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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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89.凡なる1将は、非凡なる2将に優る

「――というわけで、火事の混乱に乗じて私は黒蛇軍団の宿営地を脱走してきた」


 緊急軍議の席で、セレーネは居並ぶ諸侯たちに向かって経緯を説明した。

 その態度には敗北のショックも長駆の疲れも感じられない。雪辱への強い意志がみなぎっていた。


(まさかノクトレイン女公が戻ってくるとは……)


 エルギンは意外な成り行きにとまどっていた。

 あのマケランが捕らえた敵将を逃がすような失態をおかすとは、信じがたい。


「負けたのは残念だったが、無事に戻ってこれたのは何よりだ」


 アリンガム公がセレーネをねぎらった。


「うむ。貴公こそ私がいない間、よく反乱軍をまとめてくれた。それで今後の方針だが――」

「次はデュランとかいう将校が率いる、王家の騎士軍団と戦うことに決まった。さっそくだが、ノクトレイン家も出陣の準備にかかってくれ」


 当然のように言うアリンガム公を、セレーネはキッとにらみつけた。


「総司令官である私を差し置いて、そのようなことを決めてもらっては困る。次は全軍で黒蛇軍団を攻撃し、捕虜となったユニコーン騎兵を解放しなくてはならない」

「私は総司令官だ。軍の方針の決定権は私にある」

「それはあくまでも、私がいない間の代理だったはずだぞ」

「そうだ。だが貴重なユニコーン騎兵を失う羽目になったのは、貴公の軽率な行動のせいだ。その責任は取らねばならない」


 アリンガム公はセレーネが戻ってこないと判断し、すでに自分が総司令官になったつもりでいた。

 人間は一度手に入れたものを失うことには、強い心理的抵抗を感じるのである。


(こいつらはバカなのか? 今は味方同士でもめている場合ではないだろうに)


 エルギンはいら立ち、思わず舌打ちをした。


「そんなことを決める権限はおまえにはない! 私を若輩者とあなどるな!」


 セレーネは激しい剣幕で言い返した。


「年齢はともかく、総司令官はもっとも実力がある者でなければならんのだ! 今の貴様にそんな力はない!」


 普段冷静なアリンガム公までが、熱くなっている。


(そうか……女公が負けたことで力関係が変わったということか)


 以前セレーネは500騎のユニコーン騎兵を自ら率いて、3万の王家軍を潰走させるという大功を挙げた。

 ユニコーン騎兵こそが、反乱軍の切り札だった。

 だからこそアリンガム公を含め、誰もがセレーネを総司令官と認めたのだ。


 しかし今のセレーネは、そのユニコーン騎兵を失っている。

 だからもう総司令官にはふさわしくない、というのがアリンガム公の考えだ。


 だがユニコーン騎兵を失ったとはいえ、ノクトレイン家の兵力はいまだアリンガム家に劣らない。セレーネが納得できないのも当然だ。


 両家とも家格が高いだけに、領主としてのプライドも高い。どちらも譲る様子がなかった。

 強力な2人の諸侯の対立に、他の諸侯たちはオロオロするばかりだ。


(なんてバカな奴らだ……味方同士で争っていたら、敵の思うつぼだろうに。このままでは軍が分裂する危険があるぞ)


 そこまで考えて、エルギンはあることに気付いた。


(まさかマケランは……こうなることを見越してわざと女公を逃がした……?)


 背筋が凍った。

 マケランは戦わずして反乱軍を機能不全に陥らせようとしている。


「お待ちください、これはマケランの罠です!」


 エルギンは一同に向かって、懸命に呼びかける。「奴は最高司令権をめぐって内部争いが起きるよう、わざとノクトレイン女公を逃がしたのです!」


「おまえはさっきの私の話を聞いていなかったのか?」


 セレーネは眉間にしわを寄せ、不愉快そうに言い返した。「私はマケランに逃がされたのではない。自分の意志と才覚で脱走してきたのだ」


「それが黒蛇の狡猾なところです。普通に解放したのでは、そこになんらかの意図があると閣下も疑ったでしょう。

 だからマケランは、閣下が機転を利かせば、なんとか脱走できる程度の隙を用意したのです。火事を起こしたのも、もちろんわざとです」


「現場を見ていないおまえに何がわかる! あの状況に不自然なところはなかった!」


 自分の力で脱走したと思っているセレーネが、実はマケランの手のひらの上で踊らされていたなど、認められるわけがない。


「私もそんな話は信じられんな」


 アリンガム公も、これについてはセレーネに同意した。「軍人の仕事は戦場で采配を振るうことだ。人間の心理を操って逃げるように仕向けるなど、軍人の能力の範疇を超えている」


「マケランは普通の軍人ではありません! あの男はレイシールズ城防衛戦の時も、リザードマンを操って共和国の世論を動かしたという噂があります! 常識で測れる男ではないのです!」


 エルギンは必死になって説明するが、必死になればなるほど自分の言葉が空疎に響くような気がした。

 ウヒャヒャと高笑いしながら語っていた時の方が、説得力があったかもしれない。


 結局彼の言葉は、頑なになっている2人の心を動かすことはできなかった。




 話し合いの結果、セレーネとアリンガム公は両者とも総司令官となり、最高司令権も共同で持つことになった。

 軍の分裂を防ぐにはそうするしかなかったのだが、どう考えても悪手だ。


「凡なる1将は、非凡なる2将に優る」という言葉がある。指揮系統の1本化の重要性を表す言葉だ。

 たとえそれが凡庸な指揮官だとしても、軍は必ず1人の人間が率いなければならない。


 もちろんセレーネもアリンガム公も、そのことは理解していた。だが頭ではわかっていても、感情は別だ。


 各個撃破の標的について、セレーネは黒蛇軍団を攻撃することを主張し、アリンガム公は王家の騎士軍団を攻撃することを主張した。


 そして言い争ったあげく2人は妥協し、敵の動きを探りながら判断することになった。黒蛇軍団と王家の騎士軍団、近くに来た方を優先して攻撃するということだ。


「中途半端がもっともいけません!」


 エルギンはそう言っていさめた。2人とも決して愚かな人間ではないので、理解はしてくれた。


 しかしどちらも自分がリーダーだと思っている。重要な決断を相手に譲ったのでは、周囲に示しがつかない。

 内部分裂を避けるためには双方が妥協し、中途半端な案を採用するしかなかった。


 エルギンは参謀なので、意見を言うことしかできない。その意見を採用するかどうかは、総司令官が決めることだ。

 それなのに総司令官が2人いるせいで、なかなか意思決定ができない。


(感情的になって理性的な判断ができないとは、なんて愚かな奴らだ……)


 そう考えた時、エルギンは士官学校時代にアルタバインから言われた言葉を思い出した。


“感情を持つ人間は、決して合理的には動かない”


 机上演習でマケランに勝って浮かれていたエルギンは、その言葉を真剣に受け取らなかった。


(アルタバインの言うとおりだったか)


 彼は唇をかみ、悔しさに身を震わせた。




 それから数日後――、


 黒蛇軍団を発見したとの情報が入った。

 予定通り撃破に向かったが、敵は巧みに距離を保ちながら移動するため、近づくことができない。


 反乱軍は大軍であり、訓練を受けていない民兵もいるため、どうしても行軍スピードは遅くなる。

 それに対して黒蛇軍団の移動速度は速かった。マケランは女性兵士たちに歩くことの重要性を教え、鍛えていたようだ。


 その後、デュランの軍団、ストラティスラの軍団、さらにはリンクードの軍団が、反乱軍を牽制するように接近してきた。


 しかし反乱軍は、行動を決めるだけで何日もかかってしまう。

 王家の4つの軍団は、動きの鈍い反乱軍をあざ笑うように、徐々に距離を詰めてくる。明らかに包囲をねらっていた。


 包囲はエルギンの得意な戦術だが、彼の考える包囲は、戦場で戦いながら敵を囲むことによる「戦術包囲」だ。


 しかしマケランがやろうとしているのは、戦場までの移動の段階で包囲を行う「戦略包囲」だ。

 つまり、戦闘が始まる前に包囲を完成させようとしている。


(だが、そんなことが可能なのか?)


 4つの軍団は距離が離れすぎているため、互いに連絡を取り合うことはできないはずだ。


 だから各軍団の司令官は、自らの判断で臨機応変にルートを選択し、他の軍団の動きも予想しながら、望ましいタイミングで目的の場所に到達しなければならない。


 それにはマケランの戦略をよく理解していなければならないし、並外れた洞察力と指揮能力が必要だ。


(ストラティスラとリンクードなら、それも可能かもしれない。だが蛆虫のデュランにそんな芸当ができるとは……)


 エルギンはデュランの力を見誤っていた。4つの軍団はバラバラに動きながらも、見事に連携が取れていた。

 意思決定の遅い反乱軍は、まったく対応できなかった。


 そして総司令官が2人になってから13日後――


 反乱軍は王家の4軍団に完全に包囲された。

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