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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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87.ユニコーンの弱点

「今落馬したのがノクトレイン女公だ! 生かしたまま捕らえろ!」


 マケランは馬上から、前衛の兵士に指示を出した。


「「はい!」」


 前衛に並んでいた兵士たちが、一斉に返事をした。

 彼女たちは、全員が()()である。




 ――ユニコーンは処女に対して危害を加えない。

 マケランがそう判断するに至ったのは、ストラティスラからアリンガム公領の戦いについて、詳しく聞いたことがきっかけだ。


 その戦いでストラティスラはユニコーン騎兵の突撃にさらされ、死を覚悟したという。

 しかし彼女は無傷で生還した。


 果たしてそれは、ただ幸運だったからなのか?

 すぐ隣に立っていたブリエンが、何頭ものユニコーンに踏み潰されていたことを考えれば、かなり不自然だ。


 そこまで考えて、あることに思い至った。

 ユニコーンは処女に対してだけ心を開き、自分の背中に乗ることを許す――という確定した事実だ。


 そこでマケランは、ユニコーンは処女に対しては攻撃できない――という仮説を立てた。


「ストラティスラ、君は処女なのか?」


 と、ストレートにたずねた時は危うく顔面を殴られそうになったが、仮説について説明すると納得し、正直に答えてくれた。


 そして彼女はあの戦いの生還者たちに聞き取りを行ってくれた。

 すると生き残った女傭兵のほとんどが処女であり、やはり絶体絶命の状況で奇跡的に助かっていたことがわかった。


 アデラインという名の女傭兵は真っ先に殺されたそうだが、彼女には男の恋人がいたらしい。これも仮説を裏付ける事実だ。


 ユニコーンが処女に対して特別な親和性を持つことは間違いない。

 兵士が密集した状況で、わざわざ処女を避けて通った事例をかんがみるに、それは本能に根ざした強い制約だと考えられる。


「あなたの仮説は正しいと思う」


 ストラティスラは言った。「だけど絶対に確実とまでは言い切れないわ。私や女傭兵たちが生き残ったのは偶然かもしれない」


「もちろんそうだ」


 マケランは認めた。「しかし戦争中に手に入る情報のほとんどは不確実なものだ。確実な情報が手に入るまで待っていたら、何も行動できない」


 将校の仕事は、不確実な情報で覆われた霧の向こうにある、おぼろげな光を識別すること。そしてそこから適切な行動を組み立てることだ。


 マケランはシャノンとアイリーンに命じて、処女とそうでない兵士を選別した。

 そしてユニコーン騎兵の突撃時には、前衛に処女の兵士をずらっと並べるという戦術を立てた。そうすればユニコーンは、処女を傷つけられずに立ち止まるはずだ。


 軍を4つに分けた後、黒蛇軍団がもっとも反乱軍に近づいたのは、ユニコーン騎兵を誘い出すためだ。

 段違いの速度を持つユニコーン騎兵隊が単独行動を取るだろうことは、容易に予想できた。


 そしてその成果が、目の前の光景だ。


(敵は完全に混乱している。後は女公を生きたまま捕らえられるかどうかだ)


 落馬したセレーネを捕らえるため、前衛の兵士たちが動き出す。


「させるか!」


 敵の女性兵士たちがユニコーンを降り、主君を守るために立ちふさがった。

 しかし、旗手のググが彼女たちの前に躍り出る。


「てええぇぇいっ!」


 そして黒蛇の紋章旗を振り回し、鉄の旗竿でなぎ払った。


「きゃあああっ!」

「ひいいいぃぃっ!」


 甲高い悲鳴とともに、敵の兵士たちが宙を舞う。


「変態女に近づくな! 巻き込まれるぞ!」


 近接兵長のルーシーが、部下たちに指示を出した。


「「はっ!!」」


 ルーシーの指示に従い、ググ以外の兵士たちはその場で待機し、隊列を維持している。


(ルーシー、いい判断だ。ここで無理をする必要はない。なぜなら――)


「騎兵隊、突撃!」


 遠くから、リヴェットの号令の声。

 戦場を回りこんできた300騎の騎兵隊が、敵の側面から襲いかかる。


「きゃーーーっ!」

「いやああぁぁっ!」


 絹を裂くような悲鳴が、戦場に響き渡った。


「死ねえぇっ!」


 戦闘モードに入っているリヴェットは、まさに戦場の死神だ。血走った目で蛇槍ボスロップスを振り回し、次々と敵をほふっていく。


 その光景を見たセレーネは、あわてて立ち上がった。


「ま、待て! 我らは降伏する! だから、これ以上の殺戮はやめてくれ!」


 その言葉に続き、敵の兵士たちが次々と武器を捨てていった。

 すべての敵の武装が解かれたことを確認してから、マケランは命令を出した。


「そこまでだ! 全員攻撃をやめろ!」


 リヴェットの騎兵隊は一斉に攻撃を停止した。他の兵士たちも同様だ。


 マケランは馬を下り、ゆっくりとセレーネの元へ歩いて行く。

 兵士たちはサッと道を空けるが、警戒は解いていない。自分たちの指揮官に危険がないよう、神経を張り詰めているのが伝わってくる。


(たいしたものだ。この軍に、もう新兵はいないな)


 戦闘が終わった後も、絶対に気を抜くな。

 事前にそう指示してあったものの、それは簡単にできることではない。


 大声で1人ずつ褒めてやりたいところだが、指揮官が真っ先に気を抜いたのでは笑い話にもならない。

 マケランは険しい顔のまま、セレーネの前に立った。


「閣下、このような形で再会することになってしまい、残念です」

「ふっ、まさか無敵のはずのユニコーンが、処女に対しては攻撃できないとはな」


 セレーネは以前会った時とは別人のように、生気がなかった。


「そのことに気付かれましたか」

「今になって、ようやく気付くことができた。我ながら愚かだな」

「閣下が愚かだったのは、反乱を起こしたことです」

「それに関しては私も言いたいことがあるが、やめておこう。それより負傷者の治療を頼みたい」

「わかりました。傷ついたユニコーンも治療いたしましょう」

「感謝する」


 彼女はそう言うと、悲しげに地面に目をやった。

 そこには、もはや治療の必要がなくなった彼女の愛馬が横たわっていた。全身に矢を受け、赤く染まった白い馬体はピクリとも動かない。


 マケランはなぐさめの言葉をかけようかと思ったが、やめておいた。


「シャノン、後は頼む」


 マケランは傍らに立っていた兵士長に、後の処理を丸投げした。


「はっ、お任せください!」


 シャノンは眼帯の下の左目を隠したまま、右の目で戦場を見渡し、兵士たちに指示を出した。「処女の兵士はユニコーンの治療を、それ以外の兵士は人間の負傷者の治療にあたりなさい!」


「「はい!」」


 兵士たちが指示に応え、きびきびと動き出す。


(頼もしいな。俺も楽ができそうだ)


「マケランよ、私を殺すつもりか?」


 セレーネはマケランを見つめ、問いかけた。


「閣下ほどの方の処分を決める権限は、私にはありません。国王陛下の判断を仰ぐため、身柄を王都へ護送いたします」

「そうか。では私の部下たちは?」


「同様に王都へ連行します。ただし――」


 マケランは毅然と答えた。「その前に、残りの反乱軍を壊滅させるつもりです」


 セレーネは乾いた笑みを浮かべた。


「そう簡単にいくと思うか? 反乱軍は私とユニコーン騎兵を失ったとはいえ、いまだ王家軍に倍する兵力をようしている。軍を分散させてしまった貴様らは、各個撃破されるだろう」


「そうならないように努力しますが、もし反乱軍に閣下の身柄を奪い返されそうになったなら――」


 マケランは表情を消し、指でメガネを静かに押し上げた。


「不本意ながら、閣下のお命を頂戴しなければなりません」

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