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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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72.ストラティスラと3人の同期生

「だが、マケランにはレイシールズ城の防衛を命じてある。共和国の侵攻に対する備えを怠るわけにはいかぬだろう」


 マケランを討伐軍の総司令官にするべき、というフィディックの進言に、ラッセルは反論した。


「もちろん共和国が再び侵攻してくる可能性はゼロじゃありません。ですが、まずは北部諸侯たちの反乱を鎮めることが先決です。

 マケランの黒蛇軍団、リンクードのハイウェザー家、そしてストラティスラが集めている敗残兵たち、この3軍団で討伐軍を結成するのが最善だと思います。みんな北部諸侯領にいるので、合流するのは簡単でしょう」


「花の第8期のトップ3がそろうことになりますな。ほっほっ、これは豪華なことじゃ」


 インチゴが白いひげをなでながら、楽しげに言った。

 しかしラッセルは不安だった。


(いくら最強世代とはいえ、王国の危機を新任将校たちに任せてよいものだろうか?)


「アリンガム公領の戦いに参加した将校の報告によれば、プライドの高い騎士たちは平民出身であるサークの命令を軽んじていたようだ」


 ラッセルはフィディックを問いただした。「ストラティスラが集めている敗残兵の中にも、ハイウェザー家にも騎士がいる。奴らはマケランの命令に素直に従うのか?」


「さすがは陛下、いいところに気付きましたね」


 フィディックは、まるで子どもを褒めるように言った。


(無礼な奴だ。こいつは私のことをバカにしているな)


 それでもなぜか腹が立たないのは、言葉では表現できない妙な愛嬌がフィディックにあるからだろうか。


「くだらんことは言わんでいい。それで、おまえには何か考えがあるのか?」

「はい、実質的な総司令官はマケランですが、名目上の総司令官は王族の方が務めるべきです」

「確かに王族ならば、騎士たちも従うだろうが……」

「はい。どなたか王族の方をマケランの元へ派遣してください。できるだけ身分が高い方がいいです」

「ひょっとして、私に行けと言いたいのか?」


 ラッセルは眉をひそめた。居心地のいい王城を出て、危険な戦場に出向くのは気が進まない。


「いえ、それはだめです。陛下では、余計な口出しをしてマケランの邪魔をするでしょうからね」


 ――と正直に答えることは、さすがにフィディックも控えた。代わりに、ラッセルの息子を派遣することを提案する。


「陛下の3人のご子息、つまりガラガラ殿下、マンバ殿下、ランスヘッド殿下のうちのどなたかを、名目上の総司令官として派遣するのがよいと思います」

「ならば、ガラガラがよいでしょう」


 今まで奥に控えていた王太后メロディアが立ち上がり、玉座の隣に進み出てきた。


「母上?」

「私が口を出すべきではないと思って黙っていましたが、今は王国の存亡がかかっています。どうか意見を言わせてください」

「それは構いませんが……あのガラガラを総司令官として派遣すると?」

「マンバは病弱で、ランスヘッドはまだ14歳です。19歳のガラガラなら、充分に総司令官が務まるでしょう」


 ガラガラは長男であり、一応は王太子に指名されている。

 しかし学問も武術の稽古もせずに日々を遊び暮らし、女癖も悪いとあって、家臣たちの評判は悪い。ラッセルもその資質を怪しんでいた。


「ランスヘッドの方が総司令官にふさわしいのではないでしょうか? 若年とはいえ、ガラガラよりはるかに英明で、リーダーの素質もあります」

「ええ、誰もがそう思っています。ランスヘッドこそを次期国王に、という声も少なくありません。だからこそ、ガラガラが手柄を立てて存在感を示す必要があるのです」


 長男が王位を継がねば国が乱れる、というのがメロディアの考えだ。


「母上がそこまで言うなら、まあ構いませんが……。ただしガラガラをレイシールズ城へ派遣するとなると、北部諸侯の領地を突っ切る必要があります」


 ラッセルはそう言うと、フィディックに顔を向けた。「フィディックよ、ガラガラの道中の安全を確保する算段はあるのか?」


「はい、軍を率いていくとかえって危険ですから、庶民の格好をして身分を隠し、最小限の護衛だけを連れていけばよいと思います」

「最小限の護衛か……誰か適任はいるだろうか?」

「…………さい」


 マクドールが手を挙げて何かを言った。


「またおまえか。もっと大きな声を出せ」

「マクドールは『僕は剣術には自信があります。ガラガラ殿下の護衛は任せてください』と言っています」


 再びフィディックが、マクドールの言葉を解説した。




―――




 ストラティスラはアリンガム公領にある廃城を拠点とし、四方に人を派遣して敗残兵たちを集めていた。


 敗残兵を集めるにあたっては、アリンガム公領の戦いで生き残った傭兵たちが、いい働きをしてくれている。

 特に女傭兵の多くが健在で、ストラティスラの忠実な部下となっていた。


『常勝』の異名を持つ彼女の名声が高かったこともあり、農民兵、都市民兵、傭兵、騎士など、約1万4000人の敗残兵が廃城に集まっていた。


 さらに頼もしいことに、3人の同期生たちも来てくれている。

 ストラティスラは城内の会議室に3人を呼び出し、意見を聞くことにした。


 会議室といっても、長方形のテーブルが置いてあるだけの殺風景な部屋だ。窓にはガラスは入っていないが、5階なので蚊が侵入してくることはない。


「どうやら反乱軍は、私の予想に反して王領に侵攻してしまったらしいわ。今後の方針について意見を聞かせて」


 この問いかけに対し、序列第12位のストロング・ロセスは眉をひそめ、拳を組んで答えた。


「兵は心身ともに疲れています。しばらくは休ませるべきです。無理に戦わせれば脱走者が出ます。王領のことは心配ですが、今は私たちにできることをするしかありません」


 ロセスの分厚い腕は、農民として鍬を握っていた頃の力強さを今も宿していた。

 仲間から『鉄壁』と呼ばれる所以は、その揺るがぬ口ぶりからも伝わってくる。


「王都にはフィディックや老亀先生がいるから、なんとかなるだろ。それより問題なのは俺たちだ。どう考えても物資が足りねえ」


 ヘズリック・ノッカンドは隻眼を鋭く見開き、隻腕でテーブルをドンと叩いた。「気が進まねえが、近くの町で徴発――つまりは略奪――するしかねえな。まあ反乱軍も似たような事をやってるらしいから、お互い様だろ」


 彼は学生時代、実戦授業で山賊の討伐を行った際に右目と左腕を失っている。にもかかわらず第9位という高い順位で卒業したのは、『不屈』の異名に恥じないといえよう。


(さすがロセスとノッカンドは、現状を的確に分析してるわね。彼らがいてくれて助かったわ)


 ストラティスラにとって、気心の知れた同期生の存在は頼もしかった。花の第8期は誰もが高い能力を持っており、仲もよいのだ。

 ただし、例外もいる。


「デュラン、一応聞くけど、あなたにも何か意見はある?」


 ストラティスラは、もう1人の出席者である黒髪の青年に声をかけた。

 青年は軍議など興味がないといった様子で、自分のペットであるウェアドッグの少女の頭をなで続けている。


(こいつ……私がブリエンを失って傷ついているのを知ってるでしょうに。ずいぶん見せつけてくれるわね)


 ストラティスラは怒鳴りつけたい気持ちを懸命に抑えていた。


 青年の名はゲイガン・デュラン。

 落第生のリヴェットを除けば、序列は最下位の19位。

蛆虫うじむし』の異名で呼ばれる男だ。

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