75.暴虐のドラゴン
ズガァン!! ガガガガッ!!
ドラゴンの尾の一振りで、石の外壁が大きく崩れた。廃城が大きく揺れる。
ストラティスラたちはテーブルの下で頭を抱え、飛んでくる破片から必死で身を守る。
(いったい何が起こってるの!?)
こんなところにドラゴンが現れるはずがない。
――だが、どれだけ信じがたくとも、目の前で起きていることが現実だ。
外壁に大きな穴があき、巨大なドラゴンの姿がはっきり見えるようになった。
「お、おい、やべえぞ……」
恐れを知らないことで知られるノッカンドが、震え声を発した。
ドラゴンが口を大きく開け、全身を震わせている。
「2人とも、すぐに部屋を出てっ!!」
ストラティスラは絶叫し、ドアへ向かって全力で走る。
「だめです! 間に合いませんっ!」
ロセスの声に思わず振り返ると、ドラゴンの口の中が赤く輝いていた。炎の息の予兆だ。
「くそドラゴンが! 不屈のノッカンドをなめんなっ!!」
ノッカンドはテーブルの卓面を両手でつかみ、ドラゴンの口に向かって押し飛ばした。
ガンッ!
顔面にテーブルが直撃したドラゴンは、わずかなひるみを見せる。
その隙にストラティスラはドアを開けて廊下に飛び出し、壁の陰に隠れた。ロセスもその後に続く。
「ノッカンド、急いでっ!」
ストラティスラは声を限りに叫ぶ。
「うおおおおっ!」
ノッカンドが廊下へ飛び出してくる。
同時に、燃えさかる火炎が開いたドアから噴き出す。
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
ストラティスラとロセスは熱気に煽られ、背中から床に倒れ込んだ。
(ううっ……)
ストラティスラはすぐに起き上がろうとするが、ふらついて尻もちをついてしまう。どうやら軽く頭を打ったようだ。
「そんな……ノッカンドさん……」
隣でロセスが、呆然とつぶやいた。
ストラティスラも目の前の光景に視線を移す。
(嘘でしょ……)
床に横たわっているのは、異臭を放つ黒い塊。
鎖帷子は溶けて皮膚に貼りつき、手足は白骨がむき出しになり、流れ出た血は蒸気となって空中に消える。
不屈と称された男は、残骸と成り果てていた。
「うっ……」
共に学んだ仲間の凄絶な死体を前にして、ストラティスラは言葉を失う。
ノッカンドも軍人の道を選んだからには、戦場で死ぬ覚悟はしていただろう。だが、こんなわけのわからない死に方に納得できるわけがない。
(だからって、いつまでも呆けているわけにはいかないわ! 私はここの最高責任者なんだから!)
ストラティスラはなんとか気持ちを奮い立たせ、立ち上がった。
まだ周囲にはドラゴンのブレスによる火が残っているが、さっきまでの心臓をえぐられるような威圧感はなくなっている。
(ドラゴンの気配が消えた……?)
部屋の内部を恐る恐るのぞき込むと、大きく崩れた壁の向こうには青空が広がっていた。ドラゴンの姿はない。
――その時、
ドガァァン!
轟音と共に、またしても廃城が激しく揺れる。
「ぎゃああああっ!」
「ど、ドラゴンだとぉっ!?」
「た、助けてぇっ!」
大勢の男たちの悲鳴が中庭から聞こえてきた。
「さっきのドラゴンが中庭に移動してる! このままじゃ兵士たちがやられるわ! 下に行くわよ!」
「待ってください! ノッカンドさんをこのままにしておくわけには――」
「何言ってるの! 生きている人間が優先よ!」
「でも、あんな化け物が相手じゃ、私たちには何もできませんよ!」
「そう思うなら、あなたはここにいなさい!」
ストラティスラは1人で階段に向かって駆け出した。
(ドラゴンだろうがなんだろうが、私はもう理不尽な暴力には屈しない!)
―――
ストラティスラが12歳の時、彼女の住む村は略奪を受けた。
「金目の物を出せ! たくわえてある食料もだ!」
馬に乗った男たちが畑を踏み荒らし、剣を振るいながら叫ぶ。
彼らは盗賊ではない。正式に叙任された騎士たちだ。
騎士が騎士道精神を発揮するのは高貴な身分の者に対してだけだ。農民など、同じ人間とは思っていないのだろう。
家の戸が蹴り破られ、大事な食料が次々と持ち出されていく。
「待ってください! それを持って行かれたら、私たちは冬を越すことができません!」
「やかましい!」
抵抗しようとした父は鉄の籠手で顔面を殴られた。血と歯が土間に飛び散る。
ストラティスラは母に抱きかかえられて震えていたが、泣くことだけはせず、じっとその光景を目に焼き付けていた。
(なにが「戦う者」よ! 弱い者を襲うことしかできないくせに!)
騎士は村を去り際、火を放っていった。
自分の家が焼け落ちるのを目にして、村人たちは泣き叫ぶだけだった。
(こんなひどい目に遭うのは、私たちに力がないから……)
だったら、自分が強くなるしかない。
誰よりも強くなること。
それが彼女の生きる意味になった。
それから彼女は劣悪な環境下でできる限りの勉強をして、18歳になった時、士官学校に入学した。
軍人になって、理不尽な暴力から弱者を守るために。
―――
(たとえ相手がドラゴンだろうと、好きなようにはさせない!)
ストラティスラはらせん階段を駆け下りていく。
時々激しい揺れが襲ってくるが、そのたびに手すりにつかまってやり過ごす。
階段を下りるごとに、兵士たちの怒号と悲鳴が近くなる。
1階に到着すると、迷わず中庭に飛び出した。
正面の木造の兵舎が燃え上がっていた。ドラゴンの炎の息によるものだろう。
ドラゴンは、地面に降り立っていた。
もちろん戦おうとする兵士など、いるはずがない。普段偉そうにしている騎士たちも同様だ。
誰もが我先に逃げようと城門に殺到し、もみ合いになっていた。
(あんなに固まっていたら、炎の息の格好の的になるわ)
「1か所に集まっちゃダメ! バラバラに逃げて!」
大声で呼びかけるが、パニックに陥っている者たちの耳には届かない。
(マケランなら、どうやってこの状況を打開するかしら?)
そんな意味のない思考は、すぐに振り払った。
今は自分でなんとかするしかない。
ストラティスラは剣を抜いた。
人間がドラゴンを討伐した記録は、探せばいくらでも見つかる。決して倒せない存在ではない。
そう思って一歩を踏み出したところで、ドラゴンがこちらに顔を向けた。
大きな口がパカッと上下に開き、輝きを増していく。
ノッカンドの焼死体を思い出し、腹の底から恐怖がわき上がる。
(だめ……動けない……!)
その凶悪な視線で射すくめられた彼女の足は、地面に縫い付けられたかのように動かなくなった。
死を覚悟した瞬間――、
「危なーい!」
横から衝撃。
ストラティスラは地面に押し倒され、その上をかすめるように炎が通り過ぎた。
「大丈夫ですか?」
「えっ? あなたは……」
彼女を助けたのは、犬の耳としっぽを持った少女。デュランのペットのキャッピーだった。
「立てますか?」
「え、ええ……」
キャッピーに支えられてなんとか立ち上がる。
「助けてくれてありがとう。でもどうしてここに?」
「あのドラゴンを倒すためです」
「あなたが?」
「いえ、倒すのはキャッピーじゃありません」
その言葉に続いて、1人の男がドラゴンの前に立ちはだかった。
「ストラティスラ、ここは俺に任せろ」
その男は剣を中段に構え、ドラゴンと正対する。
(え……? まさか……?)
目の前に立っているのは、花の第8期の面汚し。蛆虫というひどい異名で呼ばれていた男。
デュランだった。




