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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

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70/99

70.完勝

 すべての兵士たちが次の矢の装填を終えるには、もう少し時間がかかりそうだ。

 その間にマケランは、ダンフォード軍の動きを観察する。


(ひどい混乱ぶりだが、俺たちがここにいることには、そろそろ気付く頃合いだな)


 だが気付いたとしても、最初の一斉射撃で倒れた馬が進路をふさいでいるため、すぐにここへ来ることはできないだろう。


 その間に二の矢を放つ必要がある。奇襲で重要なのは、相手に立ち直るひまを与えないことだ。


「放て!」


 このタイミングで一斉射撃の指示を出したのは、宿営地の土塁の上にいるルーシーだ。

 彼女の左右には、クロスボウを構えた兵士たちがずらっと並んでいる。


 マケランはこの時のため、ルーシーを指揮官とする100人の兵士を宿営地内に配置していたのだ。


 ビュンッ! ビュンッ!


 100人の放った矢が、混乱する敵の頭上に降り注ぐ。


「ぎゃあっ! また矢が飛んできたぞ!」

「今度はどこからだ!?」

「わからん! もうだめだ!」


「放て!」


 そして今度はマケランが2度目の一斉射撃を行った。

 敵兵は絶叫しながら地に崩れ、さらに収拾がつかなくなる。


 もはやダンフォード軍は完全に統制を失っており、勝負はついたと言っていい。

 しかしマケランは、とどめの一撃を用意していた。


「オラアアァァッ!!」


 野獣のような咆哮ほうこうが戦場にとどろき、1人の騎兵がダンフォード軍を断ち割る。


 ギィンッ! ガァンッ! ザシュッ!


 リヴェットが蛇槍ボスロップスを振り回すたびに、敵の兵士たちが宙を舞う。

 彼女こそが、罠にかかった獲物を仕留めるヘビの牙だ。


「死ね!」

「ブロロロロォォッ!」


 リヴェットとその愛馬の荒々しい叫びが、薄闇の中に響き渡る。


「いやあぁっ!」

「ひゃああぁっ!」


 対照的に敵の悲鳴は、声が裏返っていた。


「す、すごいですね。竜巻が発生したみたいです」


 マケランの隣にいたマイラが、恐れを含んだ声で言った。


「あれが『暴風』のリヴェットだ。あいつは単騎で1000人を倒すと言われているが、それは比喩ではなく、文字通りの意味だ」


「そ、それにしても、いつもの陽気なリヴェットとは別人みたいだぞ」


 ピットはしっぽを股の間にはさみ、震えている。「目が赤く光って、髪が逆立って、まるで化け物みたいだ。『死ね』なんて物騒なことを言うのも初めて聞いた」


「あいつは戦闘モードに入ると化け物になるんだ。ああ見えて冷静さは失ってないから、心配はいらない」


(とはいえ、これではリヴェットだけでも勝てそうに見えるかもしれないな)


 今後のことを考えれば、兵士たちがリヴェットの武勇に依存するようには、なってほしくない。


「あっ、ググちゃんが土塁から飛び降りました!」


 マイラが悲鳴のような叫びを上げた。

 ググが敵兵の中に飛び込み、戦闘に参加している。予定にはない行動だ。


(はあ……やはり我慢できなかったか)


 ググの任務は、日没までの時間稼ぎをしたことで終わっている。しかし荒れ狂う戦場を目の前にして、いてもたってもいられなくなったようだ。


「まあ、この状況では悪い判断ではない。ググの戦闘センスなら、リヴェットの邪魔になるようなことはないだろう」


 部下の独断専行を絶対に許さない指揮官は多いが、マケランは違う。

 刻々と状況が変化する戦場において、その場にいない上官の指示を待っていては対応が遅れるからだ。


「てええぇぇいっ!」


 ブオンッ!


 旗手であるググは、なんと黒蛇の紋章旗を武器として振り回していた。

 あれはググのために作った特注の旗で、旗竿が鉄でできているため、重すぎて常人には到底扱えない。


 常識外れのパワーと器用さを併せ持つ、彼女ならではの武器だ。


「黒蛇の亀甲砕き!」


 ガギィンッ!


 ググは鉄塊のごとき旗を振り抜き、敵兵を鎧ごと叩き潰した。30キロの鉄棒を高速で叩きつければ、鎧や兜は意味をなさない。


 軍団の象徴である旗が戦場に翻るたび、敵が倒れていく。味方にとって、これほど士気が高まる光景はない。


「ぎゃああっ!」

「なんだ!? ここは地獄か!?」

「もう勘弁してくれえっ!」


 それからしばらくリヴェットとググが暴れ回っていたが、やがてリヴェットが蛇槍を高々と掲げた。

 その槍先には、茫然自失状態のダンフォード公がぶら下げられている。


「おまえらの主君は捕らえた! これ以上の抵抗は無意味だ! 武器を捨てろ!」


 とっくに戦意を失っていた兵士たちは、競うように武器を捨てていった。

 黒蛇軍団の完全勝利だ。




 先ほどまでの地獄絵図が嘘のように、戦場は秩序を取り戻していた。


「ほらよっ」


 リヴェットは馬上から、マケランの前にダンフォード公を投げ捨てた。

 それを見た兵士たちは、目を丸くしている。


「あんなに偉い人が、ゴミみたいに扱われてる……」

「ホントに私たちが勝ったんだ……!」

「しかも戦死者どころか、1人の怪我人も出てないよ!? こんなことってある!?」

「リヴェットさんとググさんの強さはなんなの? あの2人だけでも勝てたんじゃない?」

「ううん、そんなことないわ! マケラン司令官の戦術で、すでにほとんどの敵が戦闘不能だったからよ!」

「先輩たちの言ったとおりだった! 黒蛇はどんな相手にも負けない! だから私たちも絶対に負けない!」


 誰もが興奮を抑えられないでいた。

 勝利は何よりも兵士を成長させる。もう彼女たちがつまらない泣き言を言うことはないだろう。


「よくやってくれた。ダンフォード公を生きたまま捕らえたのは、最高の戦果だ」


 マケランはリヴェットをねぎらった。


「へへっ、できれば殺すなって言われてたからな」


 リヴェットの戦闘モードは終了しており、明るく元気な女に戻っていた。「それじゃあ、あたしはルーシーたちを手伝ってくるよ」


 リヴェットは愛馬トレイターに乗ったまま、宿営地の前まで戻っていった。

 そこでは現在ルーシーとマイラを中心に、降伏した敵の武装解除と治療を行っている。


 2000人いたダンフォード軍は約600人が戦死し、残りは1400人ほどだ。

 それでも人数はマケランたちよりはるかに多いので、油断はできない。


 もっとも、彼らの主君のダンフォード公の身柄を押さえているので、反抗することはないだろう。


「ううっ……おまえがマケランか?」


 ダンフォード公は地面にひざをついたままマケランを見上げ、弱々しい声でたずねた。まだ30歳ほどのはずだが、一気に老け込んだように見える。


「はい」


 マケランは立ったまま、相手を見下ろして答えた。


「私をどうするつもりだ?」

「私には閣下の処遇を決める権限はありません。それを決めるのはラッセル陛下です。これから王都に使者を送り、陛下の指示を仰ぐつもりです」


 ダンフォード公の顔が青くなった。彼がやったことは反論の余地なく謀反である。王が許すはずがない。

 領主である彼は死罪、ダンフォード家は取り潰しになるだろう。


「た、頼む。助けてくれ。私はともかく、路頭に迷う家臣たちが気の毒だ」


 ダンフォード公は額を地面にすりつけた。


(見苦しいことをするものだ)


「そのようなことをされても意味がありません。武官に過ぎない私には、閣下のような身分の方の処分を決めることはできないのです」


「では、王に報告せずに済ませてはくれぬか?」


 ダンフォード公は地面に手をついたまま、顔を上げた。「それなら誰も傷つくことはない。もちろん君には、どんなお礼もしよう」


(…………!)


 周りには兵士たちがいる。

 一瞬でも考える素振りを見せてはならない。


「黙れっ!」

「ヒィッ!」


 突然マケランの態度が一変した。ダンフォード公はビクッと全身を震わせ、犬のような悲鳴を上げた。


「陛下は新任の身に過ぎない()を、3000の常備軍の司令官に任命してくださった! そんな大恩ある方を裏切るような真似をしろと言うのか!」


 マケランの激しい怒声は、辺り一帯の空気を大きく震わせた。

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