73.レイシールズ城、再び
デュランはこの軍議が始まってから、ずっと自分のペットであるウェアドッグの少女とたわむれている。
少女は15歳で、名前はキャッピーというらしいが、年齢に似つかわしくない大きな胸が、ストラティスラをいらだたせた。
(なんでこんな奴が将校になれたのかしら?)
デュランは士官学校時代、成績が悪いくせにいつも授業をさぼっていた。それなのに態度はでかく、同期生たちをバカにするような言動も多かった。
当然のごとく、嫌われた。『蛆虫』と呼ばれていたのも、そのためだ。
「おいデュラン、ストラティスラが聞いてるんだぞ! ペットと遊ぶのをやめて答えろ!」
ノッカンドがテーブルをドンと叩き、厳しい口調で叱責した。
「ああ、俺のことは気にしないでくれ。おまえらの決めたことに従うから」
しかしデュランはまったく恐れる様子もなく、キャッピーの頭をなで続けている。
「じゃあ、この廃城から出て行って」
「えっ?」
ストラティスラが毅然とした態度で告げると、デュランはキョトンとした顔になった。
「当然でしょ? この非常時にやる気のない者を置いておく余裕はないわ」
「うーん、さすがにそれは困るなあ。今さらおめおめと王都に戻るわけにはいかないし……」
この状況で追放されることは、将校失格の烙印を押されるに等しい。軍に居場所がなくなるだろう。
「自業自得でしょう? あなたがいても何の役にも立たないどころか、兵士の士気が下がるわ」
「俺と同格の少尉であるおまえに、俺を追放するような資格があるのか?」
「誰もがストラティスラを司令官と認めている。当然資格はある」
ノッカンドが代わりに答えた。「さっき物資が足りないと言っただろうが! 穀潰しを養う余裕はない、とっとと出て行け!」
少々言葉がキツすぎる気もするが、ここまで言わねば彼には伝わらないだろう。ロセスも深くうなずいている。
デュランは黙ってノッカンドをにらみつけていたが、やがて諦めたように言った。
「やれやれ、どうやら俺の味方はいないみたいだな。仕方ない、行くぞキャッピー」
「はい! キャッピーだけは永遠に御主人様の味方です!」
デュランは立ち上がると、キャッピーと共に部屋を出て行った。
「ったく、何をしに来たんだアイツは! 花の第8期の面汚しが!」
ノッカンドは怒りを抑えきれない様子で吐き捨てた。
(これでデュランは、将校をやめるしかないでしょうね)
多少、同情する気持ちがないでもない。
「ストラティスラさんは間違っていません。私たちは戦争ごっこをやっているわけではないのですから」
ロセスは、ストラティスラを勇気づけるように言った。
「ええ、その通りよ」
彼女はうなずいた。デュランを追放したことは正しいに決まっている。
だが――、
(なんなのかしら、この胸騒ぎは?)
彼女の心に、説明のつかない不安がよぎった。
―――
マケランと500人の落伍兵たちは、ついにレイシールズ城に到着した。
ダンフォード軍の襲撃を撃退した後は、泣き言を言う兵士は1人もいなかった。勝利が彼女たちを成長させたのだ。
マケランは馬上から、そびえ立つ雄大な城壁をながめた。
さらに向こうには、天をつくような主塔も見える。そのてっぺんにひるがえる紋章旗は、ハイウェザー家の象徴である『ヘラジカ』だ。
しばらくして城門が開かれ、馬に乗った10人ほどの騎士がこちらにやってきた。
先頭にいる人物には見覚えがある。現在の城主のファンドレーだ。ハイウェザー家に所属する騎士である。
「ようこそお越しくださいました、マケラン殿。ここからは私がご案内します」
ファンドレーはマケランの前で手綱を引いて止まり、礼儀正しく挨拶をした。
「わざわざ恐縮です、サー・ファンドレー」
「王家の英雄を出迎えるのは、当然のことです。シャノン殿が率いる先行部隊も、マケラン殿が来られるのを首を長くして待っていましたよ」
「そうですか。彼女たちが迷惑をかけていなければいいのですが」
「ハハハッ。迷惑どころか、うるわしい女性たちがたくさんいるおかげで、城の雰囲気が明るくなりましたよ」
ファンドレーは屈託なく笑って言った。「それにしても、ダンフォード家の反乱をあっさりと鎮めるとは、さすがです」
すでにここにも情報が伝わっていたようだ。
「武運にめぐまれました」
「ハッハッハ、ご謙遜を」
ちなみに降伏したダンフォード家の将兵たちは、途中で寄ったハイウェザー家の公都に置いてきている。人質として預かったレニー公子も同様だ。
彼らのことは、リンクードがうまく扱ってくれるだろう。
マケランたちはファンドレーに先導されて城内に入った。
(懐かしいな。重い責任に押しつぶされそうだった戦いの日々が、今も目に浮かぶ)
マケランは、まるで故郷に帰ってきたかのような安心感を抱いた。マイラやルーシーも同様だろう。
もちろんほとんどの兵士たちは、ここに来るのは初めてだ。彼女たちは物珍しそうに辺りをキョロキョロしている。
マケランは馬を下り、近くにいた馬丁に馬を預けた。
「さあ、行くぞ。君たちは当分の間、ここで軍務と訓練を行うことになるから、後でいくらでも探索すればいい」
そう声をかけて先に進もうとすると、1人の兵士に呼び止められた。
「お待ちください、司令官」
「ん?」
エセルだ。行軍初日にマケランの悪口を言って、ルーシーに殴られた兵士の1人である。
何事かと思ううちに、500人の落伍兵たちは素早い動きでマケランの前に整列した。
そしてエセルが1歩前に出る。その隣には、彼女と共に殴られたアンジェラとリディアもいた。
「司令官、至らない私たちをここまで導いてくださったこと、感謝の言葉もありません! このご恩に報いるため、これからは死に物狂いで戦います!」
エセルは両足をそろえ、背筋を伸ばして声を張り上げた。
続いて、アンジェラが鋭い声で号令をかける。
「私たちの司令官に、敬礼!」
兵士たちは一斉にビシッと左手を上げた。その動きは、もはや新兵のものではなかった。
マケランの目頭が熱くなる。
(いつの間に、彼女たちはこんなにもたくましくなったんだ……)
「よかったな、御主人」
ピットがマケランを見上げ、嬉しそうに言った。
マイラとルーシー、そしてググも新兵たちの成長に目を細めている。
「そうか。その言葉が嘘ではないことを期待しているぞ」
「「はい!」」
マケランの激励に、落伍兵たちは声をそろえて返事をした。
マケランはその後、先行部隊と合流した。
家令や司祭などの民間人たちとも、再会の挨拶を交わした。
一通り挨拶を終えると、マケランとピットはシャノンに案内されて主塔に入った。
「驚きました。しばらく見ないうちに、落伍兵たちがあんなに立派になっているなんて」
廊下を歩きながら、シャノンが感想を述べた。
「ああ、先輩の君たちも、うかうかしてられないな」
マケランが冗談めかして言うと、シャノンも微笑を浮かべて同意した。
「まったくです。実戦での勝利が彼女たちを成長させたのですね。とはいえ私たちもここで厳しく鍛えてもらっていたので、とても強くなりました。まだまだ新兵には負けませんよ」
(厳しく鍛えてもらっていた? 誰にだ?)
調練担当はリヴェットだが、彼女はずっとマケランたちと一緒にいた。
(ああそうか、ファンドレーが稽古をつけてくれたんだな)
マケランはそう思い、それ以上はたずねなかった。
「司令官は、またこの部屋を使ってください」
シャノンに案内されてやってきたのは、マケランとピットが以前に使っていた部屋だ。
「ここは城主の部屋だろう」
「サー・ファンドレーは、こんな広い部屋は落ち着かないと言って、兵舎で寝泊まりなさっているんです」
「そうか、彼らしいな」
「御主人、せっかくだから使わせてもらおうぜ」
「そうだな」
マケランはピットの言葉にうなずき、扉を開けた。
すると――、
「やあマケラン君、待っていたよ」
部屋の中央に、白いパンツだけをはいた裸の男が立っていた。




