86.黒蛇軍団 vs. ユニコーン騎兵隊
「斥候から新たな情報が入った。王家軍は軍を4つに分け、四方から我々を包囲するように移動している」
セレーネが居並ぶ諸侯たちに語りかけると、大きなざわめきが起きた。
「マケランともあろうものが軽はずみな作戦だな。これは各個撃破の好機だ」
アリンガム公が勢い込んで言った。
「そのとおりだ」
セレーネはうなずいた。「ここからもっとも近くにいるのは黒蛇軍団だ。マケランを討ち取って勝負を決めよう。女しかいないのでは、行軍速度も遅いはずだ」
「お待ちください」
エルギンが異を唱えた。「マケランを甘く見てはいけません。軍を分けたのには、何かねらいがあるはずです」
「ねらいとは、なんだ?」
「……わかりません」
「なに?」
(まさかこの男の口から、わからないという言葉が出るとは)
セレーネは、せっかく高まった戦意に水を差されたことにいら立った。
「やれやれ、わからんときたか」
「それでよく参謀を名乗れるものだ」
「所詮は平民だな」
今までエルギンを快く思っていなかった諸侯たちが、ここぞとばかりに非難する。
「数で劣る王家軍が軍を分けるのは、各個撃破をまねく愚策……。それに各軍の距離が離れれば、連携を取ることが難しくなる……。そうなると包囲が成功する見込みは薄い」
エルギンは悪口を気にする様子もなく、独り言のようにつぶやいた。「だがそんなことは、マケランも他の将校たちもわかっているはず。なぜ奴らはこんな戦略をとったのか……」
常に自信満々だった彼が、迷う姿を見せたのは初めてだ。
(まあ、わかったふりをして適当なことを言われるよりはマシか)
「しっかりしろエルギン、迷って手をこまねいていたら、本当に包囲されかねないぞ。ここは私たちにとって敵地なのだからな」
「それは……そのとおりです。じっとしていれば、それこそマケランの術中にはまります。とにかく動くことです」
「では私がユニコーン騎兵隊を率いて、マケランを討ち取ってこよう」
3000人を超える黒蛇軍団に対し、わずか500騎で攻撃を仕掛けるのは無謀だ――などと彼女は考えない。
アリンガム公領の戦いでは、その500騎で3万を蹴散らしているのだ。ユニコーン騎兵の突撃を止められる軍は、この世に存在しない。
「なるほど。それならたとえマケランが罠を張っていたとしても、失うのは女公とユニコーン騎兵だけで済みますな」
バーシー公が挑発するように言った。
セレーネの瞳がわずかに細まった。
(この男、以前に私が「下衆な男」と言ったことを根に持っているな)
「総司令官である私が軍を離れることに、疑問を抱く者もいるかもしれない。だが、今もっとも重視すべきはスピードだ。ユニコーン騎兵の速度についてこれる軍がいない以上、私が単独行動するしかない」
セレーネはバーシー公を無視して、行動の理由を説明した。
(あの黒蛇を討たねば、この戦いは終わらない。誰よりも早く勝利をつかむ。それが私の役目だ)
「私は悪くない考えだと思う」
アリンガム公が賛成した。「ユニコーン騎兵の突撃の前では、いかなる策も通用しない。ここでマケランを討ち取れば、勝ったも同然だ」
反乱軍の8人の諸侯の中で、特に大きな力を持っているのがセレーネとアリンガム公だ。
この2人が同意見ならば、他の諸侯も従うしかない。
「では私がいない間は、貴公に総司令官代理を頼みたい」
セレーネの言葉に、アリンガム公はうなずく。
「わかった。武運を祈る」
「ああ、マケランの首を持って戻ってこよう」
2人のやり取りを見て、エルギンが何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。
それ以上の妙策を思いつかなかったのだろう。
セレーネは500騎を率いて、平野を一直線に駆けていく。目的地は、黒蛇軍団がいると報告があった地点だ。
徒歩なら5日かかる距離も、ユニコーンの速度ならば1日もかからない。
(いた!)
馬上のセレーネの目は、はるかな草原の向こうに女性兵士の集団をとらえた。
「閣下、先頭にいる女が掲げているのは、黒蛇の紋章旗です」
副官のカタリナの言葉に、セレーネはうなずく。
「さあ、いよいよだ」
セレーネは気持ちを高ぶらせ、愛馬の首筋をポンとたたく。アクセリオンという名の愛馬は、ブルッと鼻を鳴らしてそれに応えた。
ユニコーンに乗るための条件は処女であることだが、それに加えて、自分が主人であると認めさせる必要がある。
ここにいる500人の乙女たちは自らユニコーンの世話をし、寝食を共にし、愛情を注いだ。だからこそ主人として、その純白の背に乗ることを許されたのだ。
主人を得たユニコーンは、2度と他の人間を背に乗せることはない。
そんな愛馬のために、500人の乙女たちは生涯純潔を守ることを誓いつつ、厳しい訓練に励んできた。
「閣下、あの中央にいる馬上の男は――」
「ああ、間違いない――マケランだ!」
セレーネは槍を頭上に掲げて号令を発する。
「全軍突撃!」
「「はい!!」」
500人が一斉に槍を構え、全速で駆け出す。
向こうもこちらの存在には気付いているだろうが、ユニコーンの迫力におびえて、ろくに動くことができないはずだ。
――と思いきや、女性兵士たちは一糸乱れぬ動きで、陣形を組み替えていった。
前衛の兵士たちは長槍をこちらに向けて突き出し、後衛の兵士たちはクロスボウを装填している。
(さすがはマケラン、以前に潰走させた軍の指揮官とはレベルが違うな。兵士たちも、完全にマケランを信頼しているようだ)
荒ぶるユニコーンの恐ろしさは知っているはずだが、浮き足立っている兵士は1人もいない。
(ひょっとするとマケランは、私が来ることを読んでいたのか?)
しかしその考えを振り払うように、セレーネは前傾姿勢を取った。
彼女は迷わず先頭を駆ける。後ろに続く部下たちを信じて。
彼我の距離は、もう500メートルを切った。
間もなく激突する――というところで、アクセリオンがガクンとスピードを落とした。
「どうしたアクセリオン!? どこか痛めたのか?」
呼びかけるが、もちろん答えは返ってこない。
だが固い絆で結ばれているセレーネには、愛馬の感情が伝わってきた。
(闘志を失っている……なぜ?)
気性の激しいユニコーンが、敵を前にして闘志を失うとは考えられない。
しかし部下たちの乗るユニコーンも、走りが鈍る。
「ヴァロル、止まるな!」
カタリナが愛馬に必死で呼びかけている。
他の兵士たちも同様のことをするが、効果は出ない。主人の声に応えて一瞬スピードを上げるものの、すぐに元に戻ってしまう。
そしてユニコーンが地面を蹴る音が、消えた。
500騎は、完全に立ち止まってしまった。
――敵の眼前で。
(最悪だ)
騎兵というものは、相手との間に充分な距離があり、助走をつけてぶつかってこそ威力を発揮する。
彼女たちは敵の眼前で立ち尽くしていた。
動きを止めた騎兵など、格好の的でしかない。
(なぜ、こんなことになった? マケランはどんな魔法を使ったのだ……?)
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
「全員撤退せよ!」
退却命令を出したが、すでに遅かった。
「放て!」
マケランの号令と共に、前衛の兵士が一斉にしゃがみ込み、その後ろの兵士がクロスボウを発射する。
訓練された女性兵士たちが、まるで歯車のように動いていた。
セレーネは腕に装着した丸盾をかざし、飛んでくる矢から身を守る。
しかし敵の矢は乗り手ではなく、明らかにユニコーンをねらっていた。
シュンッ!
空気を切り裂く音が鳴る。
「ヒィーン……」
アクセリオンの苦しげな悲鳴。
その全身に、無数の矢が突き立っていた。
白い馬体が、赤く染まる。セレーネの心も、絶望の色に染まる。
「アクセリオン!」
必死の呼びかけもむなしく、愛馬は力を失って倒れ込んだ。
セレーネは地面に投げ出された。




