67.ダンフォード家の反乱
ケイトの報告に、マケランは仰天した。
「なんだと!? なんでダンフォード家が俺たちを攻撃するんだ? 王家に対して謀反を起こすつもりか?」
凡庸で野心とは無縁と見なされていたダンフォード公が、このような大それた事をしでかすとは信じがたい。
「アリンガム家、バーシー家、ゲニントン家、そしてノクトレイン家の4家の北部諸侯が、すでに反乱を起こしたのです。彼らはペルテ共和国へ進軍中の王家軍に攻撃をしかけました。王家軍は完膚なきまでに打ち破られ、サーク総司令官も討ち取られ、味方は散り散りになったようです」
(なんてことだ……)
北部諸侯たちが王に不満を抱いていることは察していたが、まさか反乱を起こすとは。
「その報せを受けたダンフォード公は王家に見切りをつけ、勝ち馬に乗るために反乱軍に同調したわけか」
このまま反乱軍が勢いを増せば、他の諸侯たちも反乱に加わるだろう。王家の存続の危機である。
(まずはピットの頭をなでて落ち着こう)
わしゃわしゃ。
マケランはピットの頭に手を伸ばし、髪をかき乱すように力強くなでた。
「ワフ?」
突然で驚いたのか、ピットは妙な声を出した。
マケランは慣れ親しんだ頭の感触と体温を手に感じることで、冷静さを取り戻していく。
「それにしても、3万の遠征軍が一方的に負けたというのか?」
「ノクトレイン女公が率いるユニコーン騎兵が、わずか500騎で王家軍を潰走させたとのことです」
「あの気性の荒いユニコーンを、騎兵に仕立てたのか!?」
「処女ならば、ユニコーンを乗りこなせるのだとか」
「むむむ、そんな方法があったとは。ノクトレイン女公はかなり前から準備をしていたんだろうな」
マケランが会った時には、すでに反乱の意志を固めていたのだろう。
「遠征軍にはあたしたちの同期生のストラティスラたちが参加してたはずだが、どうなったかわかるか?」
リヴェットがたずねた。
「不明です。申し訳ございません」
「そうなのか……」
マケランも同期生たちの安否は気になるが、今は自分の心配をしなければならない。
「ダンフォード軍の兵力は?」
「徴集兵1500〜2000に常備騎兵300を加えた規模です」
「出陣はいつになるかわかるか?」
「騎士たちの会話を盗み聞きしたところでは、出陣は明朝です」
ケイトの情報収集範囲は斥候の領分を超え、諜報員レベルに達していた。
「そうか。2000人規模の軍が公都ラブレーを出発し、エナシア街道を通ってここに来るとすれば――」
マケランは頭の中に地図を広げた。
「およそ2日の行程だな。出陣が明朝ならば、まだ時間の余裕はあるか」
ぐりんぐりん。
今度はピットの頭頂部に手のひらをあて、大きな円を描くように動かす。
フワフワの毛に覆われた立ち耳が、手首にあたる感触が心地いい。不安が消えていく。
「フヘーン」
「おいマケラン、ピットの目がとろーんとしてきたぞ」
「しっぽが右上に向かってブンブンと跳ね上がっていますね。よっぽど気持ちがよいのでしょうか?」
リヴェットとケイトはピットの状態に興味津々のようだが、マケランはそれどころではない。
(ダンフォード公は、ここには約500人の落伍兵しかいないことを知っている)
なぜなら、こちらから連絡したからだ。ダンフォード公領を通過するにあたって余計ないざこざを起こさないためには、軍の規模を伝えておく必要があったのだ。
(だがそれは、むしろ好材料だ。女性兵士の中でも特に弱い者たちしかいないとなれば、敵は油断するに違いない)
「リヴェット、この先に先行部隊が残していった宿営地があるとのことだが、防衛拠点として使えそうか?」
「無理だな。一応土塁と空堀はあるが、気休めにしかならない規模だ」
(レイシールズ城のような堅城ならともかく、急造の宿営地で防衛戦は無理か。せめて黒蛇軍団の全員がそろっていれば戦えるんだが……)
「ケイト、このことをシャノンが率いる本隊には伝えたか?」
「現在、私の部下がレイシールズ城へ向かっています」
(シャノンが俺たちの危機を知って、すぐに援軍を送ってくれるとしても、ここに来るまで10日以上かかるな)
「味方になってくれそうな勢力で、ここから最も近いのはハイウェザー家か。リンクードなら反乱軍には加わらず、俺たちに味方してくれるはずだが……」
「ハイウェザー家の公都コーンプールにも、すでに部下を派遣しています」
「君は俺が命令する前に、自分で考えて動いてくれているな。すばらしい」
「恐れ入ります」
(とはいえ、コーンプールからここまで来るにも1週間以上はかかる。援軍は期待できない)
さらーっ、さらーっ。
今度はピットの乱れた髪を整えるように、優しくなでていく。
「クウン」
ピットはマケランに正面から抱きつき、胸に頬をすりつけてきた。
甘え下手の彼にしてはめずらしい。マケランが特に理由のないスキンシップをとってきたので、甘えてもいいと思ったのだろう。
(幸いなことに、ここには落伍兵たちのサポートをするため、レイシールズ組の兵士が残っている。とはいえわずか15人なので、戦力としては期待できないか……)
「落伍兵たちの足を考えれば、逃げるのは無理だな。どうやら迎え撃つしかないようだ。厳しい状況だが、ここには戦闘経験のある兵士もいる。ググは頭がおかしいが強いし、ルーシーは勇敢で剣技に優れているし、マイラはどんな状況でも頼りになる。そしてリヴェット、君がいるのが何よりも心強い」
マケランがそう言うと、リヴェットの目に炎がともった。
「任せろ」
彼女は力強く答えると、マケランの肩に手を置いた。「あたしがいる限り、おまえは絶対に死なせねえ。ダンフォード家の軍なんか、あたし1人で蹴散らしてやる」
「ああ、頼りにしている。とはいえ、さすがに君1人で戦わせるわけにはいかない」
リヴェットは花の第8期の中でも最強の武勇を誇っているが、無敵ではない。
「司令官、私に何かできることはないでしょうか?」
ケイトは無表情だが、なんとかマケランの役に立ちたいという気持ちが伝わってきた。
「ケイト、君がダンフォード家の反乱を早く知らせてくれたおかげで、迎撃の準備をすることができる。来るとわかっている敵なら、俺は恐れない」
「少しでもお役に立てたなら、光栄です」
「君ならば、もっと役に立ってくれると思う」
「なんなりと、命じてください」
ケイトの顔がわずかに紅潮した。
マケランは再び頭の中の地図を広げる。
「明朝公都を出発したダンフォード軍が、街道を通ってここに向かってくるならば、日が暮れる頃にチェスターの町にたどり着く計算だ」
チェスターの町の人口はおよそ8000人で、ダンフォード公領では公都に次ぐ規模を持つ。
「その場合、ダンフォード公がわざわざ自領内で野営を選択するとは思えないから、その夜は軍を町に入れて宿泊するはずだ」
「はい」
「そして騎士だの兵士だのといった連中は、大きな町で夜を明かすとなれば、酒場に繰り出すものだ」
「そうでしょうね」
「そこで君は店員、もしくは客に扮して酒場に潜入して欲しい」
「情報を集めるのですね?」
「いや、君はただの斥候ではなく、優秀な諜報員だ」
マケランは左手でピットの頭をなでながら、右手でメガネをクイッと持ち上げた。
「優秀な諜報員は情報を集めるだけではなく、情報を操作することもできる」




