87.ユニコーンの弱点
「今落馬したのがノクトレイン女公だ! 生かしたまま捕らえろ!」
マケランは馬上から、前衛の兵士に指示を出した。
「「はい!」」
前衛に並んでいた兵士たちが、一斉に返事をした。
彼女たちは、全員が処女である。
――ユニコーンは処女に対して危害を加えない。
マケランがそう判断するに至ったのは、ストラティスラからアリンガム公領の戦いについて、詳しく聞いたことがきっかけだ。
その戦いでストラティスラはユニコーン騎兵の突撃にさらされ、死を覚悟したという。
しかし彼女は無傷で生還した。
果たしてそれは、ただ幸運だったからなのか?
すぐ隣に立っていたブリエンが、何頭ものユニコーンに踏み潰されていたことを考えれば、かなり不自然だ。
そこまで考えて、あることに思い至った。
ユニコーンは処女に対してだけ心を開き、自分の背中に乗ることを許す――という確定した事実だ。
そこでマケランは、ユニコーンは処女に対しては攻撃できない――という仮説を立てた。
「ストラティスラ、君は処女なのか?」
と、ストレートにたずねた時は危うく顔面を殴られそうになったが、仮説について説明すると納得し、正直に答えてくれた。
そして彼女はあの戦いの生還者たちに聞き取りを行ってくれた。
すると生き残った女傭兵のほとんどが処女であり、やはり絶体絶命の状況で奇跡的に助かっていたことがわかった。
アデラインという名の女傭兵は真っ先に殺されたそうだが、彼女には男の恋人がいたらしい。これも仮説を裏付ける事実だ。
ユニコーンが処女に対して特別な親和性を持つことは間違いない。
兵士が密集した状況で、わざわざ処女を避けて通った事例を鑑みるに、それは本能に根ざした強い制約だと考えられる。
「あなたの仮説は正しいと思う」
ストラティスラは言った。「だけど絶対に確実とまでは言い切れないわ。私や女傭兵たちが生き残ったのは偶然かもしれない」
「もちろんそうだ」
マケランは認めた。「しかし戦争中に手に入る情報のほとんどは不確実なものだ。確実な情報が手に入るまで待っていたら、何も行動できない」
将校の仕事は、不確実な情報で覆われた霧の向こうにある、おぼろげな光を識別すること。そしてそこから適切な行動を組み立てることだ。
マケランはシャノンとアイリーンに命じて、処女とそうでない兵士を選別した。
そしてユニコーン騎兵の突撃時には、前衛に処女の兵士をずらっと並べるという戦術を立てた。そうすればユニコーンは、処女を傷つけられずに立ち止まるはずだ。
軍を4つに分けた後、黒蛇軍団がもっとも反乱軍に近づいたのは、ユニコーン騎兵を誘い出すためだ。
段違いの速度を持つユニコーン騎兵隊が単独行動を取るだろうことは、容易に予想できた。
そしてその成果が、目の前の光景だ。
(敵は完全に混乱している。後は女公を生きたまま捕らえられるかどうかだ)
落馬したセレーネを捕らえるため、前衛の兵士たちが動き出す。
「させるか!」
敵の女性兵士たちがユニコーンを降り、主君を守るために立ちふさがった。
しかし、旗手のググが彼女たちの前に躍り出る。
「てええぇぇいっ!」
そして黒蛇の紋章旗を振り回し、鉄の旗竿でなぎ払った。
「きゃあああっ!」
「ひいいいぃぃっ!」
甲高い悲鳴とともに、敵の兵士たちが宙を舞う。
「変態女に近づくな! 巻き込まれるぞ!」
近接兵長のルーシーが、部下たちに指示を出した。
「「はっ!!」」
ルーシーの指示に従い、ググ以外の兵士たちはその場で待機し、隊列を維持している。
(ルーシー、いい判断だ。ここで無理をする必要はない。なぜなら――)
「騎兵隊、突撃!」
遠くから、リヴェットの号令の声。
戦場を回りこんできた300騎の騎兵隊が、敵の側面から襲いかかる。
「きゃーーーっ!」
「いやああぁぁっ!」
絹を裂くような悲鳴が、戦場に響き渡った。
「死ねえぇっ!」
戦闘モードに入っているリヴェットは、まさに戦場の死神だ。血走った目で蛇槍を振り回し、次々と敵を屠っていく。
その光景を見たセレーネは、あわてて立ち上がった。
「ま、待て! 我らは降伏する! だから、これ以上の殺戮はやめてくれ!」
その言葉に続き、敵の兵士たちが次々と武器を捨てていった。
すべての敵の武装が解かれたことを確認してから、マケランは命令を出した。
「そこまでだ! 全員攻撃をやめろ!」
リヴェットの騎兵隊は一斉に攻撃を停止した。他の兵士たちも同様だ。
マケランは馬を下り、ゆっくりとセレーネの元へ歩いて行く。
兵士たちはサッと道を空けるが、警戒は解いていない。自分たちの指揮官に危険がないよう、神経を張り詰めているのが伝わってくる。
(たいしたものだ。この軍に、もう新兵はいないな)
戦闘が終わった後も、絶対に気を抜くな。
事前にそう指示してあったものの、それは簡単にできることではない。
大声で1人ずつ褒めてやりたいところだが、指揮官が真っ先に気を抜いたのでは笑い話にもならない。
マケランは険しい顔のまま、セレーネの前に立った。
「閣下、このような形で再会することになってしまい、残念です」
「ふっ、まさか無敵のはずのユニコーンが、処女に対しては攻撃できないとはな」
セレーネは以前会った時とは別人のように、生気がなかった。
「そのことに気付かれましたか」
「今になって、ようやく気付くことができた。我ながら愚かだな」
「閣下が愚かだったのは、反乱を起こしたことです」
「それに関しては私も言いたいことがあるが、やめておこう。それより負傷者の治療を頼みたい」
「わかりました。傷ついたユニコーンも治療いたしましょう」
「感謝する」
彼女はそう言うと、悲しげに地面に目をやった。
そこには、もはや治療の必要がなくなった彼女の愛馬が横たわっていた。全身に矢を受け、赤く染まった白い馬体はピクリとも動かない。
マケランはなぐさめの言葉をかけようかと思ったが、やめておいた。
「シャノン、後は頼む」
マケランは傍らに立っていた兵士長に、後の処理を丸投げした。
「はっ、お任せください!」
シャノンは眼帯の下の左目を隠したまま、右の目で戦場を見渡し、兵士たちに指示を出した。「処女の兵士はユニコーンの治療を、それ以外の兵士は人間の負傷者の治療にあたりなさい!」
「「はい!」」
兵士たちが指示に応え、きびきびと動き出す。
(頼もしいな。俺も楽ができそうだ)
「マケランよ、私を殺すつもりか?」
セレーネはマケランを見つめ、問いかけた。
「閣下ほどの方の処分を決める権限は、私にはありません。国王陛下の判断を仰ぐため、身柄を王都へ護送いたします」
「そうか。では私の部下たちは?」
「同様に王都へ連行します。ただし――」
マケランは毅然と答えた。「その前に、残りの反乱軍を壊滅させるつもりです」
セレーネは乾いた笑みを浮かべた。
「そう簡単にいくと思うか? 反乱軍は私とユニコーン騎兵を失ったとはいえ、いまだ王家軍に倍する兵力を擁している。軍を分散させてしまった貴様らは、各個撃破されるだろう」
「そうならないように努力しますが、もし反乱軍に閣下の身柄を奪い返されそうになったなら――」
マケランは表情を消し、指でメガネを静かに押し上げた。
「不本意ながら、閣下のお命を頂戴しなければなりません」




