70.完勝
すべての兵士たちが次の矢の装填を終えるには、もう少し時間がかかりそうだ。
その間にマケランは、ダンフォード軍の動きを観察する。
(ひどい混乱ぶりだが、俺たちがここにいることには、そろそろ気付く頃合いだな)
だが気付いたとしても、最初の一斉射撃で倒れた馬が進路をふさいでいるため、すぐにここへ来ることはできないだろう。
その間に二の矢を放つ必要がある。奇襲で重要なのは、相手に立ち直るひまを与えないことだ。
「放て!」
このタイミングで一斉射撃の指示を出したのは、宿営地の土塁の上にいるルーシーだ。
彼女の左右には、クロスボウを構えた兵士たちがずらっと並んでいる。
マケランはこの時のため、ルーシーを指揮官とする100人の兵士を宿営地内に配置していたのだ。
ビュンッ! ビュンッ!
100人の放った矢が、混乱する敵の頭上に降り注ぐ。
「ぎゃあっ! また矢が飛んできたぞ!」
「今度はどこからだ!?」
「わからん! もうだめだ!」
「放て!」
そして今度はマケランが2度目の一斉射撃を行った。
敵兵は絶叫しながら地に崩れ、さらに収拾がつかなくなる。
もはやダンフォード軍は完全に統制を失っており、勝負はついたと言っていい。
しかしマケランは、とどめの一撃を用意していた。
「オラアアァァッ!!」
野獣のような咆哮が戦場に轟き、1人の騎兵がダンフォード軍を断ち割る。
ギィンッ! ガァンッ! ザシュッ!
リヴェットが蛇槍を振り回すたびに、敵の兵士たちが宙を舞う。
彼女こそが、罠にかかった獲物を仕留めるヘビの牙だ。
「死ね!」
「ブロロロロォォッ!」
リヴェットとその愛馬の荒々しい叫びが、薄闇の中に響き渡る。
「いやあぁっ!」
「ひゃああぁっ!」
対照的に敵の悲鳴は、声が裏返っていた。
「す、すごいですね。竜巻が発生したみたいです」
マケランの隣にいたマイラが、恐れを含んだ声で言った。
「あれが『暴風』のリヴェットだ。あいつは単騎で1000人を倒すと言われているが、それは比喩ではなく、文字通りの意味だ」
「そ、それにしても、いつもの陽気なリヴェットとは別人みたいだぞ」
ピットはしっぽを股の間にはさみ、震えている。「目が赤く光って、髪が逆立って、まるで化け物みたいだ。『死ね』なんて物騒なことを言うのも初めて聞いた」
「あいつは戦闘モードに入ると化け物になるんだ。ああ見えて冷静さは失ってないから、心配はいらない」
(とはいえ、これではリヴェットだけでも勝てそうに見えるかもしれないな)
今後のことを考えれば、兵士たちがリヴェットの武勇に依存するようには、なってほしくない。
「あっ、ググちゃんが土塁から飛び降りました!」
マイラが悲鳴のような叫びを上げた。
ググが敵兵の中に飛び込み、戦闘に参加している。予定にはない行動だ。
(はあ……やはり我慢できなかったか)
ググの任務は、日没までの時間稼ぎをしたことで終わっている。しかし荒れ狂う戦場を目の前にして、いてもたってもいられなくなったようだ。
「まあ、この状況では悪い判断ではない。ググの戦闘センスなら、リヴェットの邪魔になるようなことはないだろう」
部下の独断専行を絶対に許さない指揮官は多いが、マケランは違う。
刻々と状況が変化する戦場において、その場にいない上官の指示を待っていては対応が遅れるからだ。
「てええぇぇいっ!」
ブオンッ!
旗手であるググは、なんと黒蛇の紋章旗を武器として振り回していた。
あれはググのために作った特注の旗で、旗竿が鉄でできているため、重すぎて常人には到底扱えない。
常識外れのパワーと器用さを併せ持つ、彼女ならではの武器だ。
「黒蛇の亀甲砕き!」
ガギィンッ!
ググは鉄塊のごとき旗を振り抜き、敵兵を鎧ごと叩き潰した。30キロの鉄棒を高速で叩きつければ、鎧や兜は意味をなさない。
軍団の象徴である旗が戦場に翻るたび、敵が倒れていく。味方にとって、これほど士気が高まる光景はない。
「ぎゃああっ!」
「なんだ!? ここは地獄か!?」
「もう勘弁してくれえっ!」
それからしばらくリヴェットとググが暴れ回っていたが、やがてリヴェットが蛇槍を高々と掲げた。
その槍先には、茫然自失状態のダンフォード公がぶら下げられている。
「おまえらの主君は捕らえた! これ以上の抵抗は無意味だ! 武器を捨てろ!」
とっくに戦意を失っていた兵士たちは、競うように武器を捨てていった。
黒蛇軍団の完全勝利だ。
先ほどまでの地獄絵図が嘘のように、戦場は秩序を取り戻していた。
「ほらよっ」
リヴェットは馬上から、マケランの前にダンフォード公を投げ捨てた。
それを見た兵士たちは、目を丸くしている。
「あんなに偉い人が、ゴミみたいに扱われてる……」
「ホントに私たちが勝ったんだ……!」
「しかも戦死者どころか、1人の怪我人も出てないよ!? こんなことってある!?」
「リヴェットさんとググさんの強さはなんなの? あの2人だけでも勝てたんじゃない?」
「ううん、そんなことないわ! マケラン司令官の戦術で、すでにほとんどの敵が戦闘不能だったからよ!」
「先輩たちの言ったとおりだった! 黒蛇はどんな相手にも負けない! だから私たちも絶対に負けない!」
誰もが興奮を抑えられないでいた。
勝利は何よりも兵士を成長させる。もう彼女たちがつまらない泣き言を言うことはないだろう。
「よくやってくれた。ダンフォード公を生きたまま捕らえたのは、最高の戦果だ」
マケランはリヴェットをねぎらった。
「へへっ、できれば殺すなって言われてたからな」
リヴェットの戦闘モードは終了しており、明るく元気な女に戻っていた。「それじゃあ、あたしはルーシーたちを手伝ってくるよ」
リヴェットは愛馬トレイターに乗ったまま、宿営地の前まで戻っていった。
そこでは現在ルーシーとマイラを中心に、降伏した敵の武装解除と治療を行っている。
2000人いたダンフォード軍は約600人が戦死し、残りは1400人ほどだ。
それでも人数はマケランたちよりはるかに多いので、油断はできない。
もっとも、彼らの主君のダンフォード公の身柄を押さえているので、反抗することはないだろう。
「ううっ……おまえがマケランか?」
ダンフォード公は地面にひざをついたままマケランを見上げ、弱々しい声でたずねた。まだ30歳ほどのはずだが、一気に老け込んだように見える。
「はい」
マケランは立ったまま、相手を見下ろして答えた。
「私をどうするつもりだ?」
「私には閣下の処遇を決める権限はありません。それを決めるのはラッセル陛下です。これから王都に使者を送り、陛下の指示を仰ぐつもりです」
ダンフォード公の顔が青くなった。彼がやったことは反論の余地なく謀反である。王が許すはずがない。
領主である彼は死罪、ダンフォード家は取り潰しになるだろう。
「た、頼む。助けてくれ。私はともかく、路頭に迷う家臣たちが気の毒だ」
ダンフォード公は額を地面にすりつけた。
(見苦しいことをするものだ)
「そのようなことをされても意味がありません。武官に過ぎない私には、閣下のような身分の方の処分を決めることはできないのです」
「では、王に報告せずに済ませてはくれぬか?」
ダンフォード公は地面に手をついたまま、顔を上げた。「それなら誰も傷つくことはない。もちろん君には、どんなお礼もしよう」
(…………!)
周りには兵士たちがいる。
一瞬でも考える素振りを見せてはならない。
「黙れっ!」
「ヒィッ!」
突然マケランの態度が一変した。ダンフォード公はビクッと全身を震わせ、犬のような悲鳴を上げた。
「陛下は新任の身に過ぎない俺を、3000の常備軍の司令官に任命してくださった! そんな大恩ある方を裏切るような真似をしろと言うのか!」
マケランの激しい怒声は、辺り一帯の空気を大きく震わせた。




