77.王太子ガラガラ
ガラガラは自室に引きこもっていることが多く、めったに人前に姿を現さない。だからマケランも会うのは初めてだ。
だが言われてみれば、締まりのない顔が父親のラッセルに似ている気がする。
「殿下のような方が、わざわざこのようなところまで来られるとは驚きました」
「俺様だって来たくなかったが、父上の命令だから仕方ねえ。あーあ、ずっと馬に乗ってたからケツが痛えぜ」
ガラガラはそう言うと、マクドール以外の2人に手伝わせて馬を降りた。彼らは従者のようだ。
「それで、レイシールズ城へ来られたのはいかなる御用向きでしょうか?」
「総司令官をやるためだ」
「総司令官?」
「ああ、ただし俺様は名前だけで、ホントの総司令官はおまえだぞ。さっさと反乱軍を倒してこい」
「わ、私が反乱軍を倒す!? ど、どういうことですか!?」
「おいマクドール、説明しろ」
ガラガラは面倒くさくなったのか、マクドールに丸投げした。
マクドールはうなずくと、マケランに向かって説明を行う。
「黒蛇…………連合…………た」
「なるほど。黒蛇軍団、ハイウェザー家、ストラティスラが集めた敗残兵で連合軍を結成し、反乱軍を討伐することになったのか」
「…………総…………マケ…………」
「その連合軍の名目上の総司令官はガラガラ殿下だが、実質的な総司令官は――俺だって? なんで新任将校である俺に、そんな大任が下ったんだ?」
「フィ…………」
「フィディックが陛下に進言したのか……。おのれフィディックめ」
「なあ御主人、なんでそんなに声が小さい人と普通に会話ができるんだ?」
ピットが口をはさんだ。「ウェアドッグであるオレの耳でも、なんとか聞き取れる程度なのに」
「慣れてるからな。少なくとも第8期生たちは、マクドールの言ってることを理解できるぞ」
「おい、話が済んだならさっさと飯を用意しろ! 俺様は腹が減ってるんだ!」
ガラガラが文句を言った。
「わかりました。ピット、主塔の厨房へ行って、殿下のために豪華な食事を用意するように伝えてこい」
「おう、わかった」
命令を受けたピットは、嬉しそうに走って行った。
ガラガラが食事をしている間、マケランはマクドールを主塔の会議室に案内し、詳しい話を聞くことにした。同期生であるリヴェットとタマナブリにも同席させている。
そして彼らはマクドールの口から、信じられない事実を聞かされることになった。
「ノッカンドがドラゴンに殺されただって!?」
ガラガラ一行はここに来る途中で、王命を伝えるためにストラティスラがいる廃城に立ち寄っている。その際にこの話を聞かされたらしい。
「なんてことだ。ノッカンド君に二度と会えないなんて、おれには信じられないよ」
タマナブリが悲嘆に暮れている。ちなみに、今はちゃんと服を着ていた。
「アリンガム公領にドラゴンが現れたことも、にわかには信じがたいな」
マケランはメガネを親指と中指で押し上げた。「そんなデカいドラゴンが、今まで誰にも目撃されずに、どこに潜んでいたんだろうか?」
「マケラン、もっと信じられないことがあるだろ?」と、リヴェット。
「デュランがそのドラゴンを仕留めたという話か?」
「そうだ。あいつは戦闘訓練をサボってばかりだったし、あたしが稽古をつけてやろうとしても、いつも逃げ回ってたような奴だぞ。そんな奴がドラゴンを倒したなんて、おかしくねえか?」
このリヴェットの疑問に対しては、マクドールが例によって小声で答えた。
「本当……………見た………」
彼によれば、ストラティスラに加えて大勢の騎士と兵士が、デュランがドラゴンを斬り殺すところをその目で見たらしい。ならば信じるしかない。
「ドラゴンの話は、今はおいておこう。俺たちが考えるべきは、反乱軍を討伐することだ」
「考えてみれば、すごいことだぞ」
タマナブリは誇らしげに言った。「そんな重要な任務の最高指揮権がマケラン君に与えられた。それ以外の将校も、全員が第8期生じゃないか」
(先輩たちは何をやってるんだ、って話だがな)
「ええと、ここにいるおまえら以外では、リンクードはハイウェザー家の公都にいて、ストラティスラとロセスとデュランはアリンガム公領の廃城にいるんだったな。まずはそいつらと合流しねえと」
(ん? 何か忘れているような……?)
リヴェットの言葉に、マケランは考え込む。
「そういえば、エルギン君はどこへ行ったんだ? 彼もアリンガム公領の戦いに参加していたはずだが」
「そうだ、エルギンだ」
マケランはタマナブリの言葉にうなずいた。「あいつが戦死したなんてことは、ちょっと想像できない。ストラティスラのところにいないとすれば、王都に戻ったんだろうか?」
しかしマクドールが首を振った。
「…………った」
「そうなのか」
エルギンは王都にはいなかったらしい。
「生きてるんなら、そのうちひょっこり現れるだろ」
リヴェットが、さして興味もなさそうに言った。
エルギンは『黒龍』などと異名をつけられるぐらいだから、あまり好かれてはいなかったのだ。
「そうだな。エルギンのことは気になるが、まずはリンクードやストラティスラたちと合流する必要がある。では明朝、ハイウェザー家の公都へ向けて出立しよう。ここの守りはサー・ファンドレーに任せておけばいいだろう」
反乱軍と戦うことが決まったからには、すぐに動くべきだ。ぐずぐずしていて良いことは何もない。
しかしマクドールが問題点を指摘する。
「……殿下……」
「ガラガラ殿下が文句を言うに違いないだって?」
「長旅…………ない……」
「なるほど、かなりお疲れの様子だったからな。長い旅を続けてやっとここまで来たのに、すぐに引き返すのは納得がいかないか」
とはいえ、ガラガラはあくまでも名目上の総司令官だ。マケランが決めたことには従ってもらわねばならない。
「大事な会議中ですが、失礼いたします」
その時、ノックの音に続いて家令が入ってきた。
「家令殿、何かありましたか?」
「はい、ガラガラ殿下がワインをご所望でして、『女兵士の中で一番かわいい奴を連れてきて酌をさせろ』とおっしゃっているのですが……」
一同は苦々しい表情になった。これでは先が思いやられる。
(兵士にそんなくだらないことをさせれば、間違いなく士気が下がる)
「リヴェット、すまないが君が行ってくれ。頼む」
マケランが頭を下げると、リヴェットは目を大きく見開き、顔を赤らめた。
「マケラン……おまえはあたしが一番かわいいと思ってくれてたのか……!」
「そういうわけじゃない。君なら殿下が相手でも、ちゃんと言うべきことを言えるからだ」
「なんだ、そうなのか……」
肩を落としているリヴェットを見て、マケランは意外に思った。
(彼女は容姿など気にしないと思っていたが、俺が鈍感だったかもしれない)
「あ、いや、俺の主観的な感想によれば、君はかわいい……と言っても過言ではない……とも言い切れないと思う」
マケランはメガネの位置を直しながら、あわてて取り繕った。
「そ、そうなのか? よし、あたしに任せておけ! 殿下に言うべきことを言ってきてやる!」
リヴェットはやる気に満ちた表情で、勢いよく席を立った。
「怪我さえさせなければ、少々手荒なことをしても構わないぞ」
「いいのか?」
「責任は俺がとる。今は戦時であり、ここは宮廷ではないことを殿下に理解してもらう必要があるんだ」
重要なのは反乱軍に勝つことであり、その障害になるものは除いておくべきだ。
マケランが総司令官になったからには、王だろうと王太子だろうと口は出させない。
「よし、わかった! 死なない程度に痛めつけてくる!」
「いや、そこまでは言ってな――」
マケランが止めるのに気付かず、リヴェットは鼻息を荒くして部屋を出て行った。
(大丈夫かな……?)
ドゴォン! ガシャン、ガシャン!
しばらくして、食堂の方から荒々しい音が聞こえてきた。
「グゲーーーッ!」
続いて、恐怖に満ちた男の悲鳴が届いてくる。
(大丈夫ではなさそうだ)
「マケラン君、リヴェットを止めなくていいのかい?」
心配そうなタマナブリに対し、マケランは少し考えてから答えた。
「放っておこう。もし反乱軍に負けるようなことがあったら、殿下は殺されることになる。この程度の試練には耐えてもらわないとな」
すると隣に座っていたマクドールが、微笑みながらマケランの肩をポンポンとたたいた。
「うん…………正解……」
やっぱりマケランを総司令官にしたのは正解だった、と彼は言った。




