71.花の第8期
マケランが怒ることはめったにない。
ダンフォード公だけでなく、周囲の女性兵士たちも意外な剣幕に驚いている。
「い、いや、そんなつもりは……」
「ではどんなつもりだ! 諸侯の反乱という重大事件を報告せずに握りつぶすことが、ラッセル陛下に対する裏切りでなくて何だというのか!」
(はあ……怒るのは疲れるな)
ピット以外は誰も気づいていないが、実はマケランの怒りは演技である。この程度で腹を立てるほど、王に対する忠誠心が高いわけではない。
しかし、今は激怒しておかなければいけない場面だ。
たとえ噂でも、ダンフォード公の取引に応じたなどと王の耳に入れば、大変なことになる。
「す、すまない。君がそこまで忠義に厚いとは思わなかった。君が王に報告するのは当然だ。――だが、私が深く反省していることも伝えてもらえないだろうか」
「反省しているのなら、それを行動で示してもらいましょう」
「何をすればいいのかな?」
「王家のために反乱軍と戦ってください」
「む……そうだな、わかった」
ダンフォード公は渋々といった様子でうなずいた。彼にとって、他に道はない。
「そうですか、では我々は同志です。どうかお立ちください」
マケランは一転しておだやかに微笑み、礼儀正しく声をかけた。
「う、うむ」
ダンフォード公も安心したように笑みを見せ、ゆっくりと立ち上がる。
「これから閣下たちを、ハイウェザー家の公都コーンプールまでお連れします。ハイウェザー家と協力して反乱軍の討伐を行ってください」
ハイウェザー家にはリンクードがいるので、反乱に加担するような愚かなことは絶対にしない。マケランはそう確信している。
「君はどうするのかね?」
「レイシールズ城にいる本隊と合流し、国境の守りを固めます。それが陛下の命令ですので」
確かにそのとおりなのだが、それは北部諸侯たちが反乱を起こす前に受けた命令である。
今ならば、反乱軍の討伐が最優先のはずだ。ダンフォード公はその点を指摘する。
「王家軍はアリンガム公領の戦いで敗れたとはいえ、生き残った兵士も多いと聞いている。討伐軍を編成するぐらいの力はあるはずだ。黒蛇軍団もそれに参加した方がいいのではないか?」
「ええ、まあ、そうなのですが……戦闘訓練を受けたことのない兵士たちばかりなので、討伐軍に加わっても足を引っ張るだけだと思いますので……」
ただでさえ体力的に劣る者が多い女性兵士である。練度の低い状態で戦場に出ても、騎兵に蹂躙されるだけだ。反乱軍はユニコーン騎兵という強力な戦力を抱えているので、なおさらだ。
それに無能な者が討伐軍の総司令官になった場合、マケランたちは無駄死にすることになる。他人に自分たちの生死をゆだねる気にはなれない。
(あのストラティスラでさえ、サーク先輩の指揮下では何もできなかったらしいからな)
「そうは言っても、反乱軍を早く討伐しなければ王家の存続が危うくなるぞ。ああ、もちろん私が言えた義理ではないが」
「私はハイウェザー家に期待しています。リンクード公子は戦略、戦術、すべてに秀でた最高の軍事指揮官です。地位も実力も備わった彼なら、きっとなんとかしてくれるでしょう」
「そうか、君が言うならそうなのだろう。ではダンフォード家はリンクード公子に協力して戦うとしよう。そうすれば、王は私を許してくれるだろうか?」
(そんなこと、俺にわかるわけがない)
「ダンフォード家が大きな戦果を挙げれば、きっと許してくださいます」
メガネの位置を直しながら、とりあえずそう答えた。「もちろん私からも、閣下のために口添えいたします」
「そうか、よろしく頼む」
「それと、もう1つお願いがあります。閣下の嫡男のレニー公子を、我が軍に預けてください」
つまりは人質である。マケランは抜け目がない。
「……やむを得ないな」
敗者であるダンフォード公に拒否権はなかった。
―――
北部諸侯たちの反乱により、3万の遠征軍が壊滅したという一報は、王都を震撼させた。
反乱軍はその後さらに数を増やし、王領へ侵入した。今は町や村で略奪を行っているという。
国王であるラッセルとしては、捨て置くわけにはいかない。王家が弱さを見せれば、他の地域の諸侯たちも反乱に加わりかねないのだ。
だが、動かせる軍がいない。3万の兵士を集めるにも、かなり無理をしている。これ以上の徴兵は、すぐにはできない。
それにしてもラッセルには解せなかった。王都へ逃げ帰ってきた将校の話では、戦死した兵士の数はそこまで多くはないはずだという。
にもかかわらず、王都には5000人ほどしか戻ってきていない。残りの兵士たちは今、どこにいるのだろうか?
その疑問に答えたのは、花の第8期と呼ばれる将校のうち、王都に残っていた3人だ。
「ストラティスラが戦場を離脱するのを見た者がいるそうです。おそらく彼女は現地にとどまったまま、敗残兵たちを糾合していると思われます」
そのうちの1人、レズリー・フィディックは、玉座に座るラッセルを見上げて意見を述べた。
序列は第5位で、『堅実』の異名を持つ男だ。
(ずいぶん風采の上がらない男だな)
ラッセルはフィディックの全身をジロジロと眺め、これでよく第8期の上位にいたものだと不思議に思った。
猫背で、表情に締まりがなく、身なりも薄汚れている。まったく軍人らしくない。
「なぜストラティスラは王領ではなく、諸侯領で兵士を集めているのだ?」
「もちろん反乱軍と戦うためです。諸侯たちは、自分たちの領地に王家の軍隊が居座っているのを見過ごすことはできません、王領へ侵攻する前に、まずストラティスラたちを撃滅しようとするはずです」
「だが、奴らは王領へ侵攻してきたではないか」
「はい、私もそれが意外なんですよ」
フィディックはボサボサの髪をかき乱し、フケを飛ばしながら言った。「しかも彼らは略奪までしています。名誉を重んじる諸侯たちがそんなことをするとは、不思議ですね」
「何をのんきなことを言っている! つまりストラティスラの思惑は外れたということではないか! おかげで略奪を止める兵力がここにないのだぞ!」
「おそらく、反乱軍に優秀なブレーンがいるのだと推察いたします」
フィディックの右隣に立つ老人が、白いひげをなでながら言った。好々爺然とした風貌だが、目は笑っていない。
ウォルトン・インチゴ。花の第8期の序列第16位、『老亀』の異名を持つ男である。
新任将校でありながら、なんと75歳だ。つるつるの禿げ頭に、しわだらけの顔。背中が曲がっていて、杖までついている。
ジジイは家でおとなしくしていろ、とラッセルは思うが、年齢を重ねたインチゴの深みある威厳を前にしては、強い態度には出られない。
(士官学校に年齢制限を設けておくべきだったな。まさかこんな者が出てくるとは、親父も想像しなかっただろう)
「北部諸侯の臣下に、そんなに頭の切れる者がいただろうか?」
「人材は、いるところにはいるものでございます」
「そういうものか」
実はエルギンが裏切って反乱軍の参謀になっているのだが、彼らはまだその情報をつかんではいなかった。
「そういえば気になっていることがあるのだが」
ラッセルはインチゴを問いただす。「反乱軍との戦いで生き残った将校たちは王都に戻ってきているが、第8期の将校だけは1人も戻ってこない。なぜだ? 死体は確認されていないので、おそらく生きているはずなのだが」
「ストラティスラ以外で遠征に参加していたのは、『黒龍』のエルギン、『不屈』のノッカンド、『鉄壁』のロセス、『好漢』のタマナブリの4人です。おそらく彼らも兵士たちと同様、ストラティスラと行動を共にしていると思われます」
その時、フィディックの左隣にいた、前髪で目が隠れている青年が一歩前に出た。
「……………………」
そして何かをつぶやいた。
彼はグローバー・マクドール。
序列は第18位で、『双剣』の異名を持っている。×の形で背中にくくりつけている2本の剣が、その名の由来だ。
「おい、おまえは何か言ったのか? まったく聞こえんぞ」
ラッセルが注意すると、フィディックが代わりに弁解した。
「申し訳ありません。マクドールは声が小さいため、慣れないと何を言っているのか聞き取れないんです」
「なに? そんなことで兵士たちに指示を出すことができるのか?」
「残念ながら無理でしょうね。人に命令するのも苦手な男です」
「なんだと! そんな奴に将校が務まるわけがないだろう! どうやって士官学校を卒業したんだ!」
「その疑問はごもっともですが、さっきマクドールが言ったことを説明させてください」
フィディックは飄々とした態度で王をなだめつつ、解説した。「彼はこう言ったんです。『老亀先生、デュランのことを忘れていますよ』と」
「ああ、マクドールの言うとおりじゃ」
インチゴがうなずいた。「陛下、うっかり忘れておりましたが、遠征軍にはもう1人、『蛆虫』のデュランという男が参加しておりました」
「ずいぶんひどい異名をつけたものだな」
「その名にふさわしい、見下げ果てた男でございます」
「花の第8期も、どうやら優秀な者ばかりではないようだ」
「そうかもしれません」
フィディックは認めた。「ですが先輩将校たちに比べれば、第8期生は戦える人材がそろっていると断言できます。亡くなった方を悪く言うのは気が引けますが、サーク大尉は3万の軍を率いるには力不足でした」
「ほう、ではおまえが総司令官なら、反乱軍を討伐できるとでも言うのか?」
「いえいえ、私にそんな力はありません。それに私が総司令官では周囲が納得しないでしょう。総司令官は実力があり、さらには実績もある人間でないといけません」
「実力と実績を兼ね備えた人間というと?」
「討伐軍の総司令官が務まるのは――」
フィディックは当然のように言った。
「マケランしかいません」




