65.エルギンの献策
「王家の軍人が、なぜここにいる」
セレーネはエルギンを問い詰めた。
「実は私は、先の戦いに指揮官として参加していました。すぐに逃げましたけどね。ですが閣下の勇敢な突撃はこの目で見ていましたよ」
エルギンは片ひざをついたまま、不敵な表情で答えた。
「ふん、情けないことを堂々と言うではないか。指揮官のくせに、兵士を置いて真っ先に逃げたというのか?」
「当然でしょう? 自分の命より大事なものがありますか? まあサーク総司令官を始め、間抜けな先輩将校たちの多くは戦死したようですがね。でも私の同期生たちの多くはあの戦いに参加していませんし、参加していた人たちはきっと生き残っているはずです。勝ち目のない戦いに命を捧げるほど、愚かではありませんから」
「王立士官学校の最強世代、花の第8期と呼ばれる者たちのことだな。それより、おまえはまだ私の質問に答えていないぞ。なぜ王家の軍人がここに来た?」
「もちろん、私を参謀として雇っていただくために来たのです」
これには、他の3人の諸侯も呆れた様子だ。
「何を言うか! 貴様のような得体の知れぬ者を雇うわけがないだろう!」
「我らはもう勝ったも同然、参謀など必要ない!」
ゲニントン公とバーシー公がエルギンを怒鳴りつけた。
「ウヒャヒャヒャヒャッ」
エルギンは立ち上がると、気色の悪い笑い声を上げた。「あれで勝ったと思っているとは、おめでたい人たちだ」
「なんだと!」
「サークのような無能どもが死んで、今後は花の第8期の将校たちが軍の中核となるでしょう。そうなれば、もうあなたたちでは勝てませんよ」
「おのれ、まだ言うか!」
「待て」
エルギンにつかみかかろうとするバーシー公を、アリンガム公が止めた。「では聞こう。なぜ貴様は軍の中核になれる機会が訪れたのに、王家を裏切ろうとしているのだ?」
「私は王家が勝とうが反乱軍が勝とうが、どうでもいいのです。私が望むのは、戦術家としての私の力を世間に知らしめること。そのためには負けそうな側を勝たせた方が都合がいいのです」
「おまえは頭がおかしいのか?」
セレーネが言い返す。「先ほどの戦いは我々の一方的な勝利だった。それなのに、反乱軍の方が劣勢だとでもいうのか?」
「反乱軍は勝ったとはいえ、兵力ではまだまだ王家に及びません。閣下はユニコーン騎兵の突撃によって王家軍を蹴散らしましたが、蹴散らしただけではだめなのです。命を奪わない限り、生き残った将兵は戦線に復帰します」
「む……」
セレーネは痛いところを突かれた気がした。サーク総司令官を討ち取ったことで満足して引き上げてしまったが、今にして思えば、もっと徹底して敵兵を討ち取っておくべきだったかもしれない。
「私が戦術を立てていれば、王家軍を完全に包囲して皆殺しにしていたでしょう」
エルギンはさらに続けた。「包囲こそが、私の考えるもっとも美しい戦術です。どんな強兵も四方からの攻撃には対応できません。敵を包囲して退路を断ってこそ、完全な勝利が得られるのです」
セレーネはエルギンの言葉が正しいことを、認めざるを得なかった。
(こいつの言うことをどこまで信用していいかはわからないが、私たちが多くの敵を取り逃がしてしまったことは事実だろう)
「試みに聞くが、もしおまえが私たちの参謀になったなら、この後どのように王家と戦うつもりだ?」
「おい女公、こんな奴の意見をまともに聞くつもりか?」
バーシー公がとがめるように言った。
「聞くだけなら、害はあるまい」
「しかしだな……」
「総司令官は私だ」
「むっ……」
バーシー公は苦々しげな顔で黙り込んだ。
「おお、閣下が総司令官だったのですか」
エルギンはニヤニヤ笑いながら言った。「では、質問にお答えしましょう。まず、王都を攻めるのはやめた方がいいです。ユニコーン騎兵は城壁で守られた都市に対しては無力ですからね」
「そのとおりだ。ユニコーン騎兵は野戦でこそ力を発揮する」
誰よりもユニコーンのことを知っているセレーネは、うなずいた。
「はい。だから王家軍の方から反乱軍に野戦を挑んでくるように仕向けるのです」
「どうやって?」
「王領内の農村や畑を焼き払っていくのです。生産力が低下するので、王家としては無視することができません」
「民間人に危害を加えるというのか。卑劣だな」
「ウヒャヒャヒャ、勝つことこそが正義なのですよ。ラッセル王だって、似たようなことを北部諸侯に命令したではありませんか」
「それはそうだが……」
「そしていくつかの農村を焼き払った後、まだ無事な村に対して布告を出します。『戦える男は反乱軍の兵士となれ。さもなくば他の村のように家や畑を焼き払い、女や子どもを殺す』とね。王領の農民が反乱軍に加われば、兵力で王家を上回ることができます」
「王領の民に王家と戦えというのか!? 無理だ!」
バーシー公が叫んだ。
「そんなことはありません。王領の民だからといって、王家に忠誠心を抱いているわけではないのです。下々の者にとっては、自分たちの暮らしが守られるなら、王が勝とうが諸侯が勝とうがどうでもいいのです」
「農民兵など、弱すぎて数合わせにしかならんのではないか?」
ゲニントン公が疑問を呈した。
「農民兵が弱いとされているのは、戦意が低いからです。そんな奴らも、自分の家族を守るためならば死に物狂いで戦うでしょう」
「だから村を焼き払い、女や子どもを殺すと言って脅すわけか」
アリンガム公が蔑むように言った。「花の第8期と偉そうに名乗っているが、所詮は貴様も下衆な平民だな」
「ウヒャヒャヒャ、誤解しないでいただきたいのですが、花の第8期の中でも、平気で卑劣なことができるのは私だけです。だからこそ私は『黒龍』と呼ばれていたのです。他の人たちは、私ほど覚悟が決まっていません」
エルギンはまったく悪びれる様子もなく答えた。
(そうだろう。先日会ったマケランは、そのようなことができる男には見えなかった。ハイウェザー家のリンクード公子も同様だ)
「こいつの言っていることは、卑劣には違いない。だが王家の生産力を下げると同時に、私たちの兵力を増やすというのは悪くない考えだ」
「貴公はこの下衆な男の意見を採用するつもりか?」
アリンガム公は意外そうに言った。
「勝つことが最優先なのだ。王家が苦戦しているのを見れば、他の諸侯たちも反乱軍に加わるだろう」
「それは、そうだろうが……」
「そういえば、先ほどの貴公の問いにまだ答えていなかったな」
「この反乱をどのように終えるつもりか、と聞いたことか?」
「そうだ。今こそはっきりと答えよう。私はサーペンス王家を完全に滅ぼし、新たな王を立てるつもりだ」
セレーネの言葉に3人の諸侯が息をのんだ。
「ウヒャヒャヒャ。素晴らしい、さすがは総司令官殿です」
エルギンは楽しそうに言った。「ひょっとして、閣下が新たな女王になるおつもりですか?」
3人の諸侯は、ハッとしたようにセレーネの顔を見た。
(今はまだ、それを主張するのは早いな)
彼らはセレーネが総司令官になることを認めたが、女王になることまでは受け入れないだろう。
「そんなことを言うつもりはない」
「では、どなたが王位につくのですか?」
セレーネはすっくと席を立ち、3人の諸侯を見下ろして言った。
「もっとも強い者だ」




