80.純粋な軍人、不純な軍人
反乱軍の兵力は4万人を超えた。
ただしその半数は、強制的に徴兵した王領の住民だ。
王領の町や村を制圧した後、反乱軍に協力しなければ町を焼き払うと脅し、16歳から45歳の男を兵士に加えたのだ。
そして今、反乱軍はまた1つ新たな町を制圧した。
総司令官のノクトレイン女公セレーネは、広場に集めた住民たちに向かって語りかける。
「ラッセル王は貧困に苦しむ領民にはまったく目を向けず、ひたすら収奪を繰り返してきた。私たちはそんな王家の暴政から民衆を解放するために戦っている。だからおまえたちも、ぜひ私たちと共に戦ってほしい」
(我ながら、ひどい詭弁だな)
セレーネは自分の言葉に吐き気がした。
強制的に物資を徴発し、若い男を無理やり兵士にしている反乱軍こそが、無法な収奪者ではないか。
そうするよう献策したのは参謀のエルギンだが、採用したのはもちろん彼女である。
これ以上住民の冷ややかな顔を見るに忍びず、早々に演説を終えると、司令部と定めた屋敷に戻った。
広い玄関ホールに足を踏み入れると、地図や書類を抱えた副官たちが慌ただしく行き交っていた。町を制圧したばかりの緊張感が漂っている。
「ウヒャヒャヒャ、お疲れ様でした総司令官殿」
柱の陰から、待ち構えていたようにエルギンが現れた。相変わらず耳障りな笑い声だ。
「疲れてなどいない。住民たちの前でつまらない演説をしただけだ」
「ここの住民は実に賢明でしたね。戦わずして私たちを迎え入れたのですから」
エルギンは卓上の地図を広げ、指で町の位置を叩いた。
今まで反乱軍は、降伏勧告に応じて開門した町には寛大な処置をとり、わずかでも抵抗した町には苛烈な報復を加えてきた。
その結果、最近は初めから門を開く町が多くなっている。これもエルギンの献策による成果だ。
「だが住民は私たちを恐れているだけで、支持しているわけではない」
セレーネは肩からマントを乱暴に外し、椅子に放り投げた。「もちろん王家を倒したいと思っているわけでもない。そんな者たちを兵士に加えて、果たしてどこまで戦力になるかだ」
「充分に戦力になりますとも。戦わざるを得ない境遇に追い込みさえすれば、兵士は必死で戦います」
「民兵は2万を超えたが、まだ強制徴兵を続けるつもりか?」
「いえ、もう充分でしょう。これ以上兵士が増えると、将校や下士官の数が足りなくなります」
「では、いよいよ王都を攻めるか?」
「王都を攻囲する前に、現在ハイウェザー公領にいる討伐軍を壊滅させる必要があります。彼らと王都の守備軍が連携すれば、やっかいなことになりますからね」
エルギンには何を聞いても、即座に答えが返ってくる。好きにはなれないが、優秀な参謀であることは間違いない。
「討伐軍の総司令官はマケランだそうだな。私は会ったことがあるが、確かに非凡な指揮官と感じた。どのように攻めてくるだろうか?」
「私が討伐軍の総司令官なら、わざわざ王領まで攻めて来ません。反乱軍に参加した北部諸侯の領地を占領し、住民を懐柔して守りを固め、長期戦に備えます。特にノクトレイン家の公都は真っ先に落とします」
セレーネの腕に鳥肌が立った。公都には最小限の兵力しか残していないので、とても防ぎきれないだろう。
ノクトレイン家だけではなく、どの諸侯も領地には少数の兵力しか残していないはずだ。
潰走した王家軍の兵士たちが王都に戻らず、北部で集結するとは誰も予想しなかったのだ。
(もし私の領地が王家の手に落ちるようなことがあれば……)
遠征軍への輸送が滞ることは、それほど問題ではない。物資は現地調達できるからだ。
だが自分の領地を占領されては、遠征どころではない。諸侯にとっては領地こそが力の源泉であり、何よりも重要なのだ。それに公都には家族もいる。
「もし公都が落とされたなら、すぐに引き返して取り戻さねばならない」
「それはオススメできませんねえ。城壁で守られた都市を攻め落とそうとすれば、大きな被害が出ます。それに家族を人質に取られて、本気で戦えますか?」
「くっ……」
エルギンの言葉は正論だ。自慢のユニコーン騎兵も、攻城戦では役に立たない。
「ウヒャヒャヒャッ。心配させてしまって申し訳ありません。私ならそうすると言っただけです。マケランはそんな戦略はとりません」
「では、どんな戦略をとるのだ?」
「もちろん王領までやってきて、野戦で勝負を決しようとします」
「なぜだ? 野戦では、多くの騎兵を抱える我々が圧倒的に有利ではないか」
特にユニコーン騎兵は、野戦では無敵だ。
「以前に私が言ったことをお忘れですか? 反乱軍が王領の町や村で暴れているのは、王家が野戦による早期決着を求めざるを得なくするためです。王家としては、1日でも早く内戦を終えなければ、経済が破綻しますから」
「なるほど。王家はすでに多くの町を失い、莫大な経済的損失が出ている。これ以上は耐えられないか」
「はい。それに内戦が長期化すれば、東部や南部の諸侯も反乱軍に加わるかもしれません。また可能性は低いですが、共和国の侵攻という事態も考えなくてはなりません」
エルギンの言う通りだ、とセレーネは思う。
だがさっき彼は、自分が討伐軍の総司令官なら長期戦に備えると言った。
「そこまで状況をわかっていながら、おまえなら王家の経済的損失を気にせず、長期戦を選択するというのか?」
「はい」
「なぜだ?」
「私は軍人ですよ? 軍人が考えるべきは勝つことだけです。経済だの政治だのは、王や宰相が考えればいいのですよ」
(なるほど、これが領地を持つことのない平民将校の考え方か)
「おまえは政治についても見識がありながら、軍人であるためにそれを活かせないとは、少々もったいない気もするな」
「問題ありません。軍人は戦場だけに目を向け、政治的なことはあえて無視する。それが常識です」
「つまり、マケランは常識を知らないということか?」
「常識を無視していると言ったほうがいいでしょう。あの男は軍人のくせに、政治という不純物に興味を持ちすぎなのです」
純粋な軍人であるエルギンは、吐き捨てるように言った。
―――
北部では、ストラティスラの率いる1万4000人の敗残兵たちが、公都コーンプールに到着した。
人数が多すぎるので兵士は野営をすることになり、ストラティスラら将校だけがハイウェザー家の居城に入った。
マケランとリンクードは、ホールで彼女たちを迎えた。
「ストラティスラ、よく来てくれた。その……大変だったな」
マケランは気遣うように声をかけた。
ストラティスラはアリンガム公領の戦いでユニコーン騎兵の突撃を受け、最愛のペットのブリエンを失っている。自身も危うく死ぬところだったらしい。
その後廃城ではドラゴンに襲われ、同期生のノッカンドの死を目の当たりにした。
立て続けに常軌を逸した敵に襲われるなど、あまりに不運すぎる。
「私のことなら気にしなくていいわ」
ストラティスラは気丈に答えた。「今は早く戦いたくてたまらないの。あなたが総司令官なら文句はないから、なんでも命令しなさい」
「さすがだな。前から思っていたが、君は軍人になるために生まれてきたような気がする」
感心するように言ったのは、リンクードだ。
「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
「もちろんだよ」
マケランはストラティスラの隣にいるロセスにも声をかける。
「ロセスもよく来てくれた。無事に会えてうれしい」
「はい。でもノッカンドさんが……」
「ノッカンドのことはとても残念だ。俺はそのドラゴンを許せない」
「私も同感ですが、ドラゴンはすでに討伐しました」
「そうらしいな」
マケランは、ドラゴンを倒したという人物に目を向けた。
(まさか、彼がそんなに強かったとは)
「よっ、久しぶりだな、マケラン」
デュランは場違いなほど軽い口調で挨拶をした。




