74.『好漢』タマナブリ
バタン。
マケランは部屋に入らず、ドアを閉めた。
バン!
しかし、すぐに中からドアを開けられた。
「おいおいマケラン君、おれの顔を見てドアを閉めるなんてひどいじゃないか」
パンツ一丁の変質者は、さわやかな笑みを浮かべて文句を言った。その白すぎる歯とキラキラ輝く瞳を見ていると、背筋がぞわぞわする。
彼はラマンノ・タマナブリ。花の第8期の卒業生の1人で、序列は13位。『好漢』の異名を持つ。
くせっ毛で、やや面長だが、まあ美男子と言っていいだろう。しかしなぜか女にはもてない。
その代わり男の兵士には人気があり、「男が惚れる男」と称されていた。
「ああ、いや、まさか君がここにいるとは思わなかったから驚いて……。確か君はペルテ共和国への遠征軍に参加していたんじゃなかったか?」
「うん。でも君も知っているだろうが、遠征軍は反乱軍に敗れて壊滅した。おれも何もできずに敗走した。その後ストラティスラが敗残兵を糾合していることを知ったが、おれはそれを無視してここに来たのさ」
「なぜ?」
「フッ、ストラティスラよりも君と一緒にいたいからに決まってるじゃないか」
再び背筋がぞわぞわした。
「この人、御主人の友達か?」
ピットが興味深そうに問いかけた。
「まあ……友達と言えなくもない。俺の士官学校時代の同期生のタマナブリだ」
「なんで裸なんだ?」
「きっと筋肉を見せつけたいんだろう」
(まったく見たいとは思わないが)
とはいえ、タマナブリのような肉体にあこがれる男の気持ちも、わからなくはない。
肩から腕にかけて盛り上がった筋肉は、山脈のごとき偉容だ。彼の前に立っていると巨大な胸筋に押しつぶされそうな気がする。
「君がピット君だね。噂には聞いていたが、実に愛らしい少年じゃないか」
タマナブリはピットの頭を、優しくポンポンと叩いた。
「ありがとうございます。あの、すごい筋肉ですね」
「さわってみるかい?」
「いいんですか?」
「いいとも」
ピットは恐る恐る手を伸ばし、タマナブリの胸筋に触れた。
「うわ……御主人より堅い……!」
「そうだろう。もっといろんなところをさわってもいいんだぜ」
「それぐらいにしておけ」
マケランはピットをタマナブリから引き離すと、かばうように前に出た。「タマナブリ、すまないが、しばらく休ませてくれないか。着いたばかりで疲れてるんだ」
「いいとも、ベッドは整えておいたから、ゆっくり休んでくれ。おれは黙って君の寝顔を見ているよ」
「見ていなくていいから、出て行ってくれ。それと、まずは服を着ろ」
「フッ、相変わらず照れ屋だな。わかった、君の言うとおりにするよ。じゃあ、また後でな」
タマナブリは親しげに手を振ると、パンツ一丁のまま去って行った。
(はあ……どっと疲れた)
「君はあの男がここにいるのを知っていたのか?」
マケランはシャノンを問いただした。
「も、申し訳ありません。司令官を驚かせたいから黙っているようにと、タマナブリ少尉に言われていたのです。司令官とは堅い絆で結ばれた親友同士とうかがっていましたので、問題はないかと……」
「親友……うーん……まあ、悪い奴ではないが」
「はい、そう思います。私たちは毎日タマナブリ少尉に稽古をつけてもらっていたのですが、おかげで兵士たちの体力は格段に上がりました。精神的にも成長できたと思います」
(兵士の調練をしてくれていたのは、あいつだったのか)
「タマナブリの調練は厳しかっただろう」
「それはもう! 私でも死を覚悟したほどです!」
シャノンがここまで言うなら、相当なものだ。
「そうなのか? 優しそうな人に見えたけどな」
ピットは首をかしげている。
「それはおまえが男だからだ。タマナブリは男には優しく、女には厳しいんだ」
(一応、後で礼を言っておこう。……あまり関わりたくはないが)
―――
デュランを追放した後も、ストラティスラたちは廃城にとどまっていた。
兵士たちを休ませる必要があったからだ。
とはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかない。1万4000人の兵士を食べさせるには、食糧が足りないのだ。
ノッカンドは周辺の町や村で略奪をすることを提案したが、ストラティスラは却下している。一度でもそれをすれば、軍人として大切なものを失う気がしたからだ。
「そろそろ、ここを出る必要があるわ」
ストラティスラは会議室にノッカンドとロセスを呼び出して告げた。
「ここを出て、どこに行くのですか?」
ロセスがたずねた。
「ハイウェザー公領よ」
ストラティスラの言葉に、ノッカンドはうなずく。
「そうだな。ハイウェザー家にはリンクードがいる。あいつなら俺たちを受け入れてくれるはずだ」
「ええ。それにレイシールズ城にはマケランがいる。反乱軍と戦うには、彼の力が必要よ」
「ですがマケランの麾下の兵士は全員が女性で、そのほとんどが新兵です。戦力として期待するのは難しいのではないでしょうか?」
ロセスが懸念を述べた。
「そうだよなあ。マケランは頼りになるが、女兵士は邪魔になりそうだ」
ノッカンドも同意した。
「あなたたち、女だからってなめてかからないほうがいいわよ。圧倒的な数的不利をくつがえしてレイシールズ城を守り抜いたのが女性兵士であることを、忘れたの?」
ストラティスラの鋭い口調に、ロセスとノッカンドは背筋が震えた。女であることをバカにされたときの彼女がどれほど恐ろしいか、彼らは知っている。
「そ、その通りです! 女性兵士も戦力として期待できますとも!」
「も、もちろんだ! ここにいる敗残兵たちよりも、よっぽど使えるだろうな!」
(はあ……そんなにおびえなくてもいいのに)
「それじゃあハイウェザー公領へ行って、マケランやリンクードと合流しましょう」
「合流した場合、誰が総司令官を務めるのでしょうか?」
ロセスが疑問を投げかけた。
ここではストラティスラが指揮権を持っているが、マケランは彼女よりも階級が上の中尉で、リンクードは諸侯の嫡男だ。
(マケランかリンクードが総司令官を務めるのが筋でしょうね)
それでもストラティスラは、指揮権を手放すことに抵抗があった。それは他人に命を預けるに等しい行為だからだ。
先の戦いではサークの凡庸な采配のせいで、彼女は危うく命を落とすところだった。そしてブリエンは死んでしまった。
もちろんマケランとリンクードの実力が、サークとは比べものにならないことは理解しているが。
「そのことを考えるのは、彼らと合流してからにしましょう」
とりあえず問題を先送りにする。
――と、その時だった。
会議室の空気がふいに重くなり、床が微かに震えた。
ついさっきまで窓から陽光が差し込んでいたはずなのに、部屋の中が急速に薄暗くなっていく。
「……何だ?」
ノッカンドが低くつぶやき、全員が窓の方を振り返る。
そこに――いた。
岩をも切り裂くかぎ爪。魂を凍りつかせる邪悪な眼差し。ゴツゴツした黒い鱗で覆われた巨大な体。
ドラゴンだ。
雷雲のような翼を広げて羽ばたき、その巨体で5階の窓から入る光をさえぎっている。
(…………?)
ストラティスラは目の前の光景が理解できない。
ドラゴンははるか東の国に生息しているらしいが、サーペンス王国内ではとっくに絶滅したはずだ。
「グオオオオ……」
地鳴りのような咆哮が大気を震わせる。
赤く光る双眸がこちらを射抜き、敵意を隠そうともしない。
次の瞬間、ドラゴンは体をひねり、鋼鉄のような尾を高々と振り上げた。
「危ないっ! 頭を守って伏せてっ!!」
ストラティスラが叫ぶと同時に、ドラゴンの尾が石の外壁をなぎ払った。




