68.ヘビの狩り
約500人の落伍兵たちは、先行部隊が残していった宿営地に入った。
まだ日は落ちていないが、今日の行軍は終了だ。
サミとエリカは兵站部の仲間たちと共に、食事の準備をしている。
「大変なことになったみたいだねー」
エリカは塩漬け肉を刻んで大鍋に放り込みながら、他人事のように言った。
大鍋は数か所に据えられ、薪を組んだかまどに火がくべられている。火の粉がぱちぱちと舞い上がり、煙は空高く上っていく。
「うん。煙が出るような料理をつくって、ホントによかったのかな? 敵軍はまだ遠くにいるそうだけど、この場所がバレたらまずいんじゃ」
サミはニンジンを乱切りしながら答えた。
ダンフォード公が謀反を起こし、2000人規模の軍を率いてここに向かっていることを、彼女たちは兵站部長のマイラから聞かされていた。
ただし落伍兵たちには、まだそのことを知らせていないらしい。もし知ればパニックが起きかねないからだ。
サミは医療隊の隊長であり、エリカは副隊長だ。一応は下士官であるため、彼女たちは知らされたのだろう。
とはいえ、2人とも入隊したばかりの15歳である。
サミはマケランのためなら死んでもいいと思って軍に入ったのだが、いざ死が現実味を帯びてくると、体の震えが止まらない。
「そのことなら心配いりません。煙を出すことについては、マケラン司令官の許可を得ていますから」
マイラが2人のそばにやってきた。「司令官の指示に間違いはありません。あなたたちは自分の仕事をこなすことだけを考えなさい」
「部長、そのことなのですが……司令官だけでも馬で逃げた方がいいのではないでしょうか?」
サミは思っていることを言ってみた。「司令官が無事に本隊に合流できれば、ダンフォード家ごときには負けないはずです」
「そうだよねー。落伍兵が死んでもとくに困らないけど、司令官が死んだら終わりだもんねー」
エリカの言葉は非情に聞こえるが、サミも同感だ。
足が弱い落伍兵は逃げようがないが、マケラン、そしてマイラやルーシーのような有能な下士官たちが、それに付き合って死ぬ必要はない。
(本当は、ボクも逃げたいけど)
さすがに、そんな恥ずかしいことは言えなかった。
「フフッ、わかってませんね、あなたたちは」
マイラは教え諭すように言った。「司令官は、兵士を置いて逃げるようなことは絶対にしません」
「でも、それでマケラン様が死ぬようなことがあれば――」
「あり得ません」
「なぜ、断言できるのですか?」
「あの方は、かつて幾度も絶望的な状況を覆してきた方です。黒蛇は必ず勝ちます」
(いくら黒蛇でも、無理ですよ)
まったくマケランを疑っていないマイラに、そう言ってやりたかった。
ここにいる兵士は、行軍についていけなかった落ちこぼれたちだ。
レイシールズ城のような堅城に守られているわけでもない。勝てるはずがない。
夕食後、マケランが500人の兵士たちを集めて敵がせまっていることを告げると、予想通りパニックに近い状態になった。
「いやだ、死にたくないっ!」
「兵士になんて、なるんじゃなかった!」
「お母さーん!」
落伍兵たちの悲痛な声が、宿営地内に響き渡る。
エリカと共に最前列に並んでいたサミは、思わず耳をふさいだ。
「静かにしろ!!」
マケランが叱りつけると、落伍兵たちはピタッと口を閉ざした。その迫力に、サミは思わず背筋を伸ばした。
「まあ落ち着け。そんな情けない声を出すような状況じゃないんだ」
マケランは一転して、優しい口調でなだめた。「諸君も知っていると思うが、俺は300人の女性兵士を率いて1万人の共和国軍を撃退したことがある。ダンフォード軍の兵力は2000人程度だ。怖れるに足りない」
「ひょっとして、戦うおつもりですか!?」
兵士の1人が問いかけた。
「もちろんだ」
マケランの返答に、兵士たちは口々に言い返す。
「無茶ですよ! レイシールズ城で戦った方たちと違って、私たちは歩くことさえ満足にできない落ちこぼれなんです!」
「戦闘の訓練なんて、一度も受けたことがありません!」
「戦うなんて無理です、逃げましょう!」
それを聞いたマケランは、フッと笑みをもらした。その後ろに控えているピットも同様だ。
「どうしたおまえら? なんで笑ってるんだ?」
不思議そうにたずねたのは、マケランの隣に立つリヴェットだ。
「なつかしい光景だと思ってな。レイシールズ組の兵士たちも、1万人の共和国軍が接近中と聞いた時は、同じような反応をしたんだ」
「ええっ!?」
意外なことを聞いたサミは、思わず声に出して叫んでしまった。
「うそー!」
いつも飄々としているエリカまでが、驚いている。
「あの方たちがそんな情けないことを!?」
「まさか!」
「想像できません!」
落伍兵たちも同様だ。彼女たちにとってレイシールズ組の兵士は英雄なのだ。
「恥ずかしい話だけど、本当のことです」
マイラがレイシールズ組を代表して、落伍兵たちに説明した。「あの時は戦うなんて、とても考えられませんでした。戦うことを主張したのは、当時の兵士長だったグラディスさんと、現兵士長のシャノンさんだけでした」
「うん、アタシも逃げた方がいいかなって思ったよ」
ググが続けた。「敵前逃亡は重罪だから、あとで公開処刑になるかもしれないでしょ? 王都の民衆に『卑怯者』と罵られながら縛り首にされる光景を想像すると、ゾクゾクするよね!」
「変態女は黙ってろ」
ルーシーはググを注意してから、自分の思いを伝える。「あの時は自分も、戦うことなど考えられなかった。しかし今は違う。マケラン司令官が指揮をとるならば、絶対に負けないことを知っているからだ」
(ルーシーさんも、マイラ部長と同じ事を言ってる……)
これがレイシールズ組の兵士の共通認識なのだろう。
「君たちが戦いを恐れるのは当然だ。誰だって死にたくはないからな」
マケランは中指と親指でメガネのフレームを押し上げてから言った。「だが心配はいらない。これから君たちが行うのは戦闘ではなく、狩りだからだ」
(えっ?)
サミや落伍兵たちのキョトンとした表情を見ながら、マケランは続ける。
「戦闘ならば、殺すか殺されるかのどちらかだ。しかし狩りならば、捕食者は一方的に獲物を仕留めるだけで、自分が殺されることはない。シカに殺されるオオカミなど、いるはずがない」
「い、意味がわかりません!」
サミの隣にいた兵士が、納得できない様子で言い返した。「狩りをしようとしてるのは、自由に動き回れるダンフォード軍の方でしょう。ろくに歩けもしない私たちが、どうやって狩りをすると言うんですか?」
「いい質問だ、エセル」
「え? なんで私の名前を?」
「以前に名乗ってくれたじゃないか。君はルーシーに殴られた兵士の1人だろ?」
サミは、ハッとして隣に立つ兵士の顔を見た。
(そういえば行軍の初日、宿営地の設営中にマケラン様の悪口を言って殴られた兵士がいたんだっけ)
「そんな……まさか、覚えててくれたなんて……。私なんかのことを……」
エセルと呼ばれた兵士は、意外なことにとまどっているようだ。
「ではエセルの質問に答えようと思うが、その前に――サミ、ヘビに詳しい君に聞きたい」
「ふぇ!? ぼ、ボクにですか!?」
まさか自分に質問が飛んでくると思わなかったので、動揺して妙な声を出してしまった。
「ヘビには大まかに分けて、2種類の狩りの方法がある。それが何かわかるか?」
「あ、はい。追跡型と待ち伏せ型ですね」
「そうだ。追跡型のヘビは、自ら獲物を探して動き回る。それに対して待ち伏せ型のヘビは、自分は動かずに獲物が通りかかるのを待つ」
サミにはマケランの言いたいことがわかった。
「はい、おっしゃる通りです。そして圧倒的に多いのは、待ち伏せ型のヘビです」
「そのとおりだ。ヘビの狩りと聞いて多くの者が思い浮かべるのは、じっと動かずに待ち続け、いざ獲物が目の前に現れるや、電光石火の一撃で仕留める姿だろう」
「かっこいいですよねー」
エリカがウットリした表情で口をはさんだ。
「よくわかってるな。ヘビの狩りはかっこよく、美しい」
マケランはうれしそうに同意した。「喰われる側にとっては完全に予想外の攻撃で、逃げる暇も与えられない。あれこそが狩りの芸術だ」
「ヘビは、ライオンみたいに群れることもしませんしねー」
「ライオンの狩りなど、まったく美しくない。散々獲物を追いかけ回したあげくに逃げられて、なにが百獣の王だ」
(なんだか、話がそれてるような気がする……)
サミも一緒にヘビのかっこよさについて語りたいところではあるが、まだキョトンとしている兵士たちのことを考えれば、そんなわけにもいかない。
「変温動物で、長時間動き回るのが苦手なヘビには、待ち伏せ型の狩りこそがふさわしいと思います」
サミは話を戻した。
「あ、ああ、そういうことになる」
「そして私たちも同様に、今は動き回ることが難しい状態です」
「サミの言うとおりだ。ならば、俺たちがやるべき狩りは決まっているな」
マケランは再びメガネをクイッと持ち上げた。
「黒蛇軍団の兵士諸君に告ぐ。俺たちはこれより、待ち伏せ型の狩りを行う。獲物はダンフォード軍だ」




