78.黒蛇軍団、出陣
大手門前の中庭に、3000人を超える女性兵士たちが整列している。
彼女たちの視線の先で、マケランが出陣前の演説をしていた。
「俺は国王陛下によって、反乱軍討伐の実質的な総司令官に任命された。身に余る光栄――などとは言うまい。俺以外に適任者はいない」
もちろんそんなわけはない。
(戦いを避けるためにレイシールズ城の防衛を志願したのに、なんでこうなった?)
マケランは例によって、兵士たちの前では虚勢を張っている。それが指揮官の仕事だ。
「すごい自信……!」
「かっこいい……!」
「なんか、ゾクゾクしてきた」
自分たちの指揮官が救国の英雄たらんとしていることに、誰もが感動している。
「3万の王家軍を打ち破った反乱軍は、さらに兵力を増やしながら王領へ進軍している。奴らは町や村を襲い、住民の財産だけでなく命まで奪った! 女性や子どもまでが殺された!」
マケランは怒りをあらわにして言った。
「なんて卑劣な!」
「許せません!」
「奴らにムーズ様の裁きがくだりますように」
「そうじゃない! 裁くのは私たちよ!」
兵士たちの怒号が中庭の空気を震わせる。
「若い男たちは家族を人質にとられ、無理やり反乱軍の兵士にされている。君たちの家族も、どこかで戦わされているかもしれない」
兵士たちがざわめく。
マケランはこの話をマクドールから聞かされた時、暗然たる思いになった。
こんな戦略を考えたのは卑劣な人間に違いないが、王家の兵士の戦意を鈍らせるには、実に効果的だ。
(それでも戦って勝つしか道はない)
マケランは一歩前に出て声を張った。
「戦えぬ者は申し出ろ! 今回に限り、戦列を離れることを認める!」
「もちろん自分は戦うであります!」
ルーシーが間髪入れずに答えた。マケランは心の中で彼女に礼を言った。
(ありがとう。君はこういう時、真っ先に声を上げてくれる)
「司令官のご命令ならば、たとえ相手が親や恋人であっても戦います!」
続いて新兵のエセルが手を挙げ、重い決意を述べた。
「私の隣には、共に戦う仲間がいます。ならばどんな戦いも怖くありません!」
副兵士長のアイリーンだ。最年長の33歳だけあって、言葉に重みがある。
「アイリーンの言うとおりだ。君たちは1人ではない。隣には仲間がいる。道の先には守るべき民がいる。
今こそ訓練で得た力を活かす時だ。俺たちの正義はムーズ様がご存じだ。迷うな!」
マケランは拳を天に突き上げた。
「「オオオオオオオオオッ!!」」
兵士たちは荒々しい雄叫びで応えた。
そんな彼女たちの熱狂の声を聞けば聞くほど、胸の奥に重苦しいものが沈んでいく。
(俺の肩に王国の命運がかかっている。はあ……責任の重さに押しつぶされそうだ)
それでも兵士たちの前では、勝って当然という顔をしなければならない。今までずっとそうしてきたように。
「黒蛇と呼ばれる俺が総指揮をとる。ならば敗北はあり得ないっ! 諸君、俺を信じてついてこいっ!」
普段は感情を見せない彼だからこそ、ここぞという時の熱い言葉が聞く者の心を震わせる。
「「黒蛇! 黒蛇! 黒蛇! 黒蛇!」」
兵士たちは興奮に目を輝かせ、黒蛇の名を連呼した。
演説を終えると、マケランは全兵士を引き連れてレイシールズ城を出発した。
まずはハイウェザー家の公都コーンプールへ向かう。2日もあれば着くだろう。
名目上の総司令官のガラガラは、護衛役のマクドールと2人の従者と一緒に、馬車に乗って進んでいる。
昨日のリヴェットの荒療治のおかげで、彼が出陣に際して駄々をこねるようなことはなかった。
しかし、兵士たちの前で自己紹介をしてはどうかという提案は、予想どおり断られた。
彼はずっと自室に引きこもっていたような人間だから、大勢の人間の前で話をするのは無理なのだろう。
それに加えて、リヴェットのせいで女を怖がるようになったようだ。
今後、彼が何かの役に立つとは、期待できそうにない。
また、タマナブリは討伐軍の将校として従軍しているが、彼が黒蛇軍団の指揮官となることはない。
本人が、女性兵士を指揮することを拒否したのだ。
というわけで、現在の黒蛇軍団の指揮系統は以下のとおりである。
司令官 マケラン
兵士長 シャノン
副兵士長 アイリーン
○騎兵隊 約300人
隊長 リヴェット
○歩兵隊 約2600人
隊長 シャノン(兼任)
近接兵長 ルーシー
投射兵長 サマンサ
○偵察隊 約30人
隊長 ケイト
○兵站部 約450人
部長 マイラ
補給隊長 レティーシャ
輸送隊長 フィオナ
医療隊長 サミ
事務隊長 マイレッド
マケラン以外はすべて下士官だが、隊長クラスは実質的に将校の役割を担うことになる。
一行は公都コーンプールに到着した。
マケランとガラガラはまず領主の執務室に入り、ハイウェザー公に挨拶をした。
ハイウェザー公は自分は討伐軍には参加せず、息子であるリンクードに自軍の指揮を任せるとのことだ。もちろんマケランとしても、その方がやりやすい。
リンクードはハイウェザー家の2500人の兵士と共に、マケランの指揮下に入ることになった。
ストラティスラたちも、1万4000人の敗残兵を率いてここに向かっているらしい。
「おお、マケラン殿ではないか」
ハイウェザー公の執務室を出て廊下を歩いていると、ダンフォード公が声をかけてきた。
彼はマケランに敗れて降伏した後、反乱軍の討伐に参加するためにここに来ている。
「閣下、お元気そうで何よりです」
「うむ。マケラン殿は討伐軍の総司令官となられたそうだな。私も1400人の兵士を率いて戦うので、活躍に期待してもらおう」
ダンフォード公はそう言ってから、腰を低くして頼み込む。「だからそのう……ラッセル陛下にはよろしく伝えてほしい」
マケランたちに攻撃を仕掛けた罪を許すよう、王に口添えしてほしいということだ。
「親父に何を伝えるんだ?」
隣にいるガラガラが口をはさんだ。
「ん? 君は誰だね?」
「この方はラッセル陛下の長男で、王太子のガラガラ殿下です」
ガラガラを紹介すると、ダンフォード公の顔が青くなった。
「こ、これは王太子殿下でいらっしゃいましたか。は、初めてお目にかかります」
「おう。それで、親父に何を伝えりゃいい?」
「ダンフォード家は永遠に王家の忠臣である、ということをです」
「あ、そう。じゃあ死ぬ気で戦ってこい」
「はっ! お任せください!」
(任せるのは不安だな)
この間の戦いで、ダンフォード公は軍事指揮官として無能なことがわかっている。彼が一軍を率いるのでは、全軍の歩調を乱しかねない。
マケランは1人になった後、この件について相談するためにリンクードの私室を訪れた。
彼の性格を反映してか、落ち着いた雰囲気の部屋だ。
テーブルはさんでリンクードと向かい合って座ると、マケランは懸念を伝えた。
「ダンフォード公の指揮能力では、1400人の兵士を率いるのは難しいと思う」
「私も同感だ。もっと有能な人間に指揮官を任せた方がいい」
「だがそうすると、ダンフォード家の騎士や兵士たちが反発する」
「そうだな。自分たちの主君をないがしろにされ、よそから来た人間の指揮下に入れと言われても、素直に従う気にはなれないだろう」
2人で考え込んでいると、
「話は聞かせてもらったよ」
ベッドの下から、涼やかな顔のタマナブリが這い出てきた。またしても白いパンツ一丁だ。
「な! な! なぜ君がそんなところにいる!?」
いつも冷静なリンクードが、見たことのない取り乱し方をした。自分のベッドの下に変質者が潜んでいたのだから、当然だ。
「リンクード君の驚く顔が見たくてね。同期生からのちょっとしたサプライズというやつさ」
タマナブリはベッドの上に尻を下ろして答えた。リンクードは不愉快そうに顔をしかめる。
「だからといって、親しき仲にも礼儀ありというだろう。――いや、それほど親しくもなかった気がするが」
「ハハッ、つれないことを言うじゃないか。まあいいさ、それよりダンフォード軍の指揮官については、おれに任せてくれないか」
「ダンフォード家の兵士の反発を抑える方法について、君にはなにか考えがあるのか?」
マケランが問いただした。
「考え? フッ、こういう時は下手に策をめぐらすよりも、体ごとぶつかって相手の股ぐらをつかんだほうがいいのさ」
何を言っているのか、よくわからない。
(だが、タマナブリはできもしないことを言うような奴じゃない)
彼も花の第8期の1人であり、こう見えて指揮官としては有能なのだ。
「では、君とダンフォード軍の兵士たちが顔合わせをする場を用意しよう」
マケランがそう言うと、リンクードが目をむいた。
「本気かマケラン!? こんな男に任せるのか?」
「納得できない気持ちはよくわかる」
マケランはリンクードをなだめた。「だが君も知っているように、なぜか彼は男の兵士には好かれる。ダンフォード軍の男たちの心も解きほぐしてくれると期待しよう」
――翌日。
タマナブリとダンフォード軍の顔合わせの場は波乱の展開となり、マケランとリンクードは言葉を失うことになる。




