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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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79.男レスリング

 マケランはダンフォード家の騎士と兵士たちを、公都の広場に集めた。


「今後はダンフォード公に代わり、王家の将校であるタマナブリ少尉が君たちを指揮することになる」


 一同に向かってそう告げたところ、


「我々の指揮官は閣下以外にあり得ぬ!」

「平民上がりの将校の命令になど、従えるものか!」

「俺たちは敗れたとはいえ、誇りまで失ったわけではないぞ!」


 予想通り、反発の声が返ってきた。

 最前列にいるダンフォード公も、納得がいかない面持ちだ。


「マケラン殿、我らは敗者である以上、勝者の命令には従うしかない。しかし表面的に従ったとしても、内心で反発することは避けようがない。それでは士気が上がらず、他の軍団の足手まといになると思うのだ」


 マケランの隣に立つリンクードも、うなずいている。


「ダンフォード公の言うことはもっともだ。やはりタマナブリを指揮官にするのは難しいのではないか?」


(普通はそう考える。しかし、この男なら――)


「どうする?」


 マケランは後ろに控えているタマナブリに声をかけた。


「フッ、おれはやると言ったらやる男だぜ」


 タマナブリは堂々と答えると、騎士と兵士たちの前に進み出た。今回はちゃんと軍服を着ている。


「おれはラマンノ・タマナブリ! 君たちの指揮官になる男だ! よろしく頼む!」


 さわやかな笑顔を浮かべて挨拶をした。

 当然反抗されると思いきや、


「なんか……目がキラキラしてるな」

「歯が真っ白で、歯並びも完璧。健康を絵に描いたような男だ」

「低くて落ち着いた、男らしい声だな。正直、閣下の甲高い声よりもはるかに耳に心地いい」


 意外にも好反応だ。男が惚れる男と称されるだけのことはある。


「さあ、いくぜ」


 タマナブリはフッと笑みを浮かべると、着ているサーコートをつかみ、ビリビリッと引き裂いた。

 さらにシャツとズボンも引き裂くと、白いパンツ一丁になった。


「マケラン、彼は何をやっているんだ?」


 リンクードは眉をひそめている。


「たぶん筋肉を見せたいんだと思う」

「その時点で意味がわからないが、だったら普通に脱げばいいだろう。王家から支給されたサーコートをぼろ切れにする必要はない」

「俺もそう思うが、彼らの反応を見てみろ」


 男たちは目を輝かせ、『好漢』と呼ばれる男を褒めたたえる。


「サーコートを手で引きちぎった……なんてワイルドな男だ……!」

「あの肩幅、まるで山脈だぜ!」

「ヒューッ、見ろよあの腹筋を。槍だってはね返しそうだ」


 その反応に気をよくしたタマナブリは、様々なポーズをとって、均整のとれたたくましい肉体を見せつける。


「あれは農作業で身につけた筋肉じゃないな。戦闘で身につけた筋肉だ。俺にはわかる」

「あの雄大な背中、今までどれだけの命を背負ってきたんだろうか」

「あの胸に飛び込めば、この世の不安がすべてなくなるに違いないぜ」


 男たちは興奮していた。

 女性兵士ならば目をそらして悪態をついていたかもしれないが、男には男の価値観があるのだ。

 しかし、中には理解できない男もいる。


「みんな目を覚ませ! あんな見せかけだけの筋肉がなんだというんだ!」


 真面目そうな騎士が、仲間たちに向かって呼びかけた。


「見せかけだけと思うなら、試してみたらどうだ?」


 タマナブリはその騎士の前に移動すると、両腕を広げた。「さあ、全力でぶつかってこい!」


「いいだろう。あんたの化けの皮をはがしてやる」


 騎士は腰に差していた剣を仲間に預けてから、タマナブリに向かって体当たりを敢行する。

 しかしタマナブリの体は、まったく動かない。


「くっ……! それなら、これはどうだ!」


 騎士は相手の両足をすくい、押し倒そうとする。

 だがタマナブリの足は、地面に根を張ったように動かない。


「まあ、こうなるだろうな」

「彼は武器を使った戦闘は苦手だが、レスリングでは誰もかなわなかったからな」


 マケランとリンクードは、この光景を当然のようにながめていた。


「フッ、精進したまえ」


 タマナブリは相手の脇の下に手を入れ、すくうように投げた。


「うわっ!」


 男の両足が地面から離れ、そのまま勢いよく転がされた。

 後ろで見ていた男たちは、あっけにとられている。


 投げ技は、相手の体勢を崩してからでなければ決まらない、というのが常識だ。だがタマナブリは、パワーだけで投げてしまった。


「さあ、次は誰だ? かかってこい!」


 彼は涼しい顔で、再び両腕を広げた。


「なめるな!」


 今度は別の男がぶつかっていく。しかしタマナブリの体を動かすことはできず、あっさりと投げられた。


 それからタマナブリは次、次、と言いながら、男たちを投げ飛ばしていった。

 5人目を投げたあたりで、誰もが彼の力を認めていた。

 10人目を投げたところで、


「次は私だ」


 なんとダンフォード公がタマナブリの前に立った。


「閣下、おれは誰が相手でも手加減はしませんよ」

「もちろんだ。ここにいるのは貴族でも平民でもない。男と男だ」


 ダンフォード公は姿勢を低くすると、タマナブリの胸をめがけて思いっきりぶつかった。

 しかし、やはり微動だにしない。


「ば、バカな……! 私は岩にぶつかったのか……?」

「フッ、おれは牛の突進も止めたことがあるんですよ」


 タマナブリはダンフォード公の股の下に手を入れ、かつぐように持ち上げた。そして相手の体を裏返し、そっと地面に置く。


 そのまま体を密着させて押さえ込んだ。ダンフォード公は逃れようともがくが、完全に横四方固めが極まっている。


「なるほど、投げ飛ばさずに優しくフォールしたか」


 マケランはメガネをクイッと押し上げた。「諸侯であるダンフォード公の顔を立てたんだな。あいつはああ見えて、礼節をわきまえている」


「あれは礼節と言えるのだろうか?」


 リンクードは首をかしげている。


「私の負けだ」


 ダンフォード公は押さえ込まれたまま、納得した表情で降参した。

 タマナブリは技を解くと、彼の手をつかんで優しく引き起こした。


「「ウオオオオオオッ!!」」


 大歓声だ。

 マケランはタマナブリのところへ行き、労をねぎらう。


「お疲れ。これで君に指揮官を任せられるな」

「フッ、疲れてなどいないよ。お楽しみは始まったばかりだぜ」

「どういう意味だ?」

「まだ11人しか相手をしていないじゃないか。全員を投げてやらないと、不公平というものさ」


(正気か、こいつ)


「全員って……1400人いるんだぞ!? いくら君でも、体力がもつはずがないだろう!」

「どんなに苦しくても、男が途中でやめるわけにはいかないのさ」


 タマナブリは再び男たちに向かって両腕を広げた。


「さあ、次は誰だ!」




「はあ……はあ……かかってこい!」

「お願いします!」


 500人目が宙を舞った。


「ふう……次だ!」


 501人目、502人目――次々と男たちが地面に転がる。

 彼らのタマナブリを見つめる目は、神を仰ぎ見るかのごとしだ。


「そいやぁっ!」


 タマナブリは息を切らしながらも、503人目を投げ飛ばした。




「ぜひぃ……ぜひぃ……君で最後だ」


 タマナブリは倒れ込みながら、最後の1人を投げた。


「ありがとうございました!」


 投げられた男はすぐに立ち上がり、倒れているタマナブリに深々と頭を下げた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。


 辺りはすっかり夜になっていた。

 さすがのタマナブリも最後の方はフラフラになり、男たちは気を遣ってわざと投げられていたが、それでも1400人全員に勝ったのだ。


 ダンフォード家の男たちは、完全にタマナブリに心酔した。

 彼らはぐったりしている新しい指揮官を担架に乗せ、「オウッ! オウッ!」と野太い声で吠えながら兵舎に戻っていった。


 マケランとリンクードはそれを見届けてから、城に戻った。


「すごいものを見たな……」

「ああ……」


 並んで廊下を歩きながら、感想を言い合う。


「全員に勝っただけでなく、1人も怪我をさせないとはな」

「フフッ、少し感動してしまった自分が悔しいよ」

「そんなにすごかったのですか。私も見たかったものです」

「わっ!」


 突然後ろから声をかけられ、リンクードが驚いて叫んだ。


「驚かせてしまい、申し訳ありません」


 ケイトが頭を下げている。


「ああ、その軍服は黒蛇軍団の下士官だね。まったく気配を感じなかったので驚いたよ」


「彼女は偵察隊隊長のケイトだ。影が薄いことに定評がある」


 マケランはケイトをリンクードに紹介してから、彼女を問いただす。「それで、こんなところで声をかけてきたということは、重要な報告があるんだな?」


「はい。王領に派遣していた部下が、反乱軍の情報をつかみました。リンクード公子にも聞いていただきたいと思います」

「敵の情報か、それは重要だな。聞こう」


 マケランたちは聞く態勢になった。


「はい。アリンガム公領の戦いで王家軍を潰走させたのは、アリンガム家、ゲニントン家、バーシー家、そしてノクトレイン家の連合軍でした。その後、ボトラー家、レザリック家、ドレイクモント家、デザール家が反乱軍に加わっています」


 ケイトはメモを見るようなことは一切せず、スラスラと諸侯たちの名前を挙げた。


「なるほど、ハイウェザー家とダンフォード家をのぞく北部諸侯が、すべて反乱軍についたということか」

「南部と東部の諸侯たちが静観しているのは、せめてもの救いだな」

「情勢を見極めて、勝ちそうな方に味方するつもりだろう。ケイト、続きを」


「はい。反乱軍の総司令官がノクトレイン女公であることは以前にお伝えしましたが、彼女には優秀な参謀がついていることが新たにわかりました。王領で略奪を行ったことも、家族を人質にとって若い男を反乱軍に加えたことも、その参謀が考えたことです」


 マケランとリンクードは深刻な顔でうなずく。


「なるほど、ノクトレイン女公らしくない戦略だとは思っていた」

「ああ、ずいぶん卑怯なことを考える参謀がいたものだな」

「司令官も公子も、よくご存じの男です」

「なに? 誰だ?」


 不審げな顔のマケランたちに対し、ケイトは表情を変えずに答えた。


「反乱軍の参謀は、士官学校の第8期卒業生ローウォーカー・エルギン。『黒龍』の異名をもつ将校です」


 2人の顔色が同時に変わった。

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