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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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8.レイシールズ城防衛戦、開始

 夜が明けた。

 そしてレイシールズ城は、ペルテ共和国軍に攻囲された。


 マケランは壁上歩廊で冷たい風に身をさらしながら、敵の陣容をながめている。


(さすがに共和国軍の指揮官は、攻城戦の定法(じょうほう)を知っているようだな)


 攻撃側は北、東、南に展開している。

 西側だけを空けてあるのは、あえて逃げ道を残すことで守備側が決死の抵抗をするのを防ぐためだろう。それで本当に逃げ出せば、背後から追撃してくるに違いない。


 共和国軍は攻囲が完了したタイミングで、降伏をうながす使者を送ってきている。今ごろはグラディスとシャノンが交渉に応じているはずだ。


 マケランが交渉の場に出ないのは、この城に将校がいないと思わせるためである。

 敵は奇襲によって騎士たちを全員討ち取ったことで、もうこの城には女の兵士しか残っていないと思っているはずだ。今はそのまま油断させておけばよい。


「さ、さすがに1万人の軍隊は、そ、壮観ですね」


 近くにいた下士官が声をかけてきた。現在、壁上歩廊には50人の兵士がいて、マケランと共に敵の動きを監視している。


 彼女たちが腰に差している武器は細身の剣、そして防具は動物の皮革でつくった鎧だ。

 革の鎧では防御力が不安だが、女性兵士の体力では鉄の鎧は重すぎて、素早く動けないのだ。


「どうした、声が震えているぞ?」

「む、武者震いです」


 明らかに強がっているが、それを指摘するのは野暮だろう。


「そうか。昨夜はよく眠れたか?」

「さすがに興奮して眠れなかったので、みんなで騒いでいました。でもグラディス兵士長が大部屋にやってきて、『やかましい! さっさと寝ろ!』と怒鳴っていくと、みんな静かになりました」

「グラディスに反発するような兵士はいないか?」


 これはずっと気になっていることだ。

 マケランを侮辱した兵士を斬ったことを、やりすぎだと思っている者もいるだろう。


「いないと思います。ヘレンが死んだのは悲しいですが、仕方がないことだとみんな納得していますから」


「私たちはみんな兵士長を尊敬してます」


 別の兵士が発言した。「この城の騎士や兵士たちは、女の兵士を欲望の対象として見ていました。軍規を破って私たちの兵舎に入ってくる奴もいましたが、そのたびに兵士長が叩き出してくれたんです」


「彼女はそんなに強いのか」

「並みの男では相手になりません」


「でも、今回の敵は並みの相手じゃないですよね……」


 さらに別の兵士が、不安そうな顔で敵陣を指差した。「あの狼みたいなのはウェアウルフ、あっちにはリザードマンもいます。見るからに凶悪そうで……正直、怖いです。10人がかりでも勝てそうな気がしません」


「戦う前から弱音を吐くな」


 と言ってやりたいが、それではおびえさせるだけだろう。怖いのは当然だ。マケランだって怖いのである。

 もちろん指揮官としては、そんな感情はおくびにも出すわけにいかない。


「問題ない」


 マケランはメガネをクイッと押し上げた。「ウェアウルフだろうがリザードマンだろうが、斬られれば血を流すし、痛ければ悲鳴を上げる。あいつらだって俺たちのことを怖がっているんだ」


「なるほど、たしかにそのとおりです!」

「少尉のその鋭い目でにらまれれば、きっと敵は逃げ出すでしょう!」

「どんな時でも冷静なのは、さすが『黒蛇』であります!」


 兵士たちは口々に感嘆の声を上げた。

 マケランがあまりにも自信たっぷりなので、多少は恐怖が薄れたようだ。




―――




「レイシールズ城は降伏を拒否してきました。我々と戦うつもりのようです」


 ペルテ共和国軍司令官のアドリアンは、戻ってきた使者の報告を聞いて意外に思った。


(どういうことだ? 女の兵士だけで戦うつもりか?)


 騎士は全員殺した。指揮を執れる人間は残っていないはずだ。


「交渉に応じたのはどんな奴だ?」

「兵士長のグラディスとかいう女です。やたら迫力のある大女で、こちらが降伏をうながすやいなや、下品な言葉で怒鳴りつけてきました」

「ちっ、たかが下士官の分際で……。降伏すれば命だけは助けてやったものを」


(その代わり、兵士たちの慰み者になるがな)


「ケケッ、てことは戦いになるのか? おもしろくなってきたじゃねえか。女どもを焼いたら、どんな臭いがするか楽しみだ」


 隣にいた魔法使いが、残虐な笑みを浮かべて言った。


(ちっ、この異常者が)


 アドリアンは、このルイという名の魔法使いが嫌いだ。

 もっとも、この男に好意を抱く人間などいるはずがないが。


「アドリアン司令官、レイシールズ城など無視して進軍してもいいのではないか? たった300人では、背後から襲われる心配もないだろう」


 そう提案してきたのは、ウェアウルフ族のガルズ将軍だ。


「いや、この城は本国との補給線上に位置する交通の要衝だ。敵の手に残しておくのはまずい」

「そうか」


 ガルズは素直に引き下がった。


「おいオオカミ、攻城戦をやるのがいやなのか? 女だけの城なんざ、落とすのに1日もかからねえだろうに」

「だったら、貴様の魔法で落としてみろ」

「……ちっ」


 ルイはガルズに言い返され、舌打ちをして黙り込んだ。

 昨日1500人を焼き殺した時とは状況が違う。堅固な城壁の内部にいる相手に対しては、彼の火の魔法は届かない。


「力攻めでもあっさり落とせるだろうが、ここは慎重に攻城兵器を使って城門を破壊しよう」


 アドリアンは2人に告げた。「3日もあれば破城槌(はじょうつい)をつくれる。城門までは傾斜があるから、運ぶのは骨が折れそうではあるが」


 破城槌は攻城兵器の一種で、丸太をぶつけて城門や城壁を破壊するものだ。


「その点は心配いらぬ。力仕事ならウェアウルフの兵士たちに任せてもらおう」

「それは頼もしいな」

「だが破城槌を城門に隣接させるには、まず空堀を埋める必要がある」

「それなら造作もない。人間の兵士たちにやらせよう」

「しかし大量の土を運ぶのは重労働だぞ。城壁の上から矢や石が雨のように降ってくるだろうから、あまり時間をかけることもできぬ」


「堀を埋めるのに土を使う必要はない」


 アドリアンは不敵な笑みを浮かべて言った。「私に考えがある。命知らずな女たちに共和国軍の戦い方を教えてやろう」

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