81.マケランとデュラン
ハイウェザー家の公都コーンプールに、2万を超える討伐軍が集結した。
その中心となる将校は士官学校の第8期卒業生――以下の6人だ。
『黒蛇』のマケラン。
『常勝』のストラティスラ。
『完璧』のリンクード。
『鉄壁』のロセス。
『好漢』のタマナブリ。
『蛆虫』のデュラン。
また、将校の扱いではないが、王太子ガラガラの護衛として『双剣』のマクドール、黒蛇軍団の騎兵隊長として『暴風』のリヴェットがいる。
以上の8人が今後の方針について話し合うため、ハイウェザー家の会議室に集まった。
「それでは軍議を始めよう」
全員が席に着いたところで、リンクードが軍議の開始を宣言した。
「リンクード、その前にいいかしら?」
ストラティスラが発言した。
「どうしたんだ?」
「ガラガラ殿下はどこにおられるの? 名目上とはいえ、あの方は総司令官なんでしょう?」
マクドールが申し訳なさげに手を挙げた。
「部屋で……ワイン……」
彼が小声で説明するところによれば、ガラガラは自室でワインを飲んでいるらしい。
「こんな真っ昼間から!?」
「昼……至高……」
「昼に飲む酒こそが至高の霊薬ですって!? そんなことを言って軍議をさぼってるの!?」
「殿下は、反乱軍討伐のことは俺たちで勝手に決めろとおっしゃっている」
マケランは不本意ながらも、ガラガラの弁護を試みる。「重要なことを部下に任せて超然としていられるのは、王者の器と言えるかもしれない」
「王者の器だなんて冗談じゃないわ! やる気も責任感も欠けているだけでしょ!」
ストラティスラは王太子を手厳しく批判した。
いや、彼女だけではない。次期国王となるはずの人物がそんなざまで、この国は大丈夫なのか? 口には出さずとも、誰もがそう思っているに違いない。
「まあ、いいじゃねえか。1人で飲んで酔い潰れてくれりゃあ、誰にも迷惑はかからねえしな」
リヴェットだ。
(ひょっとすると殿下は、リヴェットと顔を合わせたくなかったのかもしれないな)
「はあ……わかったわ。余計な口を出されるよりはマシってことね」
ストラティスラは諦めたようにため息をついた。「じゃあ私たちだけで軍議を始めましょう。まず私の意見を言わせてもらうと――」
「その前に、いいか」
タマナブリが口をはさんだ。発言を邪魔されたストラティスラが、キッとにらみつける。
「なんなの、あなた。今私が話そうとしてたでしょ」
「フッ、久しぶりに同期が顔をそろえたってのに、まだ簡単な挨拶を交わしただけじゃないか。おれとしては、まずデュラン君がドラゴンを倒した話を詳しく聞きたいのさ」
タマナブリは涼しい顔で言い返した。彼は女に対しては冷たい。
「ああ、その話はあたしも興味がある」
リヴェットが同意し、デュランに目をやった。「正直、こいつがそんなに強かったなんて、信じられねえからな」
「そうか。じゃあここでおまえを打ち負かして見せれば、信じてくれるか?」
「おもしれえ、やってみろよ」
デュランの挑発に乗り、リヴェットが立ち上がる。
「ここは話し合うための場だ、ケンカがしたいなら出て行ってくれ」
すかさずリンクードが注意した。
「わ、悪い」
リヴェットは謝罪し、おとなしく席に着いた。デュランの方は、軽く肩をすくめただけだ。
マケランはそんな彼を、興味深げにながめる。
(デュランか……不思議な男だな)
彼は第8期生の中で群を抜いて怠け者だった。
授業中に堂々と居眠り。野外訓練もさぼりがち。指導教官の怒声もどこ吹く風。もちろん成績も最下位。
しかしマケランだけは、彼に対して一目置いていた。
それは学生時代のある出来事が理由だった。
―――
学生時代のマケランは、自由時間はいつも図書館にいた。
「マケランを探しているなら図書館に行け」と、誰もが冗談めかして言っていたものである。
その日も彼は窓際のテーブルに座って読書に没頭していたが、ふと気付くと辺りが暗くなっていた。
(閉館時間か。つい夢中になってしまったな)
もう残っている人間はいないだろう。
――と思いきや、階上に人の気配があった。
(こんな時間に誰だ? この暗さでは何も見えないだろうに)
興味をそそられたマケランは、足元に注意しながら階段を上り、上のフロアにやってきた。
すると隅のテーブルの上に本を積み上げ、弱いランプの明かりの下でペンを動かしている者がいた。
デュランだ。
(彼を図書館で見たのは初めてだな)
マケランはそのテーブルに近づいていく。すると気配を感じたのか、デュランの肩がビクッと震えた。
「なんだ、マケランか。驚かせるなよ」
「なんだとはこっちのセリフだ。ここで火を使うのは禁止されているはずだぞ」
「悪い。管理人には黙っていてくれよ」
マケランは気まずそうなデュランにちらりと目をやると、積み上げてあった本のうちの1冊を取り上げた。
「『戦場の幾何学』か。ずいぶん難解な本を読んでるな。他には……『陣形理論概論』、『改訂版 天候と戦術』、『レイラント戦史』。すべて戦史か戦術書じゃないか。どういうことだ?」
「どういうこともなにも、士官候補生が読む本としてはおかしくないだろ?」
「だって君は、まともに授業を受けたことさえないじゃないか。勉強には興味がないんだと思ってた」
「あんな授業を真面目に受けたって、何の意味もないさ。寝ていた方が、よっぽど有意義な時間の使い方というもんだ」
マケランはこの男に興味を持った。
「そのノート、見せてもらってもいいか?」
「どうぞ」
マケランは対面の席に腰を下ろすと、デュランのノートに目を通した。
そしてその内容に、思わず息をのんだ。
(これは……本の内容をただ写しているんじゃない。著者の主張に対して反駁し、独創的な見解を加えて再構成している)
「おまえのような優等生に読まれるのは恥ずかしいな」
彼はそう言いながらも、誇らしげな表情だ。
「君にとってあの授業が無意味に思えるのは理解できた」
マケランはメガネの位置を直して言った。「だが、テストの成績が最下位なのはどういうわけだ? これが書けるなら、あんな問題は簡単に解けるはずだ」
「テストであるからには、当然正解が用意されている。だがその正解が、俺には間違っていると思えて仕方ないんだ」
「なるほど。戦場に正解は存在しないからな」
「へえ。それをわかってるおまえは、ただの優等生じゃないな」
デュランは本気で感心しているようだ。
「俺はテストでは、教官の求める正解を書いている。みんなそうしているはずだ」
「それが俺にはできないんだよ。あんなバカどものレベルまで、自分を落としたくはない」
(教官たちを、愚か者扱いか)
あまりにも不遜な言葉を注意しようとするが、デュランはさらに続ける。
「おまえは俺のことを一度も『蛆虫』と呼んだことがないから、特別に忠告してやるよ」
「なんだ?」
「軍事的天才は教育ではつくれないんだ。過去の名将と呼ばれる人物で、学校で戦術を学んだ奴が1人でもいたか?」
確かに1人もいなかった、とマケランは思う。
昔は戦術を教える学校などなかったのだから、当然ではあるが。
「そう思ってるなら、なぜ君は士官学校に入ったんだ?」
「卒業すれば、将校の資格を得られるからだ。それでようやく、あの頭の悪い騎士たちと同じ舞台に立つことができる」
「将校になって、何がしたいんだ?」
「何かをなすには、それなりの立場が必要だ」
デュランは答えをはぐらかした。答えるつもりはないようだ。
「今の君の成績じゃ、卒業できるかどうかあやしいが」
「ま、そこはなんとかするよ」
デュランはそう言うと、テーブルの上を片付け始めた。
―――
それからも何度かデュランと話をする機会があり、そのたびに彼の戦術知識の豊富さに舌を巻いたものだ。
それでも彼は皆の前では、相変わらず不真面目な劣等生であり続けた。
だが今回ドラゴンを倒したことで、彼の実力の一端が誰の目にも明らかになった。
ドラゴン討伐の瞬間を目撃した者たちは、デュランを英雄のように崇め、『龍殺し』と呼んでいるらしい。
あのプライドの高い騎士までもが、デュランに心酔しているようだ。
騎士は平民将校を侮っているので扱いにくい存在だが、デュランを指揮官にすれば、彼らを従わせられるかもしれない。
マケランは改めてデュランに目をやった。
(問題は、俺がこの不思議な男を使いこなせるかどうかだな)




