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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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7.ペット兼従者

「ピットには従者の仕事をさせておけばどうですか? 少尉のような立場の人間には、従者は必要でしょう」


 グラディスが提案した。


「そうですね。少尉はこれからずっと女の兵士たちの相手をすることになるので、従者まで女だと気が休まる暇がないでしょう。ピット君なら、いい話し相手になると思います」


 シャノンも賛成した。


「そういえばシャノン、少尉の部屋を用意しなきゃならないぞ」

「それならサー・レックスの部屋がいいと思います。あそこは城主の部屋ですから」


 マケランが着任の挨拶をした部屋だが、城主のレックスはすでに死んでいる。これからはマケランが城代として、防衛の指揮をとることになるのだ。


「よし、じゃあオレが案内してやるよ。ついてきな、御主人」


 ピットはマケランの手を取って歩き出した。




 マケランはピットに案内されて、内郭の中心に位置する主塔(キープ)にやってきた。

 主塔は城主の居館だが、もし敵に城壁を超えられた場合には、守備側はここに立てこもって最後の抵抗をすることもある。


 そのため敵が攻めにくいよう、1階には出入口がない。

 マケランとピットはハシゴを上って2階から中に入り、さらに螺旋(らせん)階段で4階に上った。そこから廊下を突き当たりまで進むと、城主の部屋だ。


(この部屋でサー・レックスに会ったのが、はるか昔の出来事のような気がするな)


 あの時はまだ午前中だったが、今は窓から夕日が差し込んでいる。


「さあ、入れよ」


 ピットが扉を開けてくれたので、中に入った。

 城主の部屋だけあって、広くて豪華だ。絨毯は靴が沈み込むほど毛足が深く、天井からはシャンデリアが吊り下がっている。


 机と椅子、ベッド、戸棚、クローゼット、来客用のテーブルセットなど、一通りの家具がそろっている。パーティションで仕切られた部屋の隅にはトイレもあった。


「ウゲー、相変わらずクサイ部屋だな。なんだこりゃ、ゴミや食べかすがそこら中に落ちてるじゃないか」


 ピットは顔をしかめてそう言うと、窓際まで走ってカーテンを引き、窓を開けて外気を取り込んだ。


「こんなきたない部屋にいたら頭がおかしくなるぞ。サー・レックスの従者はなにをやってたんだ」


 ピットは吐き捨てるように言うと、マケランに顔を向けた。「おい御主人、オレが掃除をするから、しばらくどこかで時間をつぶしてろ」


「いや、すぐに援軍を求める手紙を書かなきゃならないんだ」

「ウー、それじゃ仕方ないな。ホコリが立つかもしれないが、我慢しろよ」


 マケランは机に向かって手紙を書き始めた。

 ピットは掃除を始めた。まず床に落ちている大きなゴミを拾って集め、家具についた汚れは雑巾でふき取っていく。


「絨毯はあったかいし、ホコリを吸い取ってくれるのはいいけど、掃除がしにくいのがイヤなんだよなあ」


 ぶつくさ言いながらもテキパキと体を動かしているのが、見ていて気持ちがいい。

 書状はすぐに書き終えた。


「もう書いたのか。じゃあオレが伝令に届けてこようか?」

「いや、これは重要なものだから、俺が直接伝令に渡してくる」

「そうなのか」


 ピットは残念そうだ。ウェアドッグにとっては、飼い主に仕事を与えられることが喜びなのである。


「その間、おまえは掃除を続けていろ」

「よし、任せろ。もう夜だから足下に気をつけて行けよ」


 マケランは主塔を出て西門まで移動すると、待っていた2人の伝令に、王とハイウェザー公にあてた書状をそれぞれ託した。


 彼らが出発するのを見送ってから部屋に戻ると、掃除が終わっていた。

 見違えるほどきれいになっていて、空気も澄んでいるように感じる。


「どうだ、キレイになっただろ」


 ピットは得意気な顔で言った。


「ああ、そうだな」


 マケランが答えると、


「おい御主人、キレイになっただろ」


 同じ言葉を繰り返した。


(ハハア、そういうことか)


「よくやった。見違えるほどきれいになったぞ。おかげで気持ちよく過ごせそうだ」

「へへっ、まあ当然だな」


 ピットは嬉しそうにしっぽをブンブンと振った。やはり褒めてやる必要があったようだ。


「今日はもうすることがないんだろ? だったら休めよ」


 ピットはマケランをベッドに座らせ、甲斐甲斐しく軍装を脱がせ始めた。腰に差していた剣を外し、重い鎖帷子(くさりかたびら)も脱ぎ、サーコートとマントも脱いだ。


(ああ、体が軽くなった。気持ちいい)


 腕を上げて体を伸ばしていると、ピットがクローゼットから衣類を取り出して持ってきた。


「シャツだけじゃ寒いだろうから、ガウンを羽織っておけ」


 言われたとおり、ガウンを羽織った。


「じゃあ横になって休め」


 言われたとおり、ベッドに横になった。ピットはすかさず毛布と布団を掛けてくれた。


(こいつは11歳とは思えないほど気がきくな)


 羽毛の布団は体が沈むほどやわらかい。兵士たちは(わら)布団で寝ていることを考えれば、いい身分である。

 だからこそ、責任も重い。


「はあ……たった300人で1万人と戦うなんて、どうすればいいのか……。しかも女の兵士だけとはな。どう考えても戦力が足りない」


 マケランの弱音を聞いたピットは首をかしげている。


「さっき中庭で『俺には勝利への道が見えている!』なんて、カッコイイことを言ってたじゃないか」

「兵士たちの前だったからな。指揮官が兵士の前で弱音を吐くわけにはいかないだろ?」

「オレの前ではいいのか?」

「おまえは戦うわけじゃないからな。それにペットというのは家族なんだろ? 家族の前で取りつくろっても仕方ない」

「家族……!」


 ピットは顔面を紅潮させ、「ウーウー」とうなりながら、その場でグルグルと回り始めた。

 何事かと思っていると、今度は窓に向かって走っていく。そしてバーンと窓を開け放ち、夜の闇に向かって()えた。


「ワオーーーン、ウオーーーン、オーーンオーーン」


(おもしろいな、こいつ)


 だが不憫(ふびん)でもある。家族という言葉に強く反応したのは、幼いころに親や兄弟と引き離されたからだろう。

 人間のペットとして生きるウェアドッグの宿命だ。


 ピットは遠吠えをして気が済んだのか、再び窓を閉めた。それからテーブルの上に置いてあった水差しを取り上げ、グラスに水を注いだ。


「水分補給は大事だぞ」


 そう言ってグラスを差し出してきた。

 マケランは上体を起こしてグラスを受け取り、ゴクゴクと水を飲みほす。


「これはいい水だな」

「ああ、この城の井戸からくみ上げた水だ」


「井戸か……」


 マケランはメガネをクイッと持ち上げ、ふうっとため息をついた。「井戸というのは、突然水が出なくなることがある。そうなったら俺たちはおしまいだな」


「今からそんな心配をしても仕方がないだろ」

「最悪を想定するのが指揮官の仕事だ。戦場は常に霧に覆われていて、何が起きてもおかしくない。想定外のことは起きると思っていた方がいい。大地震が起きて城壁が崩れるかもしれないし、俺が転んで頭を打って死ぬかもしれない」

「まさか、そんなこと――」

「ピット、指揮官にとって、もっとも重要な資質はなんだと思う?」

「うーん……やっぱり統率力か?」

「それも必要な能力だが、もっとも重要なのは『運』だ。過去の名将たちに同じ質問をすれば。10人中9人はそう答えるだろう。どれほど能力が高くても、運が悪ければあっさりと死ぬ。運が悪い指揮官は決して歴史に名を残すことができない」

「運なんて、自分じゃどうしようもないだろ」

「そうだな、せいぜい神に祈ることぐらいか。まあ神に祈ったとしても、戦いの結果はすべて指揮官の責任だ。いずれ戦死者が出るだろうが、その時に俺の心が耐えられるかどうか……」

「御主人……」

「すまない。いくらなんでも弱音を吐きすぎたな」


 ピットは戸棚からワインの瓶を取り出して戻ってきた。


「これはたぶん高いワインだ。大人は水よりも、こっちの方がいいんだろ?」


 そう言ってマケランにグラスを持たせ、透き通ったルビー色の液体を注いでくれた。

 マケランはゆっくりと赤ワインを口に流し込む。ブドウ本来が持つ鮮烈な香りが、口から鼻に抜けていった。


「本当に気がきくな、おまえは」

「おう、もっと褒めてもいいぞ」


 無邪気な言葉に、マケランの頬が自然にゆるむ。さっきまでの不安が、いつの間にか消えていた。


「えらいぞ。これからもその調子で従者の仕事をこなせ」


 そう言ってピットの頭に手を伸ばし、優しくなでてやった。


「もっと強くなでてくれよ」


 そのとおりにしてやった。

 ピットは嬉しい時、しっぽを右に振り上げるようだ。

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