表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第2章 諸侯たちの反乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/99

69.スパイダーテイルド・クサリヘビ

 太陽が西の空に傾き始めたころ、ダンフォード公が率いる2000人の軍団は、黒蛇軍団の宿営地の近くへやってきた。


 宿営地の周囲は空堀と土塁で囲われているため、中の様子は見えないが、大勢の人間がいる気配はある。

 複数の煙が立ち昇っているのも見える。夕食の準備中なのだろう。


「確かな筋からの情報によれば、現在あの中に約500人の女兵士がいます。マケランもいるはずです」


 配下の騎士の報告に、ダンフォード公はうなずく。


「うむ。行軍についていけなかった落伍兵はどうでもいいが、マケランを捕らえれば、ダンフォード家は反乱軍の中でも重きを置かれるに違いない。何しろ奴はレイシールズ城の英雄であり、王家の切り札だからな」


 ダンフォード公は2000人の兵士と共に、正面から宿営地へ近づいて行く。念のためクロスボウの攻撃に備えて、前面に大盾を掲げながらの移動だ。


 しかし宿営地のすぐそばまで進んでも、敵が攻撃してくる様子はない。


(やはりマケランに迎撃の意志はないようだ。役立たずの女兵士だけでは戦いようがないから、当然だな)


「黒蛇軍団の司令官、マケランに告ぐ! 私はダンフォード・ユージーン、この地の領主だ!」


 ダンフォード公は、宿営地の内部に向かって大声で呼びかけた。「門を開いて降伏するなら命だけは助けよう! さもなくば皆殺しだ!」


「皆殺しって、ステキな響きですね! 創作意欲がわいてきました!」


 場違いな明るい声と共に、オレンジのポニーテールの若い女兵士が土塁の上に現れた。黒蛇の紋章が描かれた大きな旗を手にしているが、武器は持っていないようだ。


「血と鉄の臭いが夜気に混じる

 踏みしめるのは泥か肉かもわからぬ大地

 刃は鈍り、腕は力が萎えようと

 狂気に震える心臓だけは止まらない


 まだ自分を人だと思っている愚か者よ

 言葉を捨てて獣のように叫ぶがいい

 夜が明ければ勝者も敗者も消え失せる

 そこにいるのは、動くものと動かぬもの」


 女兵士は感情をこめて、即興でつくったらしき詩を朗唱した。


(なんだこいつは? 頭がおかしいのか?)


「誰だ貴様は!」

「黒蛇軍団の旗手で、ググっていいます。アタシのつくった『皆殺し』って詩はどうですか?」

「詩なんかどうでもいい! マケランを出せ!」

「マケラン司令官から、代わりに話を聞いてくるよう命令されたんですよ。司令官は、姿を見せたら弓矢で攻撃されるかもって心配してるんです」


(ふん、レイシールズ城の英雄なんて言われているが、臆病な男だな)


「ではマケランの代わりに、貴様を射殺してやろうか!」

「どうぞどうぞ!」


 脅しにも、ググはまったくおびえる素振りを見せない。それどころか、楽しそうに目を輝かせている。


(む、たいした度胸だ。旗手に任命されるだけのことはある)


「あ、ごめんなさい、間違えました。そんなことはやめた方がいいです」


 ググは舌を出して訂正した。「司令官はアタシのことが大好きだから、アタシが殺されれば烈火のごとく怒ります。皆殺し上等で、最後まで抵抗するに違いありません」


「そうなのか?」


(できれば戦いは避けたいものだ)


 戦力差を考えれば攻め落とすのはたやすいが、守備側が必死で防戦をするなら、攻撃側も多少の損害は避けられない。


(弱い女たちを殺しても名誉にはならない。こんな戦いで犠牲者を出すのはバカらしいな)


「いや、我々は無駄な戦いをするつもりはない。さっきも言ったが、降伏するなら命は助ける」

「ホントに?」

「ダンフォード家の名誉にかけて誓おう」

「わかりました。じゃあ司令官に聞いてくるので、しばらく待っててくださいね」


 ググは土塁の向こうへ姿を消した。

 ダンフォード公はマケランの返答を待つことにした。


 しかし30分ほどが経過したが、何の音沙汰もない。夕日はすでに西の空に沈みかかっている。


(降伏以外に選択肢はないだろうに、何をモタモタしているのか)


 日が落ちてしまえば、軍事行動はできない。

 このまま返答がなければ、明朝総攻撃をかけることになるだろう。


 それからさらに時間が経過してから、ようやくググが戻ってきた。


「待たせてごめんなさい。司令官によれば、謀反を起こすような人間の言葉は信用できないから、降伏勧告に応じることはできないそうです」


(散々待たせたあげく、それか)


 意外な返答に、ダンフォード公は腹が立った。もう容赦するつもりはない。


「そうか、かくなる上は戦うしかないな。もう我らの慈悲は期待せぬことだ」

「あ、待ってください。スパイダーテイルド・クサリヘビって知ってますか?」


 ググが妙なことを言い出した。


「なんだそれは? ヘビの種類か?」

「はい、すごいヘビなんですよ! なんと、空を飛ぶ鳥を捕らえて食べちゃうんです!」

「なに? どうやって地をうヘビが、飛ぶ鳥を捕らえるというんだ?」


 興味深い話題と、ググの人なつっこさに釣られて、ダンフォード公はつい話に乗ってしまった。

 周りの騎士や兵士たちも、聞く体勢になっている。


「このヘビはその名前のとおり、しっぽがクモそっくりなんですよ! しっぽをゆらゆら動かしてると、鳥は偽のクモを餌とみなして地上に降りてきます。すると待ち構えていたスパイダーテイルド・クサリヘビは電光石火の速さで飛びかかり、牙を突き立てて毒を注入するんです」


「ほう、そんなヘビがいるとは知らなかったな」

「はい、アタシも知りませんでした。これ、マケラン司令官の受け売りなんです」

「興味深い話だが、なぜ今そんな話をする?」

「まだわかりませんか? つまりアタシたちがスパイダーテイルド・クサリヘビで、あなたたちは罠にかかった鳥なんです」


 空気を切り裂くような音と共に、どこかから大量の矢が飛んできた。

 ダンフォード家の騎士と兵士、そして馬たちがバタバタと倒れていく。


「ぎゃあっ!」

「なんだ!? どこから矢が飛んできた!?」

「暗くてわからん!」


 部下たちが悲鳴を上げている。


(敵襲だと!? どこからだ!?)


 目の前の宿営地からでないことは確かだ。ググの姿は、いつの間にか消えていた。


「おい! 黒蛇軍団の兵士は、すべて宿営地の中にいるんじゃなかったのか!」


 ダンフォード公は部下たちを問い詰めた。


「は、はい、そのはずです! 複数の者たちが証言しています!」

「それはどこで聞いた情報だ!」


 さらに問い詰めると、部下たちはしどろもどろになった。


「えーと、どこで聞いたんだっけ?」

「斥候がその目で確認したんじゃなかったか?」

「俺は聞いてないぞ」

「確かな筋からの情報なのは間違いないんだが」

「確かな筋ってどこだよ!」


(やられた! 偽情報をつかまされた!)


 ダンフォード公は、罠にはめられたことを悟った。




―――




 クロスボウの一斉射撃で、敵は大混乱に陥った。

 周囲が暗いため、どこから矢が飛んできているかわからない。そんな状況では混乱して当然だ。


 マケランは拳をぐっと握りしめた。


(ググはしっかりと日没まで時間を稼いでくれたな。褒美に、あとでもっと危険な任務を与えてやろう)


「よし、次の矢の装填を急げ!」

「「はい!」」


 マケランの指示に従い、兵士たちは矢を装填していく。


 ここは宿営地の南西に広がる林の前だ。

 つい先ほどまで兵士たちは林の中に身を潜め、ダンフォード公とググの意味のないやり取りをずっと見ていた。


 兵士に敵を見せておくことは、重要だ。

 軍隊にとってもっとも怖いのは、見えない敵である。いつ、どこから敵が襲ってくるかわからない状態が続けば、恐怖で精神が疲弊する。


 しかし敵の姿が見えていれば、恐怖はかなり軽減される。

 兵士たちにとって、もはやダンフォード軍は未知なる敵ではなく、間抜けな獲物にしか見えなくなっていた。


「ねえ、装填が終わったから、もう撃ってもいいかな?」

「だめに決まってるでしょ。司令官の指示を待ちなさい」


(やはり、兵士としてはまだまだか)


 それでも敵が接近中と聞いて、情けない悲鳴を上げていたことを考えれば、はるかにマシになったと考えるべきだろう。


 ここまでうまくいったのは、ケイトが率いる偵察隊の働きが大きい。

 ダンフォード軍が日没間際にここに到着するという情報は、偵察隊がつかんでいた。

 それを知ったマケランが行ったのが、『薄暮はくぼ攻撃』だ。


 日没前後の、急速に視界が悪くなる時間をねらって攻撃をしかける戦術である。

 視界が悪い状況で攻撃を受けると、敵の位置を正確に把握できないために反撃が難しく、最悪の場合同士討ちにいたる。


 もちろん視界が悪いのはマケランたちも同様だが、クロスボウの一斉射撃は点ではなく面でねらいをつけるので、視界が悪くても問題はない。

 一斉射撃は敵を殺すことよりも、敵を混乱させることがねらいなのだ。


(それにしても、ひどい混乱ぶりだな)


 敵の兵士たちのあわてふためく姿に、思わず同情する。


 日没は慣習的に戦闘終了の時間だ。

 今日はもう終わり。ようやく休める。そう思って彼らは気がゆるんでいただろう。そんな瞬間に襲われれば、戦うどころではない。


(それにしてもケイトは、期待以上の働きをしてくれた)


 ダンフォード軍が混乱している最大の要因は、ケイトの情報操作にあった。

 落伍兵たちが宿営地の中にいると思い込ませたことが、まず1つ。


 そしてそれ以上に重要なのは、落伍兵たちに戦う力がないと信じさせたことだ。

 だからこそダンフォード公は、マケランが罠を張っている可能性を考えなかった。


 自分が狩る側にあると思っている者は、狩られることをまったく警戒しない。


 そんな相手に攻撃を仕掛ければ、どうなるか。


 ――完全な()()となる。


 偽りのクモにだまされて降りてきた鳥への、スパイダーテイルド・クサリヘビの致命攻撃のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ