91.戦争議論
エルギンは後ろ手に縛られたまま、地面に座らせられた。
(こんな形で再会することになるとはな……)
マケランたちはそんな彼を、複雑な表情で見下ろしていた。
彼は裏切り者ではあるが、かつては共に学んだ仲間だったのだ。
「まず聞かせてくれ。君はなぜ王家を裏切り、反乱軍に味方した?」
最初に問いかけたのは、リンクードだ。
エルギンは顔を上げると、不敵に微笑んだ。
「ストラティスラさんには以前に話したことがありますが、私が戦う目的は、自分が最高の戦術家であることを世間に知らしめることです。そのためなら、仕える相手は王家でも諸侯でも構わないのですよ」
「そんなくだらないことのために……!」
ロセスが拳を握りしめ、非難する。「平民出身である私たちが将校になれたのは、王家が学費を出して、王立士官学校で学ばせてくださったおかげです。その恩を忘れたのですか!」
「ロセスさん、心にもないことを言わないでください。私たちが王家の将校として働いている理由は、恩義でも忠義でもありません。それが仕事だからです。
騎士とは違い、王に忠誠を誓っているわけではないのですよ。あなたは王のために死ねるのですか?」
「それは……」
「『忠士』の異名を持つカードさんのような例外を除いて、私たちはいつもラッセル王を批判していましたよね? もっとよい主人が見つかれば、仕える相手を変えるのは当然ですよ」
(よくもまあ、はっきりと言うものだ)
マケランとて、王のために死んでもいいとまでは思っていないが、恩義は感じている。他の相手に仕えるなど、とても考えられない。
「反乱軍に与したことはまだしも、民間人に危害を加えたことは絶対に許されないわ」
ストラティスラが指を突きつけた。「王領の町や村への略奪は、参謀であるあなたが提案したことでしょう」
「すべては勝利のためですよ。戦争で人が死ぬのは当然でしょう? あなたのかわいがっていたブリエン君だって、犠牲になっています」
「話をすり替えないで。私は民間人への危害について話してるの。ブリエンは民間人じゃなかった」
「ですが兵士でもなかったですよね? ブリエン君はあなたのペットとして戦場に連れてこられただけです。彼も主人を選ぶことができていれば、今ごろ元気に走り回っていたかもしれませんねえ」
「あなた……!」
ストラティスラは声を震わせ、エルギンにつかみかかろうとしたが、
「落ち着け。相手にするな」
リヴェットにガシッと肩をつかまれると、歯をくいしばってこらえた。
「エルギン、戦争で人が死ぬのは当然という考えには、私はうなずけない。殺人は結果であって、目的ではないからだ」
代わってリンクードが冷静に反論した。「戦争とは、政治的目的を達成するための手段だ。その目的を達成できるなら、無理に血を流す必要はない」
軍人が軍事的目的で行動すると、殺人が目的になってしまう危険がある。だから政治家が戦争を主導しなければならない。
――これは士官学校時代から、リンクードが主張していたことだ。
「戦争は政治的手段の1つ――ああ、それがあなたの持論でしたね。実に興味深い理論ですが、マケランさんはどう思いますか?」
(なぜ、ここで俺に振る?)
士官学校ではあるまいに、ここで戦争の本質について議論するのは場違いな気がする。
とはいえエルギンは間違いなく処刑されるだろうから、彼とこんな話をする機会は2度とない。
「戦争は政治的手段の1つという考え方は、理想ではある。政治が成熟すれば、将来はそうなるのかもしれない」
マケランはメガネの位置を直してから、慎重に答えた。
「だが、現状はそうなっていない。政治的目的を達成するためではなく、正義のため、名誉のため、神のためといった感情的――あるいは非合理的な理由によって戦争が行われている。今回の北部諸侯の反乱も、結局のところは感情だった。
ペルテ共和国は政治家が理性的判断で戦争を行っているように見えるが、実は好戦的で愛国的な国民の期待に応えるために他国に侵攻している。これは理性ではなく、やはり感情によるものだ」
(デュランは以前の軍議で、人間は本能的に戦争が好きだと言った。認めたくはないが、一理あるかもしれない)
「ラッセル陛下が共和国への遠征を決めたのも、『やられたから、やり返す』ってだけの子どもっぽい理由だったよな」
王を批判するようなことを言ったのは、そのデュランだ。
「仮に政治的目的があったとしても、それは現場で戦う軍人にとってはどうでもいいことです」
エルギンは吐き捨てるように言った。「政治的目的とやらが達成されたところで、それが死んでいく兵士にとって何の意味があるのですか?」
「だから君は、自分のために戦ったというのか?」
「そのつもりでした。でもマケランさん、あなたのせいで思うようには戦えませんでしたよ。王や諸侯には、決して合理的な判断などできないことがわかりました。だから私たちのような士官学校を出た将校が、奴らに代わって戦争を主導しなければならないのです」
「とんでもないことだ」
マケランは強い口調で反論する。「軍人に任せると戦争の規模が際限なく拡大し、終わらなくなるぞ。軍人は戦場で兵士を指揮する役割にとどまるべきだ」
他の同期生たちもうなずいているが、
「俺たちが戦争を指揮するってのは、悪くないな。ワクワクする」
デュランだけは、エルギンに賛成した。
「おやおや、まさか『蛆虫』さんだけが私の言葉を理解してくれるとは」
「その呼び方はやめろ」
デュランがサッと剣を抜き、エルギンの顔に突きつけた。
信じられない行動に、誰もが息をのむ。
いつも飄々としていたデュランが、こんな冷たい表情を見せたのは初めてだ。
(あるいは、これが彼の本質か?)
マケランは他の者たちよりはデュランのことをわかっているつもりでいたが、まだまだ知らない顔があるのかもしれない。
「おいデュラン、何をしている! 剣をしまえ!」
リンクードが叱責するが、デュランはそのまま話を続けた。
「士官学校を出た将校なら誰でもいいってわけじゃない。おまえのような奴が戦争を指揮すれば、マケランが言ったようなことになるだろうさ。たとえ軍人であっても、政治的な目的は持ってなきゃな」
「へえ? ではあなたなら、どんな政治的目的で戦争をするつもりですか?」
エルギンは剣を突きつけられたまま、まったく動じずに問い返した。
「そんな重要なことを、この場で言うつもりはない」
(なに?)
これではデュランは、政治的な目的のために戦争をしたいと認めたようなものだ。一介の武官が考えるべきことではない。
「それじゃあデュラン君は、自ら戦争の指揮をとりたいと本気で思っているのかい?」
タマナブリが問いただした。
「思っているだけなら罪にはならないだろ?」
「フッ、そのとおりさ。だが誤解を招くようなことは言わない方がいいぜ。ここにはおれたちだけじゃなく、兵士たちもいるんだからな」
「そうだな」
「それと、剣もしまったほうがいい」
「……ああ、わかったよ」
デュランが素直に剣を収めたので、周囲にホッとした空気が流れた。
「ウヒャヒャヒャヒャッ!」
だがそんな空気をかき消すように、聞き慣れたエルギンの高笑いが響いた。
「なるほど、あなたは扱いの難しい騎士たちを巧みに指揮し、王家軍による戦略包囲に貢献しました。ドラゴンを倒したという話も、とりあえずは信じるとしましょう」
「そりゃどうも」
「だが気の毒なことに、そのせいで少々思い上がっているようです」
「なんだと?」
エルギンの挑発的な言葉により、デュランの目つきが再び剣呑さを帯びる。
しかしエルギンは張り詰めた空気を無視するように、不敵な笑みを浮かべて続けた。
「これは私自身のことでもあるのですが、人は自信過剰になると周りが見えなくなるようです。私は自分の力を信じるあまり、マケランさんやアルタバインさんのような天才にも勝てると思ってしまった。――でもそれは錯覚だったんですよ。
今のあなたからは、私と同じにおいがしますねえ。戦争が大好きで、自ら戦争を指揮できると思えるほど、自分に自信を持つようになりました。ですが私の見たところ、あなたは落ちこぼれの蛆虫のままですよ。このままではいずれ――」
閃光のように剣が走り、次の瞬間、赤い血が噴き上がった。
「その呼び方はやめろと言ったはずだ。今の俺は『龍殺し』だ」
『黒龍』の異名を持つエルギンの頭が、ゴロンと地面に転がった。




