69.スパイダーテイルド・クサリヘビ
太陽が西の空に傾き始めたころ、ダンフォード公が率いる2000人の軍団は、黒蛇軍団の宿営地の近くへやってきた。
宿営地の周囲は空堀と土塁で囲われているため、中の様子は見えないが、大勢の人間がいる気配はある。
複数の煙が立ち昇っているのも見える。夕食の準備中なのだろう。
「確かな筋からの情報によれば、現在あの中に約500人の女兵士がいます。マケランもいるはずです」
配下の騎士の報告に、ダンフォード公はうなずく。
「うむ。行軍についていけなかった落伍兵はどうでもいいが、マケランを捕らえれば、ダンフォード家は反乱軍の中でも重きを置かれるに違いない。何しろ奴はレイシールズ城の英雄であり、王家の切り札だからな」
ダンフォード公は2000人の兵士と共に、正面から宿営地へ近づいて行く。念のためクロスボウの攻撃に備えて、前面に大盾を掲げながらの移動だ。
しかし宿営地のすぐそばまで進んでも、敵が攻撃してくる様子はない。
(やはりマケランに迎撃の意志はないようだ。役立たずの女兵士だけでは戦いようがないから、当然だな)
「黒蛇軍団の司令官、マケランに告ぐ! 私はダンフォード・ユージーン、この地の領主だ!」
ダンフォード公は、宿営地の内部に向かって大声で呼びかけた。「門を開いて降伏するなら命だけは助けよう! さもなくば皆殺しだ!」
「皆殺しって、ステキな響きですね! 創作意欲がわいてきました!」
場違いな明るい声と共に、オレンジのポニーテールの若い女兵士が土塁の上に現れた。黒蛇の紋章が描かれた大きな旗を手にしているが、武器は持っていないようだ。
「血と鉄の臭いが夜気に混じる
踏みしめるのは泥か肉かもわからぬ大地
刃は鈍り、腕は力が萎えようと
狂気に震える心臓だけは止まらない
まだ自分を人だと思っている愚か者よ
言葉を捨てて獣のように叫ぶがいい
夜が明ければ勝者も敗者も消え失せる
そこにいるのは、動くものと動かぬもの」
女兵士は感情をこめて、即興でつくったらしき詩を朗唱した。
(なんだこいつは? 頭がおかしいのか?)
「誰だ貴様は!」
「黒蛇軍団の旗手で、ググっていいます。アタシのつくった『皆殺し』って詩はどうですか?」
「詩なんかどうでもいい! マケランを出せ!」
「マケラン司令官から、代わりに話を聞いてくるよう命令されたんですよ。司令官は、姿を見せたら弓矢で攻撃されるかもって心配してるんです」
(ふん、レイシールズ城の英雄なんて言われているが、臆病な男だな)
「ではマケランの代わりに、貴様を射殺してやろうか!」
「どうぞどうぞ!」
脅しにも、ググはまったくおびえる素振りを見せない。それどころか、楽しそうに目を輝かせている。
(む、たいした度胸だ。旗手に任命されるだけのことはある)
「あ、ごめんなさい、間違えました。そんなことはやめた方がいいです」
ググは舌を出して訂正した。「司令官はアタシのことが大好きだから、アタシが殺されれば烈火のごとく怒ります。皆殺し上等で、最後まで抵抗するに違いありません」
「そうなのか?」
(できれば戦いは避けたいものだ)
戦力差を考えれば攻め落とすのはたやすいが、守備側が必死で防戦をするなら、攻撃側も多少の損害は避けられない。
(弱い女たちを殺しても名誉にはならない。こんな戦いで犠牲者を出すのはバカらしいな)
「いや、我々は無駄な戦いをするつもりはない。さっきも言ったが、降伏するなら命は助ける」
「ホントに?」
「ダンフォード家の名誉にかけて誓おう」
「わかりました。じゃあ司令官に聞いてくるので、しばらく待っててくださいね」
ググは土塁の向こうへ姿を消した。
ダンフォード公はマケランの返答を待つことにした。
しかし30分ほどが経過したが、何の音沙汰もない。夕日はすでに西の空に沈みかかっている。
(降伏以外に選択肢はないだろうに、何をモタモタしているのか)
日が落ちてしまえば、軍事行動はできない。
このまま返答がなければ、明朝総攻撃をかけることになるだろう。
それからさらに時間が経過してから、ようやくググが戻ってきた。
「待たせてごめんなさい。司令官によれば、謀反を起こすような人間の言葉は信用できないから、降伏勧告に応じることはできないそうです」
(散々待たせたあげく、それか)
意外な返答に、ダンフォード公は腹が立った。もう容赦するつもりはない。
「そうか、かくなる上は戦うしかないな。もう我らの慈悲は期待せぬことだ」
「あ、待ってください。スパイダーテイルド・クサリヘビって知ってますか?」
ググが妙なことを言い出した。
「なんだそれは? ヘビの種類か?」
「はい、すごいヘビなんですよ! なんと、空を飛ぶ鳥を捕らえて食べちゃうんです!」
「なに? どうやって地を這うヘビが、飛ぶ鳥を捕らえるというんだ?」
興味深い話題と、ググの人なつっこさに釣られて、ダンフォード公はつい話に乗ってしまった。
周りの騎士や兵士たちも、聞く体勢になっている。
「このヘビはその名前のとおり、しっぽがクモそっくりなんですよ! しっぽをゆらゆら動かしてると、鳥は偽のクモを餌とみなして地上に降りてきます。すると待ち構えていたスパイダーテイルド・クサリヘビは電光石火の速さで飛びかかり、牙を突き立てて毒を注入するんです」
「ほう、そんなヘビがいるとは知らなかったな」
「はい、アタシも知りませんでした。これ、マケラン司令官の受け売りなんです」
「興味深い話だが、なぜ今そんな話をする?」
「まだわかりませんか? つまりアタシたちがスパイダーテイルド・クサリヘビで、あなたたちは罠にかかった鳥なんです」
空気を切り裂くような音と共に、どこかから大量の矢が飛んできた。
ダンフォード家の騎士と兵士、そして馬たちがバタバタと倒れていく。
「ぎゃあっ!」
「なんだ!? どこから矢が飛んできた!?」
「暗くてわからん!」
部下たちが悲鳴を上げている。
(敵襲だと!? どこからだ!?)
目の前の宿営地からでないことは確かだ。ググの姿は、いつの間にか消えていた。
「おい! 黒蛇軍団の兵士は、すべて宿営地の中にいるんじゃなかったのか!」
ダンフォード公は部下たちを問い詰めた。
「は、はい、そのはずです! 複数の者たちが証言しています!」
「それはどこで聞いた情報だ!」
さらに問い詰めると、部下たちはしどろもどろになった。
「えーと、どこで聞いたんだっけ?」
「斥候がその目で確認したんじゃなかったか?」
「俺は聞いてないぞ」
「確かな筋からの情報なのは間違いないんだが」
「確かな筋ってどこだよ!」
(やられた! 偽情報をつかまされた!)
ダンフォード公は、罠にはめられたことを悟った。
―――
クロスボウの一斉射撃で、敵は大混乱に陥った。
周囲が暗いため、どこから矢が飛んできているかわからない。そんな状況では混乱して当然だ。
マケランは拳をぐっと握りしめた。
(ググはしっかりと日没まで時間を稼いでくれたな。褒美に、あとでもっと危険な任務を与えてやろう)
「よし、次の矢の装填を急げ!」
「「はい!」」
マケランの指示に従い、兵士たちは矢を装填していく。
ここは宿営地の南西に広がる林の前だ。
つい先ほどまで兵士たちは林の中に身を潜め、ダンフォード公とググの意味のないやり取りをずっと見ていた。
兵士に敵を見せておくことは、重要だ。
軍隊にとってもっとも怖いのは、見えない敵である。いつ、どこから敵が襲ってくるかわからない状態が続けば、恐怖で精神が疲弊する。
しかし敵の姿が見えていれば、恐怖はかなり軽減される。
兵士たちにとって、もはやダンフォード軍は未知なる敵ではなく、間抜けな獲物にしか見えなくなっていた。
「ねえ、装填が終わったから、もう撃ってもいいかな?」
「だめに決まってるでしょ。司令官の指示を待ちなさい」
(やはり、兵士としてはまだまだか)
それでも敵が接近中と聞いて、情けない悲鳴を上げていたことを考えれば、はるかにマシになったと考えるべきだろう。
ここまでうまくいったのは、ケイトが率いる偵察隊の働きが大きい。
ダンフォード軍が日没間際にここに到着するという情報は、偵察隊がつかんでいた。
それを知ったマケランが行ったのが、『薄暮攻撃』だ。
日没前後の、急速に視界が悪くなる時間をねらって攻撃をしかける戦術である。
視界が悪い状況で攻撃を受けると、敵の位置を正確に把握できないために反撃が難しく、最悪の場合同士討ちにいたる。
もちろん視界が悪いのはマケランたちも同様だが、クロスボウの一斉射撃は点ではなく面でねらいをつけるので、視界が悪くても問題はない。
一斉射撃は敵を殺すことよりも、敵を混乱させることがねらいなのだ。
(それにしても、ひどい混乱ぶりだな)
敵の兵士たちのあわてふためく姿に、思わず同情する。
日没は慣習的に戦闘終了の時間だ。
今日はもう終わり。ようやく休める。そう思って彼らは気がゆるんでいただろう。そんな瞬間に襲われれば、戦うどころではない。
(それにしてもケイトは、期待以上の働きをしてくれた)
ダンフォード軍が混乱している最大の要因は、ケイトの情報操作にあった。
落伍兵たちが宿営地の中にいると思い込ませたことが、まず1つ。
そしてそれ以上に重要なのは、落伍兵たちに戦う力がないと信じさせたことだ。
だからこそダンフォード公は、マケランが罠を張っている可能性を考えなかった。
自分が狩る側にあると思っている者は、狩られることをまったく警戒しない。
そんな相手に攻撃を仕掛ければ、どうなるか。
――完全な奇襲となる。
偽りのクモにだまされて降りてきた鳥への、スパイダーテイルド・クサリヘビの致命攻撃のように。




