66.落伍兵たち
マケランたちが王都を出発してから、2か月が経とうとしていた。
新兵たちにとっては苦しい行軍が続いているが、これも訓練の一環だと理解した彼女たちは、もう泣き言は言わなかった。
それでも体力がなかったり足を痛めたりなどして、行軍スピードについていけない兵士は、どうしてもいる。
そのような落伍兵は、本隊と別行動をとらせることにした。
マケランは本隊の指揮をシャノンに任せて先行させ、自分は落伍兵たちと行動を共にすることにした。
本隊はもうレイシールズ城に着いているはずだが、約500人の落伍兵たちは、ようやくダンフォード公領に入ったところだ。
ダンフォード公は北部諸侯の1人で、その領地はレイシールズ城のあるハイウェザー公領に隣接している。
ダンフォード公には領地を通過することを伝えてあり、許可も得ていた。
現在落伍兵たちは2列縦隊で進んでいる。その先頭を歩いているのは、正式に旗手になったググだ。
もちろんググは落伍兵ではない。レイシールズ組の兵士の一部は落伍兵のサポートのために残っており、彼女もその1人なのである。
明るくて元気なググが黒蛇の紋章旗を掲げて先頭を進めば、後ろを歩く者たちは勇気づけられることだろう。
マケランとピットは行列の最後尾を歩いていた。ここからなら、兵士たちの状態を確認できるからだ。
「君、歩き方がおかしいぞ。いったん止まれ」
マケランは足を引きずっている兵士のところまで走って行き、声をかけた。
「い、いえ、大丈夫です。まだ歩けます」
(どう見ても大丈夫じゃないな)
「おいアンタ、御主人は止まれと言ったんだ」
ピットはその兵士の手を握って、街道の脇まで引っ張っていった。兵士は観念したように地面に尻をついた。
マケランは全軍に停止を命じてから、彼女のそばにしゃがみこむ。
「足を見せてみろ」
兵士は今度は素直に従った。
(ああ、こりゃひどい)
「靴のサイズが合っていないな。これでよく今までついてこれたものだ」
靴ずれのせいでかかとが真っ赤に腫れ上がり、皮がめくれて出血していた。
「こんなにひどいなら、誰かに言えよ……」
ピットは同情の目つきでたしなめた。
「ごめんなさい。みんな頑張ってるのに、私だけわがままを言うわけにはいかないと思って……」
「そういうのはわがままとは言わない」
「司令官、負傷者ですか?」
マイラとサミが馬に乗ってやってきた。兵站部に所属する彼女たちも、落伍兵たちと行動を共にしてくれている。
「マイラ、彼女を荷馬車に乗せてやってくれ。残念ながら、もう歩くのは無理だ」
「わかりました」
「待ってください、マイラ部長。その方の痛みを取り除いてあげたいのですが」
医療隊の隊長となっているサミが、そんな提案をした。
「いいわ、やってみなさい」
「はい」
サミは下馬すると、袖口から体長1メートルほどのヘビを出した。彼女はヘビを喚び出すことができるのである。
続いてサミの額に、第3の目が出現した。詳細は不明だが、こうなった彼女はヘビと意思の疎通ができるのだ。
しばらくして、ヘビは兵士の足首にガブリとかみついた。
サミが医療隊に入ってからは見慣れた光景なので、慌てる者はいない。実際、ヘビはすぐに牙を抜いた。
「ソイルバイパーは毒ヘビですが、その毒液は少量なら鎮痛効果があるんです」
サミが言うなら、そうなのだろう。薬と毒の違いは、量の違いに過ぎない。
彼女はヘビに指示を出すことにより、注入する毒の量を調整することができるのだ。
この神秘的能力により、彼女は15歳の新兵にもかかわらず、他の兵士たちから崇拝に近い敬意を払われている。
「荷馬車を連れてきましたー」
サミの親友のエリカが、タイミング良く荷馬車に乗ってやってきた。
「それでは負傷者を1名、兵站部医療隊で引き取ります」
マイラは負傷兵を荷馬車に乗せ、再び前方へ戻って行った。
「おーい!」
マイラたちと入れ替わるようにして、リヴェットがトレイターという名の黒馬に乗ってやってくる。
「マケラン、この先に先行部隊が残していった宿営地があるぞ」
先行部隊は落伍兵たちのために、宿営地を解体せずに残してくれているのだ。
「そうか、じゃあそろそろ今日の行軍は切り上げよう」
「でも、まだ日は高いぜ」
「兵士たちの表情を見ただろ? もう体力は限界だ」
「おまえの言いたいことはわかるが……この程度の行軍についてこれないような奴は、兵士には向いてないと思うぞ。いっそのこと、除隊させてやった方がいいんじゃねえか?」
「俺は兵士が望まない限り、除隊させるつもりはない」
「へへっ、見かけによらず優しいのは、相変わらずだな」
リヴェットはニヤニヤと笑いながら、マケランの肩をぽんぽんと叩いた。
「まったく優しくはないな」
マケランはメガネの位置を直し、自嘲するように言った。「弱い兵士は戦死する可能性が高いとわかっているにもかかわらず、俺は無理に戦わせようとしている。実に非情な男だ」
「本当は、行き場がない兵士たちを見捨てたくないんだろ?」
「残念ながら、俺はそんな立派な人間じゃない。除隊する兵士が多ければ、俺の軍人としての評価が下がる。それが嫌なだけだ」
「おいピット、おまえの御主人様はなんでこんなに素直じゃないんだ? しかも、やたら陰気だぞ」
「陰気なのも悪くないよ。いつも楽しそうな飼い主よりも世話のしがいがある」
「そんなもんか?」
「司令官にご報告です」
「おわっ!」
「バウアッ!」
突然脇から声がしたので、リヴェットとピットが驚いて叫んだ。
いつの間にかマケランの隣に、偵察隊隊長のケイトが立っていた。その隣には彼女の愛馬であるサイレンスが、微動だにせずに寄り添っている。
「おいケイト、あたしに気配を悟らせずにここまで近づくとは、さすがだな」
「オレの鼻でも全然わからなかったぞ。おまえもサイレンスも、ニオイがないのか?」
「はあ、そう言われましても」
ケイトはレイシールズ組の兵士で、影の薄さに定評がある。顔も体つきも、別れてから3秒も経てば忘れてしまうほど特徴がない。
マケランはそんな彼女が隠密行動に向いていると考え、偵察隊の隊長を任せたのだ。馬術も得意なので、騎馬斥候をやらせればこれ以上の適任者はいない。
しかも彼女とじっくり話をしてみたところ、知性や判断力に優れていることもわかった。
となれば単なる斥候ではなく、さらに高度な諜報活動も任せられる。
300人も兵士がいれば、ググのように頭のおかしい者も混じっているが、ケイトのような掘り出し物の人材もいるということだ。
「何かあったのか?」
ケイトの表情は特に深刻でもないので、大した報告ではないだろうと思ってたずねた。
しかし――
「当地の領主であるダンフォード公が、兵を集めて出陣の準備をしています。攻撃目標は、この落伍兵たちです」
彼女はどんな時でも表情が変わらないことを、マケランは失念していた。




