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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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90/99

90.圧勝

 王家軍は兵力でこそ劣っていたが、数に勝る反乱軍を相手に全周包囲を完成させた。


 前衛の兵士たちは隙間なく陣を組んで囲み、内側の敵に長槍を突きつけている。マケランの号令一下、一気に殲滅にかかる態勢だ。

 反乱軍に略奪された町の惨状を見ている兵士たちは、怒りに燃えていた。


 対する敵兵は狭い範囲に押し込められているため、体勢を変えることさえ容易ではない。

 まさに圧勝だ。


「おうマケラン、おまえの言ったとおりの圧勝だったな」


 ガラガラが馬を寄せ、朗らかに声をかけてきた。


「はい、あとは向こうが降伏してくれるかどうかです」

「降伏するしかないだろ、この状況じゃ」

「まともな指揮官なら、そう判断するでしょう」

「え? それじゃ、まともじゃない指揮官だったら?」

「全滅覚悟で特攻してくることも、あり得なくはありません。人間は合理的に判断するとは限らないのです」


 ガラガラの笑顔が消え、場の空気がわずかに張り詰めた。

 マケランは敵が降伏しないことに気を揉んでいた。


(総司令官が1人なら、とっくに降伏しているはずだ。ノクトレイン女公とアリンガム公が牽制し合っているせいで、すぐには決断できないのかもしれない)


 勝敗はすでに決している。にもかかわらず、これ以上の戦死者を出すわけにはいかなかった。


“君のお父さんは、必ず助けてやる”


 略奪を受けた町で、少年と交わした約束を思い出す。

 少なくとも王領の民兵だけは、なんとしても助けねばならない。


「王領の民たちよ! 俺は王家軍の総司令官、マケランだ!」


 マケランは声を張り上げ、反乱軍の民兵たちに呼びかけた。


「君たちが家族を人質に取られ、やむなく反乱軍に加わったことは知っている! だが、君たちの家族はすでに我々が保護した! だからもう戦う必要はない!」


 民兵たちは、「オーッ!」と歓声を上げた。


「そうか……俺の家族は助かったんだ!」

「じゃあ、もう戦わなくていいんだな……」


 安堵の吐息が漏れたのも束の間、誰かが怒りをぶちまけると空気は一変する。


「いいや、俺たちをこんな目に遭わせた奴らを許すわけにいかねえ!」

「そうだ! そうだ!」


 荒ぶった民兵たちは、諸侯の兵士たちに剣を向けた。

 これで反乱軍は外から王家軍に、内から民兵に挟撃されることになった。


 この状況で降伏しなかったとしたら、さすがに救いようがない。


「マケランよ、我々は降伏する!」

「もはやこれまでだ! 全員武器を捨てろ!」


 セレーネとアリンガム公は、ほとんど同時に降伏を宣言した。

 最後の最後になって、ようやく意見が一致したのである。


 北部諸侯たちの反乱は、ここに終結することになった。




 8人の北部諸侯たちは腰縄で拘束され、地面に座らせられた。

 大貴族である彼らには屈辱だろうが、王家軍の圧勝を印象付けるためには必要な措置だ。


(気が進まないが、俺も勝者として威圧的に振る舞わないとな)


「王家に対して反乱を起こせば、こうなるということです」


 マケランは堂々と胸をそらし、彼らを見下ろした。隣にはガラガラと、その護衛のマクドールもいる。

 ピットには兵士の手伝いを命じたので、ここにはいない。


「わ、我々は諸侯だぞ! こんな扱いは無礼であろう!」


 バーシー公が震える声で文句を言った。


「見苦しいぞ。我々は敗者なのだから、どんな扱いをされても文句は言えぬ」


 アリンガム公はバーシー公をたしなめてから、隣のセレーネに目を向けた。「だがどうせなら、以前に女公を捕らえた時も、縛って拘束してくれていたらよかった」


 マケランはセレーネをわざと逃がすことで、反乱軍の指揮系統を混乱させた。

 エルギンがそれを指摘した時、彼らは信じなかったが、今となっては認めざるを得なかった。


「私はいいように操られていたということか……」


 セレーネは悔しげにマケランを見上げた。「マケランよ、それだけの才覚がありながら、なぜラッセルごときのために戦うのだ?」


(女公は相当ショックを受けているな)


 自信に満ち溢れていたころの彼女に会ったことがあるだけに、マケランは同情を禁じ得なかった。


(やはり高圧的な態度を取り続けるのは、俺には無理だ)


「私は王家に仕える武官ですから、国王陛下のために戦うのは当然です。それに王領の住民を守る義務もあります」


 マケランは礼儀正しく答えた。


「そ、そうだぞ。おまえらは罪のない住民を殺した。若い男を無理やり反乱軍に加え、戦わせようともした。なんてひどい奴らだ。残された子どもの気持ちを考えたことがあるのか!」


 ガラガラは諸侯たちを厳しく糾弾した。

 だが彼らにギロリとにらまれると、マケランの後ろにさっと隠れた。


「ガラガラよ、我々は王家に道徳を説かれるいわれはない」


 アリンガム公が言い返す。「共和国に侵攻された時、ラッセル王は我ら北部諸侯に対し、町や村を焼き捨てるよう命令した。そのことを忘れたのか?」


「そ、そうだけどよ……」


「陛下は住民に危害を加えることまでは命じませんでした」


 口ごもるガラガラに代わって、マケランが反論した。


「それはそうだ。だが焼き払えと命じられた村には当然住民がいた。彼らは命は失わずとも、家と故郷を失うことになる」

「もちろん陛下の判断がすべて正しいと申し上げるつもりはありません。共和国への遠征に参加するよう命じられたことは、閣下たちには不満だったことでしょう。ですがその不満は、言葉によって訴えるべきでした。反乱を起こしたことは、どんな理由があろうと正当化できません」


「そ、そのとおりだ。結局おまえらが王家にケンカを売ったのは、自分が王になりたかったからだろうが」


 ガラガラがマケランの後ろから顔を出し、再び諸侯たちを問い詰めた。


「否定はせぬ」


 アリンガム公が答えた。


「え? 否定しないの?」

「先代のタイパン王のような、英明で情に厚い方が王であれば、私は臣下として王家を支え続けた。しかしラッセルのような人の気持ちがわからぬ王には、これ以上従う気にはなれぬ」


 セレーネを始め、他の諸侯たちもうなずいた。これにはガラガラもショックを受けている。


「親父はそんなに嫌われてたのか……」

「ラッセルだけではない。たとえ王の行いに我慢ができずとも、優秀な跡継ぎがいれば次代に期待することができた。だが、君のような愚か者が王太子ではな」

「うう……そんなはっきり言わなくてもいいじゃねえか。俺様だってなりたくて王太子になったわけじゃねえのに」


 ガラガラは力なく地面に座り込んだ。すぐにマクドールが肩に手を置き、なぐさめている。


(打たれ弱いな)


 情けないとは思うが、王と王太子を侮辱されて黙っているわけにはいかない。


「ラッセル陛下は笑うことがないので冷酷な人間と誤解されやすいですが、冷徹に見える判断も、すべては国のためを思えばこそです。

 そしてガラガラ殿下は愚か者ではありません。今回の遠征では王の名代として討伐軍を率い、立派に反乱を鎮められました」


「マケランよ、実際に指揮をとっていたのはおまえだろう。ガラガラは何もしていないはずだ」


 セレーネが指摘した。


「でも、それがよかったのです」


 マケランはなんとか弁護を試みる。「名目上の総司令官である殿下が口を出せば、私と意見が対立し、指揮系統が乱れるおそれがありました。――まさに閣下たちのように」


「くっ……」

「ですが殿下は私にすべてを丸投げし、見事に何もしませんでした。それこそが王の器ではないでしょうか」


 本当は、兵士を鼓舞するぐらいはしてほしかった気もする。だが、ガラガラにそれを期待するのは高望みというものだろう。


「何が王の器だ。その男は無責任で怠け者なだけだ」


(まったく同感だ)


「話はここまでにしましょう。ルーシー、諸侯たちを連れていけ」

「はっ」


 兵士たちが8人の諸侯を引っ立てていった。彼らは王都へ護送されることになる。


「なるほど、何もしないことが王の器なんだな」


 ガラガラは納得したようにうなずいた。「じゃあ、後のことはおまえに全部任せるぜ。ああ、今日はもう飲んで寝よう」


 ガラガラは疲れた様子で、マクドールと共に去って行った。

 入れ替わるようにして、花の第8期の指揮官たちがやってきた。

 ストラティスラ、リンクード、デュラン、タマナブリ、ロセス、そしてリヴェットだ。


「マケラン、これからあいつを尋問するんでしょ? 私たちも同席させてもらうわ」

「なぜ彼がこんなことをしたのか、直接問いただしたいからな」

「わかった」


 ストラティスラとリンクードの言葉に、マケランはうなずいた。

 しばらくして彼らの前に、後ろ手に縛られた男が引っ立てられてきた。


「ウヒャヒャヒャヒャッ。懐かしい顔がそろっていますね。そんなに私の惨めな姿を見たかったのですか?」


 ふてぶてしい高笑いと共に現れたのは、エルギンだ。足取りもしっかりしている。

 だがマケランの目には、それが虚勢に見えた。

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