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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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85/99

85.圧勝以外は勝利にあらず

 マケランは瓦礫の撤去や住居の建設を他の軍団に任せ、黒蛇軍団の女性兵士には炊き出しを命じた。


 反乱軍の略奪という恐怖を体験した住民にとって、接する相手は女の兵士の方が安心できるだろうという判断だ。


「どうぞ、あったかいですよ!」


 兵站部部長のマイラが大鍋からスープをすくい、行列の先頭にいた老婆に差し出す。

 老婆は拝むようにして椀を受け取ると、震える手でスプーンを握った。そして涙がスープに落ちるのも構わず、口へと運んだ。


「おいしいですよ!」

「肉もちょっとだけ入ってますよー」


 同じく兵站部のサミとエリカも、笑顔でスープを渡していく。

 受け取った住民たちは、スープを冷ます間も惜しむように口に流し込む。そのやせた体を見れば、栄養が足りていないのは明らかだ。


「な、なんだこれ……ひでえ」


 崩れた町並み、そして住民たちの暗い表情を見たガラガラは、ショックを受けている。

 マケランは王太子である彼にも町の惨状を見せておこうと思い、ここへ来るように誘ったのだ。


 ガラガラは先日の一件でマケランを信頼するようになったためか、文句を言わずについてきてくれた。


「戦争で民間人が被害を受けるのは珍しいことではありませんが、今回の反乱軍の所業は特に悪質ですね」

「エルギンとかいう奴が、こんなことをやったのか?」

「略奪を提案したのは参謀のエルギンでしょうが、その意見を採用したのは諸侯たちです」


「御主人、向こうに子どもが1人でいるぞ」


 ピットが指さす先に、瓦礫の横でポツンと立っている少年がいた。年は8歳ぐらいだろうか。

 マケランたちは少年に近づいていった。


「君は炊き出しの行列に並ばないのか?」


 マケランが声をかけると、少年はおびえたように後ずさった。


「おまえは顔が怖いんだよ。ここは俺様に任せろ」


 ガラガラはしゃがみ込み、少年と目の高さを合わせて声をかけた。「おい、おまえ1人か? 親はどこだ?」


「……母ちゃんは殺された。父ちゃんは兵士にされた」


 少年はボソッとつぶやいた。


「そっか……ごめんな」

「なんで、お兄ちゃんがあやまるの?」

「おまえがそんなつらい目に遭ってることを、今まで知らなかったからだ。でも、もう大丈夫だぞ。俺様は金をたくさん持ってるから、腹いっぱい食わせてやる。高いおもちゃも買ってやるぞ」


 少年の目から、大粒の涙が流れた。


「そんなもんいらない! 父ちゃんと母ちゃんを返してくれよ!」

「えー」

「悔しい……悔しいよう! あいつら、きっと今ごろ笑ってるんだ! おいらたちのことなんか、きっとおぼえてないんだ! あっ、あっ、あーーーっ!」


 少年は泣きじゃくった。こうなると、もう手がつけられない。

 ガラガラは困り顔でこちらを見た。


「おいマケラン、なんとかしろ」


(いや、突然丸投げされても)


「ひっく……マケラン? そのメガネのお兄ちゃん……ひっく、ひょっとして黒蛇こくじゃの人?」


 少年はしゃくりあげながら、マケランを見上げた。


「そうだ。俺を知ってるのか?」

「うん、父ちゃんが言ってた。黒蛇は英雄だから、おいらたちを守ってくれるって」


 マケランは少年の前にしゃがみ込んだ。


「……すまない、守ってやれなかった」

「……うん」

「でも約束する。君のお父さんは、必ず助けてやる」

「ホント?」

「本当だ」


「御主人、そんな約束して大丈夫か?」


 ピットが心配そうに言った。

 彼の父親が反乱軍の兵士になっているなら、命の保証などできるはずがない。


「大丈夫だ」


 マケランは力強く答えると、少年の頭を胸に抱きかかえた。「君のお父さんはきっと助けてやる。お母さんの仇は、俺がとってやる。黒蛇の名にかけて誓おう」




 その夜、マケランは軍議を行うため、司令官用の天幕に第8期生たちを集めた。

 リヴェットだけは今も町で住民たちの相手をしているので、ここにはいない。代わりに今回はガラガラを呼んであった。


「このまま順調に作業が進めば、住居の建設が終わるのは3日後というところだ」


 まずリンクードが現状を説明する。「木を伐り出すところからやっているので時間がかかると思ったが、さすがにこの人数で作業をすれば早いな」


「兵士の士気が高いからでしょうね。彼らは町の惨状を見て、思うところがあったようです」


 ロセスが意見を述べた。


「俺の配下の騎士たちでさえ、文句も言わずに働いてる」


 デュランが発言した。「いつもなら、『なぜ騎士である我らが、平民の家を建てねばならんのだ』って文句を言いそうなのにな」


「それは君が騎士たちの信頼を得ているからだろう」と、マケラン。


「もちろんそれもあるが、被害に遭った住民の姿を見せるってのは、いいアイデアだったな。おかげで誰もが、反乱軍に怒りを燃やしている」


「私は反乱軍を許さない」


 怒りを含んだ声で言ったのは、ストラティスラだ。「王家と戦う覚悟があるなら堂々と戦えばいいものを、罪のない民間人を傷つけるなんて……!」


 彼女は「兵士は戦って死ぬのが仕事」と豪語するにもかかわらず、民間人への危害は絶対に許さない。自身が幼いころ、騎士による略奪を受けたからだろう。


「マケラン、今後の方針を聞かせて」


 彼女は続けた。「急に軍議を開いたのは、何か考えがあるからなんでしょ?」


「その通りだ。当初の予定では、会戦によって一気に勝負をつけるつもりだったが、考えが変わった」

「じゃあ、どうするの?」


「軍を分けようと思う」


 マケランは指でクイッとメガネを直した。「4つの軍が別ルートから進軍し、反乱軍を包囲するように動くんだ」


 一同は虚をつかれた顔になった。


「あり得ません。包囲は、数が優勢な側が行うのが常識です」


 ロセスが反対した。「私たちの兵力は反乱軍の半分しかありません。少ない兵士をさらに分けるなんて、愚の骨頂です」


 人当たりのいいロセスにしては、ずいぶんと厳しい口調だ。


(俺に対する敵意さえ感じるな。まあ心当たりはあるが)


 ロセスは現在、ストラティスラの補佐をしている。討伐軍の将校の中で、彼だけが自分の軍を与えられていないのだ。そのように決めたのはマケランである。


 成績が最下位のデュランでさえ一軍を率いていることを考えれば、不満を感じるのは無理もない。


 マケランがロセスを高く評価していない理由は、先ほどの彼の言葉に表れている。常識などにとらわれている将校は、マケランの戦略にはついてこれない。


 ただし彼は『鉄壁』と称されるように、守りの戦いは得意だ。いずれその力が活かされる時が来るだろう。


「ロセス君は、軍を分ければ各個撃破されると心配しているんだね?」


 タマナブリが優しく声をかけた。「だがマケラン君なら、そんなことは百も承知だよ。きっと何か考えがあるのさ」


「4つに軍を分けるというが、どのように分けるつもりなんだい?」


 リンクードがたずねた。


「第1軍は、俺の率いる黒蛇軍団。

 第2軍は、リンクードのハイウェザー軍とタマナブリのダンフォード軍。

 第3軍は、ストラティスラが率いる民兵と傭兵、

 第4軍は、デュランが率いる騎士たちだ。

 王太子殿下は第1軍と、ロセスは第3軍と行動を共にする」


「タマナブリが私と同じ軍になるのか?」


 リンクードは嫌そうな顔をした。


「兵数のバランスを考えれば、これがベストだ。第2軍の司令官はリンクードに任せる。タマナブリはその補佐だ」

「ああ、おれはリンクード君の命令なら従うよ。たとえそれが、ケツをなめろという命令であっても」

「そんな命令は出さないから、顔を近づけないでくれ」


「なぜ会戦を避けて包囲をねらうことにしたのか、理由を聞かせてくれる?」


 ストラティスラが問いかけた。


「大軍同士が正面からぶつかる会戦では、たとえ勝ったとしても大きな被害が出るからだ」

「何を当たり前のことを言ってるの? 誰も死なずに勝つなんて、できるわけないでしょう。兵士の死を怖れて戦いを避けるようじゃ、指揮官失格よ」


 それが正論であることは、マケランもわかっている。


(だがそれは、軍人にとっての正論だ)


「王太子殿下の立場に立って、この内戦の終え方を考えてみてほしい」

「ふぇ?」


 いきなり自分のことを言われたガラガラが、変な声を出した。


「殿下は政治家として、今回の諸侯の反乱については、俺たち軍人よりも高い視点から見ておられるはずだ」

「いや……ない……」


「いや、そんなことはないと思う」とマクドールが言った。


「王家軍は、ただ勝てばいいというわけじゃない」


 マケランは皆の視線を受け止めながら、続けた。


「戦死者をできるだけ出さずに勝たねばならないんだ。なぜなら兵士の死は、王家の軍事力の低下に直結するからだ。

 それに民兵は軍を離れれば、農業や商業などの経済活動に従事することになる。ということは彼らが死ねば、経済力も低下する」


「理屈はわかるけど……」


 ストラティスラはまだ納得できないでいる。

 戦死者を出さずに勝つ方がいいのはわかりきっているが、現実的ではない。


「王家の力が弱体化すれば、今度は南部や東部の諸侯が反乱を起こす。王国の内部が不安定になれば、共和国が攻めてくる。それでは、この町の惨劇が繰り返される」

「…………そうね」


 ストラティスラは静かにうなずいた。


「そんなことにならないよう、王家は常に最強であらねばならない。

 死力を尽くして戦い、大きな犠牲を出しながらも、なんとか反乱を鎮める――俺はそんなものを勝利とは認めない。

 俺が考える勝利とは、味方はほとんど被害を出さず、一方的に反乱軍を打ち破ること。つまり()()だ」


「それができれば、苦労はないでしょう」


 ロセスが呆れたように言った。


「重要なのは、王家の軍隊の圧倒的な強さを内外に見せつけることだ」


 マケランは断固たる口調で答えた。「そうすれば諸侯は王家に逆らうことを自殺行為と考え、共和国の政治家は王国に侵攻しても勝ち目がないと判断する」


「軍隊の存在意義は抑止力ってことだな。政治好きなおまえらしい」


 デュランがニヤリと笑って言った。


「別に政治が好きというわけじゃないが、抑止力についてはデュランの言うとおりだ」


 マケランはゆっくりと一同を見渡し、毅然と言い放つ。


「俺たちは圧勝しなければならない。それ以外は敗北と考えてくれ」

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