76.龍殺し
デュランは第8期生の中で随一の無能な男として蔑まれていた。
そんな男がドラゴンと戦うなど、正気の沙汰ではない。
「逃げなさい! あなたにどうこうできる相手じゃないわ!」
ストラティスラはデュランを怒鳴りつけた。彼のことは嫌いだが、むざむざ死なせるわけにはいかない。
「ああ、俺のことは心配するな。おまえこそ、離れていたほうがいいぞ」
しかしデュランはドラゴンとにらみ合ったまま、平然と言い返す。
「ストラティスラさん、ここは御主人様に任せてください」
キャッピーまでが、そんなことを言った。
「でもデュランじゃ――いえ誰であろうと、このドラゴンを倒すのは無理よ」
ドラゴンを見るのはこれが初めてなので断言はできないが、目の前のドラゴンは記録に残るドラゴンよりもはるかに体が大きく、戦闘力も高い気がする。
「大丈夫です」
キャッピーの言葉には迷いがない。飼い主に対する絶大な信頼がうかがえた。
逃げようとしていた兵士たちも、いつの間にかデュランとドラゴンの対峙に見入っている。
「キャッピーの言うとおりだ。まあ見ていてくれ」
デュランは剣を構えたまま、じりじりとドラゴンとの距離をつめていく。
5メートルの距離まで接近したところで、
「グゥゥゥオォォォ……!」
ドラゴンは威嚇するようなうなり声を発し、尾を大きく振り上げた。
あの尾の一振りは、石の城壁を破壊するほどの威力がある。人間がまともにくらえば、一瞬で肉片と化すだろう。
ダダッ!
デュランは迷いなく疾走する。
ブォンッ!
ドラゴンが勢いよく尾を振り下ろす。
舞い上がる砂煙の中、デュランは跳躍してそれをかわす。そして尾を踏み台にして、さらに高く飛び上がる。
「ハアアアアッ!」
落下しながら、ドラゴンの肩口から胸にかけて深々と斬り裂いた。赤黒い血が勢いよく噴き出し、デュランの体に降り注ぐ。
「ギャアアアアァァァッ!!」
ドラゴンは甲高い悲鳴を上げながら、その巨体をゆっくりと傾けていく。
地面に倒れ伏すと同時に、地響きで廃城が揺れる。
(ドラゴンを……一撃で……?)
信じられない光景に、ストラティスラは言葉を失っていた。
ドラゴンはしばらく体を震わせていたが、やがてピクリとも動かなくなった。
周りで見ていた騎士と兵士たちは、驚愕と興奮の叫び声を上げる。
「すげえっ! ドラゴンを倒したぞ!」
「信じられねえっ!」
「誰なんだ、あの男はっ!」
すかさずキャッピーがデュランの元に駆け寄り、兵士たちに向かって声を張り上げた。
「みなさーん! この方は花の第8期の将校の1人、デュラン様でーす!」
「「オオオオオォォォォォッ!!」」
騎士と兵士たちは、野太い歓声を上げた。
「「デュラン! デュラン! デュラン!」」
そしてドラゴンを倒した英雄の名前を連呼する。
デュランは剣を高く掲げて、彼らの歓声に応えた。
「これは……いったい何が起こっているのですか?」
ようやく中庭にやってきたロセスは、ストラティスラに問いかけた。
(私も知りたいわ。まるで夢を見ているよう……)
だが、目の前で起きたことは現実だ。
彼に助けられた事に対して素直に感謝し、そして褒め称えるべきだろう。
「どうやらデュランを『蛆虫』と呼ぶのはふさわしくなかったみたい。これから彼のことは『龍殺し』と呼ぶべきね」
その夜、廃城は遅くまで『龍殺し』デュランを称える祝宴に沸いた。
―――
マケランがレイシールズ城に来てから、2週間が経った。
北部諸侯の反乱についてはもちろん気になるが、王から受けた任務はレイシールズ城の防衛だ。勝手にここを離れて反乱軍の討伐に向かうわけにはいかない。
――というのは建前で、やはり女性兵士たちに白兵戦をさせるのは時期尚早と思えた。
もちろん兵士たちは日々成長している。
現在はタマナブリに代わってリヴェットが調練を行っているが、そのおかげで剣の扱いもさまになってきている。
だが腕力で男性兵士に劣るという事実は、くつがえせない。
実際、女性兵士の剣は男性兵士の剣よりも、細身で軽いつくりになっているのだ。
今日もマケランは調練の様子を見守っているが、彼女たちが男の兵士を相手に近接戦闘をするイメージは、まだわいてこない。
“安全な城の中でぬくぬく暮らしていたら、いつまで経っても経験を積めないんじゃない?”
いつかストラティスラに言われた言葉を思い出す。
しかし無理に戦わせて死んでしまっては、元も子もない。
「よし、今日はここまで!」
そんなことを考えているうちに、リヴェットが今日の調練の終了を告げた。
兵士たちは疲れ果てた体を引きずり、リヴェットの前に整列する。
「「ありがとうございました!!」」
「よし、解散! ゆっくり休め!」
「「はい!!」」
全員、しっかりと声が出ていた。
(うん、ちゃんと軍隊になっている。1人も脱落せずに訓練についてきているのは、立派なものだ)
マケランはリヴェットと兵士たちをねぎらってから、主塔に戻った。
自室に入ると、ピットが雑巾を手に楽しそうに拭き掃除をしていた。掃除が好きなのは相変わらずのようだ。
「あ、おかえり」
ピットはマケランに気付くとこちらに顔を向け、挨拶をした。
「ああ、ただいま」
挨拶を返したが、なんとなく物足りなさを感じた。
いつものピットならすぐに駆け寄ってきて、マケランの全身のにおいをクンクンとかぎまわるはずなのだ。
それなのに今日は、そのまま掃除を続けている。
(こいつも、いつまでも甘えん坊の子どもではないってことか)
マケランは今日の日誌をつけるため、机の前まで移動した。
(ん?)
机の上に、見慣れない物体が置いてある。
黒い革に金属の留め具がついた首輪だ。鉄のトゲトゲが無数に生えていて、無駄に防御力が高そうだ。
(そういえば、ウェアドッグは散歩の時に首輪をつけることを好むんだったな)
ピットに目を向けた。いつも通りに掃除をしている――と思いきや、どこか様子がおかしい。
雑巾で窓の桟を拭きながら、チラッ、チラッとこちらを見てくるのだ。今思えば、部屋に入った時からそうだった。
おそらく、この首輪をつけて散歩に連れて行ってほしいのだろう。
「この首輪、どうしたんだ?」
「フレッドが作ってくれたんだよ」
フレッドはこの城の大工で、以前の防衛戦の時には坑道掘りの監督をしていた男だ。
ピットは期待に満ちた目で、マケランをじっと見つめている。
(やはり、まだまだ甘えん坊の子どもだったか)
「じゃあせっかくだし、これをつけて散歩に行くか?」
「行く! 行く!」
ピットは雑巾をバケツの縁に置くと、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ほら」
マケランはピットに首輪を差し出す。
「え? どういうことだ?」
「これをつけて散歩に行くんじゃないのか?」
「冗談はメガネだけにしろよ。自分で首輪をつける犬がどこにいるんだ」
「おまえは犬と違って手が使えるから、自分で首輪をつけられるだろう」
「はあ……わかってないなあ」
ピットはため息をついてから、教え諭すように言った。「ウェアドッグが首輪を好むのは、飼い主に拘束されてる気分を味わいたいからなんだよ。だから御主人がつけてくれなきゃダメに決まってるだろうが」
「ハア、そういうものか」
マケランはピットの細い首に手をまわし、首輪をつけてやった。ただしリードはつけない。
「うへへへ」
ピットはよっぽど嬉しいのか、だらしなく頬をゆるめている。
弾むようにスキップをするピットを連れて、マケランは主塔を出た。
壁上歩廊まで来ると、哨戒中の兵士が声をかけてきた。
「わあっ、ピット君、その首輪かわいいね」
「おうっ! 強そうに見えるだろ!」
「え、強そう? そ、そうかな……?」
「へへっ、オレはいつか闘犬大会で優勝するんだ」
「そんな大会に出る機会は、一生ないからな」
なんて話をしていると、兵士が緊張した声で報告をしてきた。
「司令官、大手門に馬に乗った男が4人近づいてきます」
「なに?」
マケランは胸壁の前に移動し、兵士が指し示す方角を見下ろした。
確かに4人の男たちが近づいてくる。その中に、マケランの知っている男がいた。
「あれは……マクドールじゃないか」
前髪で顔が隠れているが、その特徴的な風貌と、背負った2本の剣は見間違えようがない。
「司令官のお知り合いですか?」
「ああ、士官学校時代の同期生だ」
マケランは城門を開けるよう兵士に指示を出すと、マクドールたちを迎えるために大手門までやってきた。
「御主人の同期生が来たってことは、タマナブリさんみたいに兵士を鍛えてくれるのかな?」
「うーん、どうだろう。あいつは剣術は得意だけど声が小さいから、兵士に指示を出すのは難しいと思う」
やがて、マクドールを含む4人の男たちが城内に入ってきた。
先頭にいるのは小太りの青年だ。他の3人はマケランを見て下馬したが、彼だけは馬に乗ったままだ。
(誰だろう? どこかで見たことがある気もするが……)
「まったく……なんで俺様がこんな田舎の城に来なきゃならないんだ」
小太りの青年は周囲をキョロキョロしながら、不機嫌そうにぼやいている。
(どうやら、かなり身分の高い方のようだな)
偉そうな態度からそう判断すると、マケランは青年の前に進み出た。すると、青年の方から声をかけてきた。
「おっ、陰険そうなメガネの男! じゃあ、おまえがマケランだな。マクドールに聞いてたとおりの特徴だ」
(それしかないんだろうか? 俺の特徴は)
マクドールをにらみつけると、彼はあわてて顔をそらした。
マケランは気を取り直し、偉そうな青年に挨拶をする。
「はい、私は黒蛇軍団の司令官、ハマーチルド・マケランです」
「そうか。俺様はガラガラだ。この国の王太子だぞ」
予想以上の大物だった。




