーン騎兵は元々は500騎いたが、現在は200騎に減っている。
生き残った人数はもっと多いのだが、乗り手とそのパートナーのユニコーンの両方が無事でなければ、戦力にはならない。
ユニコーンは主人と認めた人間以外を背に乗せることはないからだ。
「それでもあなたなら、彼女たちの心を開くことができると思うのですが」
「私を高く評価してくださるのは、とても光栄です。でも残念ながら、私はそこまで優れた指揮官ではありません」
メロディアは大きくため息をついた。
「どれだけ勝っても謙虚なままというのは、常人にはない美徳です。ですが、あなたはもう少し自信を持ってもいいのではないですか? 私の見るところ、あなたはこの国で――いえ、世界で最高の軍事指揮官です」
「そんなことはありません。私より優れた軍人はいくらでもいます」
「そうですか。ではその者を私に紹介してください。200人のユニコーン騎兵を従える力を持つのは誰ですか?」
(くっ、うまく誘導されたな。さすがにこの人は油断がならない)
自分より優れた指揮官を、何人も知っているようなことを言ってしまった。発した言葉には責任を持たねばならない。
(あのユニコーンの乗り手たちを従えられるような将校というと……)
マケランの頭に、1人の人物の顔が浮かんだ。
―――
ユニコーンの乗り手たちが監禁されているのは、王都の捕虜収容所内の大部屋だ。
ストラティスラは手にした鍵でその部屋の扉を開け、1人で中に入った。
その途端、大量の乙女たちの体から発せられる酸っぱい匂いでむせ返りそうになる。
200人を超える女たちは、堅い床の上に敷かれた藁布団の上で、思い思いに座ったり寝転んだりしていた。
そんな彼女たちの視線が、突然入ってきたストラティスラに集中する。
決して好意的な視線ではない。むしろ敵意さえ感じる。
しかし、今まで荒くれ者の男たちを指揮し、ドラゴンとさえ対峙したことのある彼女にとっては、どうということもない。
(みんな若いわね。学校の先生になった気分だわ)
じっくりと観察するストラティスラのところへ、勝ち気そうな女が近づいてきた。
「あんた、王家の将校のストラティスラだね。こんなところになんの用?」
「へー、私のことを知ってるのね」
「階級章付きのサーコートを着てる女なんて、他にいるはずがないだろ」
「どう? かっこいいでしょ。中尉になったばかりなの」
ストラティスラは自慢げに、胸の階級章を示した。
「どうでもいいよ。何しに来たかって聞いてるんだ」
「私もようやく自分の軍団を持てるようになったの。だからあなたたちにも加わってもらうわ」
「断る」
女は即答した。
「あなたはノクトレイン女公の副官だったカタリナね?」
ストラティスラが名前を言い当てると、女は驚いた顔をした。
「よくわかったな」
「全員の意見を代弁したということは、あなたがこの隊のリーダーだということ。そんな立場になれるのは、女公の腹心だった人間だと考えるのが自然でしょ?」
カタリナは感心したようにニヤリと笑みを見せた。
「ああ、私がカタリナだ。じゃあ改めて、ここにいる全員の総意として言ってやる。私たちは誰の部下にもならない」
「それじゃあ、死ぬまでここから出られないわよ」
「主君の仇に仕えるぐらいなら、死んだ方がマシさ。さっさと殺しな」
「あなたたちが死ねば、残されたユニコーンは悲しむでしょうね」
ユニコーンのことを指摘すると、カタリナの整った顔が悲痛にゆがんだ。
「あいつらはどうしてる?」
「馬の扱いに慣れた処女たちが世話をしているわ。みんな元気なようだけど、ずっと馬房にいて退屈そうね」
「ずっと馬房に閉じ込めてるのか!? 走らないことが、ユニコーンにとってどれほどのストレスになるか知らないのか!」
「乗りこなせる人間がいないんだから仕方ないでしょ。一度でも主人を得たユニコーンは、もう野生に戻ることはできないし」
「くっ……」
「このままでは、あの子たちも殺されることになるでしょうね」
カタリナは顔に憤怒をみなぎらせ、ストラティスラのサーコートの胸の部分をガシッとつかんだ。
「ふざけるな! そんなことが許されると……ぐぁっ!」
ストラティスラは相手の手首をつかみ、グイッとひねりあげた。カタリナは声にならない悲鳴を上げる。
「ふざけているのは、あなたの方よ」
そして、がら空きになった相手の脇腹に拳をたたき込む。
カタリナは口から吐瀉物をまき散らしながら、床に崩れ落ちた。
「カタリナさん!」
「てめえ、やりやがったな!」
「こんなことをして、覚悟はできてるんでしょうね!」
全員が立ち上がり、怒声を浴びせてきた。
しかしストラティスラには、ヒヨコがピーピー鳴いているようにしか見えない。
「黙れっ!!」
一喝すると、ヒヨコたちは一瞬で静かになった。
「あなたたちは王家に反逆した大罪人! 何をされても文句を言う資格はないっ!」
ストラティスラの迫力に圧倒され、女たちはおびえたように顔を伏せた。
「ケホ……ケホ……、くそ、所詮おまえたちは、暴力で相手を黙らせることしかできない」
カタリナは口元を袖でぬぐい、上体を起こした。「閣下はそんな王家の横暴を正すために立ち上がった。たとえ敗れて処刑されたとしても、閣下の崇高な意志は生き続ける……」
(この子たちは……まっすぐすぎる)
ここにいる乙女たちは、社会に出ることも家庭を持つこともない。
閉ざされた世界の中で生き、仲間やユニコーン以外と接することはほとんどない。
だから世間を知らず、主君であるノクトレイン女公を盲目的に信じている。
しかし、先に暴力に訴えてきたのは女公の方なのだ。
「まるで自分たちが100パーセント被害者だとでも言いたげね」
「なに?」
「私はあなたたちに、誰よりも大切な家族を殺された」
「…………」
カタリナは黙り込んだ。他の女たちも同様だ。
「正直に言うと、憎くてたまらない。今すぐにあなたたちを地面に寝かせて縛り付け、その上に大岩を転がして圧し殺したい気分。
でも、さっきの一発で許してあげる。彼は決してそんなことを望まないから。
死んだ者は生き返らないし、生きている者は社会の役に立たなければならない。
あなたたちは生き残った。ユニコーンを乗りこなすという、誰にもない技術も持っている。
ならば、その技術を与えてくれたノクトレイン女公のためにも、生きて戦いなさい」
カタリナは立ち上がり、再びストラティスラと向き合った。
「憎くてたまらない私たちを、部下に加えるってのか?」
「ええ、そうよ。私には力が必要だから。弱者が虐げられない国をつくるための力が」
「弱者が虐げられない国だって?」
「それが私が軍人になった理由なの」
ストラティスラは幼いころ、住んでいた村が略奪を受けた。
だからこそ、ノクトレイン女公が行った戦略的略奪を許せなかった。
軍とは、理不尽な暴力から弱き民を守るものでなくてはならない。
「あなたたちも軍人なら、私の理想のために力を貸してくれないかしら?」
彼女はニッコリと笑って、手を差し出した。
カタリナはストラティスラの顔をじっと見つめる。その目はとまどいを隠せず、揺れ動いていた。
ここにいる女たちが下層民の出身であることは、調べがついている。
彼女たちがユニコーン騎兵になったのは、そうしなければ生きられなかったからだ。
貴族や資産家として生まれ育った女が、世間に交わることなく、ユニコーンと共に戦場で死ぬ人生を選択するはずがない。
つまり彼女たちは、まぎれもない弱者だった。
だが、今は違う。
カタリナは仲間たちの顔をながめまわす。一心同体の彼女たちは、それだけで心を通じ合えるのだろう。
「ユニコーン騎兵を使いこなすのは難しいぞ」
やがてカタリナは、決意を込めた目で言った。
「私を誰だと思ってるの?」
「ふっ、そうだったな。あんたは『常勝』のストラティスラだ」
彼女はストラティスラの手を、しっかりと握った。
主君の命令ではなく、自ら下した初めての重大な決断だ。
「私たちは王家のために戦うつもりはない。だが――あんたのためなら戦ってやる」




